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日常


 翌日からはいつも通りの日々が戻ってきて。


 ハクトは出社し事務仕事、グリ子さんとフォスはいつもの場所でマスコット。


 繁忙期を過ぎて長期休暇を取れるくらいの余裕が出てきて……そんな会社の景気は尚良い状態を保っていた。


 多くの仕事が来るのではなく、質の良い……単価の良い仕事が来るようになり、資金にもスケジュールにも余裕が出てきて、誰もが明るい表情をしている。


 入社当時は色々と忙しかった事務仕事も落ち着きを見せていて……ハクトもそれなりに楽なペースでの仕事が出来ていた。


「矢縫くんが、お上の仕事で活躍してくれたからねぇ、割の良い仕事が回ってくるようになったんだよ。

 いや、ほんと大助かりで足を向けて寝られないねぇ」


 嘘か本当か、上司がそんなことを言ってきたりもして……課長さんが手を回してくれたというのは、可能性としてはあり得る話だった。


 ハクトに余裕がなければ、いざという時の出動にも支障が出てくる訳で、それを嫌がって仕事を回してくるというのは……行政らしい動きと言えた。


 真実がどうあれ仕事が楽になるのはありがたい話で……定時までにきっちりと仕事を終えたハクトは、挨拶をしてから事務所を後にし……玄関で下校途中の小学生にもみくちゃにされているグリ子さん達と合流する。


 ハクトが来たことに気付くとグリ子さん達は、羽毛を膨らませることでやんわりと子供達を引き剥がし……いつも鎮座しているクッションから立ち上がって、ハクトの下へと駆けていく。


 別に無愛想という訳ではないが、作業服姿の大人というのは子供達にとって近付きがたいもので……そんな大人、ハクトがやってきたことで解散ムードとなり、それぞれの家へと向かって駆け出していく。


 それを見送ったなら歩き出し……いつもの商店街へ。


 数日振りでも全く変わらない光景がそこには広がっていて……相変わらずたまらない匂いがそこら中から漂っていて、グリ子さん達はそれらの香りに釣られてふらふらと、左右に行ったり来たり、商店街に並ぶ全ての店先へと誘われてしまっている。


 と、そんな商店街の店先の一つで、なんとも珍しい光景を見つける。


 七輪が並び、炭火の香りが辺りに充満し、七輪の上に置かれた網の上で焼かれているのはサンマ。


 焼き立てサンマ、一尾200円からとの看板も立っていて……もうそんな時期かと驚きながらハクトは、そちらへと足を向ける。


「店先で七輪焼きとは珍しいですね」


 と、声をかけるとサンマを焼いていた店主……惣菜屋の店主はにっかり笑顔で言葉を返してくる。


「最近は七輪持っていない家も増えたからねぇ、こうして焼くと買ってくれる人が結構多いのさ。

 ご家庭のグリルでだって美味しく焼けるかもしれねぇが、炭火の香りってのは七輪の特権みたいなもんだからなぁ、もう少ししたらお客さんがわっと来て、あっという間の売り切れになるよ」


「なるほど……では四尾ください」


 と、そう言ってハクトが財布を取り出すと店主はにっかりと笑って、ちょうど今焼き上がったばかりのサンマを、キッチンペーパーを敷いた販売用ケースに入れてくれる。


「なるべく早く食べてくれよ」


「はい、そうします」


 なんて会話をしながら支払いと受け取りを済ませて……なるべく早くという言葉を真に受けて、チャカチャカ駆け出すグリ子さん達。


 それを追いかける形で早足となったハクトは、帰宅するなり、さっと手洗いうがい、それを着替えを済ませて……サンマを長皿に並べての夕食の準備をする。


 大根を下ろし、味噌汁は朝作ったものの残り、ご飯も朝炊いたばかりなので問題なく……とりあえずそれだけを用意し、焼き立てサンマを楽しもうと、配膳を済ませていく。


「俺はゆずポン酢かける派だけど、グリ子さん達はどうする?」


「クッキュン!」

「プッキュン!」


 ハクトにおまかせ! と、グリ子さん達が返してきたので、ならその通りにと頷いたハクトは、グリ子さん達の皿の隅に乗せた大根おろしに、たっぷりのポン酢をかけてやる。


 ご飯を盛り付けた器と、味噌汁を盛り付けた器と一緒にいつもの場所においてやって……あとはそのクチバシで上手くやってくれるだろうと、自分の席につく。


「いただきます」


「クッキュン!」

「プッキュン!」


 そう声を上げたなら、箸を構えて……ちゃんと熱が残っているサンマを箸でつつき、ポン酢下ろしをちょいと乗せて口に運ぶ。


「おお……脂が乗っていてうまいなぁ、わざわざ七輪並べて焼くだけはあるってことか」


「キュ~~ン!」

「プッキュ!!」


 少し冷めてはいたが、それはとても美味しいサンマだった。


 脂が乗っていて身もしっかりしていて、甘さを感じる旨味があって炭火の香りもたまらない。


 ご飯が本当に良く進む味だと言えて……ハクトたちは夢中でその味を楽しむことになる。


 サンマだけでも十分なごちそう……旅行先で散々手間のかかったごちそうを食べてきた訳だけども、それにも劣らない満足感。


「クッキュ~~~ン」


 やっぱり我が家のご飯が一番と、グリ子さんがそんな声を上げる。


「……まぁ、気持ちは分かるんだけども、まさかあそこまで豪華なご飯を食べてもそのセリフが出るとはなぁ。

 ……いやまぁ、本当に気持ちは分かるんだけどね。

 なんだかんだ惣菜とかに関してはあの商店街はかなりのクオリティだねぇ」


 そう言いながらハクトは箸を進めて、グリ子さん達はクチバシを進める。


 そうやって夕食を平らげたなら……洗濯などなど、本来ならば夕食前に行う家事をこなしていく。


 それが終わったならリビングでのTVタイム、特に見たい番組がある訳でもないのだけど、やることのない、なんでもない時間をただただだらりと過ごしていく。


 すると番組内で飲食店の紹介が始まり、そこでも旬のサンマが美味しいという話題が始まり……焼き立てのサンマを出演者達が楽しみ始める。


「クッキュ~~ン」


 うちのサンマの方が美味しそうに見える、とグリ子さん。


「プッキュン!」


 絶対にこっちのが美味しかったとフォスティーヌ。


 それを受けてハクトは何か返したものかと頭を悩ませたが……まぁ、余計なことを言う必要もないかと黙り込み、何も言わずにただただテレビ番組を楽しみ続けるのだった。



お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
美味いサンマは食えてないなぁ まだ旬には早いというか、暑さで魚もバテてんだろな グリ子さん達がうまやらしい!
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