ピザ
それからしばらくして、そろそろ春も終わりかなという陽気に包まれたある日のこと。
朝食を終えて、家を出るまでの少しの時間をハクトがリビングでゆったりと過ごしていると……ベッドの上で新聞を読んでいたグリ子さんが、挟まれていたチラシ広告を見るなりピクンとその小さな耳を立てて目を丸くする。
目を丸くしたまま、ピクピクと耳を動かしながらその広告を咥えたグリ子さんは……ベッドから飛び降りチャカチャカと歩き……椅子に座ってお茶を飲んでいるハクトに向かってこの広告を見てくれとばかりに、ずいと押し出す。
「うん……?
ああ、宅配ピザの広告か、街の方だけじゃなくてここらでも配達するようになったんだな」
そうしてハクトが手にとったその広告には円形の薄いパンに様々な具材を乗せてチーズやトマトソースなどで味をつけたいわゆるピザの写真がいくつも掲載されており……グリ子さんは目を丸くしたまま、その目を見開いたまま「クキュン!」と声を上げて、これを食べてみたいとの意思をハクトに伝える。
「ん……そうだな。配達区域に入っているようだし、夜9時まで注文を受け付けているそうだから、仕事が終わった後の夕食なら良いかもしれないな。
……では今日の夕食は宅配ピザにするかい?」
実のところ、近所のスーパーにいけば冷凍ピザが売っているし、パン屋に行けば配達ピザよりも小さいがピザパンと呼ばれる品が売っていたりするし、注文をしたならピザを作ってくれもする。
わざわざ宅配ピザを頼まずともそれらを買って食べるという選択肢がある訳だが……それを言うのは無粋、グリ子さんが食べたいのはただのピザではなく宅配ピザなのだからと、ハクトはそんなことを思って小さく微笑む。
するとグリ子さんは嬉しそうに微笑み、翼をパタパタと羽ばたかせ、両足をチャカチャカと動かし……そうしてからハクトが手に持っていた広告をじぃっと見つめる。
どのピザを頼んだものか、どのピザなら美味しいか……そこに写っているピザのどれもこれもがグリ子さんにとっては未知のもので……グリ子さんはしばらくそのまま悩み続けてしまう。
「……ん、そろそろ出社時間だ。
無理に今決めなくても広告を会社に持っていって……休憩時間なんかに見て決めると良い。
ここで悩んで遅刻をする訳にはいかないからね」
ハクトがそう言うとグリ子さんはこくりと頷いてから広告をクチバシで咥えて……その状態のままチャッチャッと玄関に向かう。
ハクトとしては自分が持っていってあげるつもりだったのだが……グリ子さんがそうしたいのであればそれでも良いかと頷いて、鞄を手に持ち襟元を正し……グリ子さんと共に家を出る。
そうして二人で会社までの道のりを歩いていって……グリ子さんを知る人々の微笑ましげな視線を浴びながら挨拶を交わしながら歩いていって……会社についたならいつも通りの仕事をして。
ハクトは事務職として働き、グリ子さんは特等席で……広告を眺め続けて。
本来であればその時間は勤務時間であったのだが、マスコットであるグリ子さんにこれといった仕事はなく、そこに居ることこそが仕事でもあり、誰もそれを咎めることなく、むしろ微笑ましい気持ちで見守ることにして……。
そうして午後5時になったらまたも広告をクチバシで咥えて、いつもの商店街を通っての帰路につく。
その間も人々は微笑ましげな視線をグリ子さんに向けて、そんな視線を受けたグリ子さんは「皆もピザ食べる?」と言わんばかりに広告を見せてあげて……そうやって自宅についたなら、手洗いうがい着替えなどを済ませてから……早速ピザ屋へと電話をし、注文をする。
今日一日広告を眺め続けたグリ子さんが選び取ったのは、四種類のピザを一枚で楽しめるという代物だった。
一つはチーズが多めのピザで、一つは肉がたっぷりと乗ったピザ、もう一つはカニの身が使われたピザで、最後の一つはサラミたっぷりのピザらしいピザ。
それをLLサイズで思う存分食べたいと、早く食べたいと玄関側の電話の側で鳴き声を上げ続けるグリ子さんを、どうにか宥めながら電話をすると……電話の向こうから帰ってきたのはこんな言葉だった。
『注文承りました。
ですが、その、誠に申し訳ないのですが、何故だか今日はいつも以上に注文が殺到していまして……配達まで一時間程お時間がかかってしまうのですが、よろしいでしょうか?』
その言葉をハクトがグリ子さんにそのまま伝えるとグリ子さんはそれでも構わないと、何時間待ってでもピザを食べたいと、そう返して……頷いたハクトは「多少遅れてしまっても構いませんので」とそんな付け足した上で注文を済ませる。
そうしたなら二人は待っている間にやれることをやっておこうと行動を開始し……洗濯を済ませたり、風呂を洗ったりして……その時を待つ。
やれることをやったならグリ子さんはベッドの上でソワソワしながらテレビを眺めて……ハクトはソワソワと落ち着かないグリ子さんのことそっと撫でてあげて、そうやって電話をしてから一時間と二十分が過ぎた頃だった。
何かを聞きつけたらしいグリ子さんが立ち上がり、玄関に向かって駆けていって……それから少ししてからバイクの音がハクトの耳にも聞こえてくる。
それからすぐに玄関の呼び鈴が鳴らされて、それを受けてハクトは財布を手に玄関へと向かって……注文が間違っていないかの確認を終えてからピザを受け取り、支払いを済ませたなら、リビングへと向かう。
リビングについたなら事前に広げておいたピクニックシートの上にピザの箱を置いて……蓋を広げて、念願のピザがお披露目となる。
「クキュン! クッキュン!!」
グリ子さんが目を輝かせながら喜びの声を上げて……そんなグリ子さんを見て微笑んだハクトはピザ各種を食べやすい大きさに切り分けて、グリ子さん用の大きな皿に並べてあげる。
「クルッキュン!」
いただきますとそう言ってピザを食べていくグリ子さん。
一口食べて「クキュン!」もう一口食べて「クキュン!!」美味しい美味しいと繰り返し……そんなグリ子さんを見ながらハクトもピザたっぷり一切れを掴み上げ、パクリと一口、チーズを引き伸ばしながら食べる。
するとグリ子さんはそんなハクトを見て、自分もそれをやってみたいと言い出し……ハクトは仕方ないなと笑いながら、ピザをあえて大きいままの状態でグリ子さんのお皿に乗せてあげる。
そうしてそれにクチバシで食らいつき、ウニョンとチーズを伸ばしながらピザを食べたグリ子さんは……満面の笑みを浮かべながら「ピザ美味しい!」との思いを込めた大きな鳴き声を上げるのだった。
余談ではあるがこの日、予想以上の注文を受けることになった宅配ピザ屋は、普通であればありえない在庫切れというまさかの事態に嬉しい悲鳴を上げることになったのだった。
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