タコ真鯛
ユウカが驚いたのは、いかにも料理人然とした男性が大型のコンロと鍋を持ってきたことだった。
天ぷらが来ると思っていたらまさかのそれ……しかもそのコンロは市販では見かけない、特別な作りになっているようで……男性はそれを座卓の上に置き、鍋を上に置き、それから部屋を出ていく。
「……えっと、まさかですけど先輩、ここで天ぷらを揚げるんですか?」
それを見送ってからユウカがそう言うとハクトは、
「天ぷらが一番美味しいのは揚げたてだよ」
と、なんでもないように言葉を返す。
まさかの返しにユウカが絶句していると、店員の女性達が食器やおひつなどなどを運んできて……幻獣用の食器や前掛けなんかも店員達が準備をしてくれる。
それが終わると先程の男性が油が入っているらしい鉄製の箱を持ってきて……それからすぐに下拵えを終えた食材を持ってくる。
そして男性は静かに微笑み、特に何も言わずにコンロに火を点け、鍋に油を注ぎ、準備を始める。
同時に店員達が飲み物やサラダや漬物といったものを出し、
「調理が終わるまでこちらをどうぞ」
と、微笑みながら声をかけてくれる。
サラダも漬物も、かなり手が込んでいる。
サラダは野菜だけでなく、なんらかの麺類を揚げたものや細かく切った豆腐、チーズなどが振りかけられていて……ドレッシングもかなり手が込んだ品となっているようだ。
漬物もそのまま出すのではなく、包丁で細工がされていたり、干し柿や干し杏といった品を漬物で挟んでいたりと、聞いたこともないような調理がされている。
食べてみるとどれも驚く程に美味しくて、これだけで満足出来てしまう程の味で、グリ子さんやフォスやフェーも気に入ったのか、サラダをあっという間に食べ尽くしてしまう。
すると店員が、
「おかわりしますか? 2回まではサービスですよ」
と、言ってきて……ユウカは目を丸くする。
このレベルのサラダを2回までおかわりしても良いというのは、サービスにしても破格過ぎる。
「クッキュン!」
「プッキュン!」
「わふー!!」
そして幻獣達は容赦なしのおかわり宣言、すぐさまサラダが用意されてご機嫌な様子で食べていく。
そうこうしていると揚げ物の準備が整い……男性料理人が丁寧に天ぷらを揚げていき、揚げたてのものがそれぞれ、油切りのためなのだろう紙の敷かれた皿に置かれていく。
「熱いのでお気をつけください」
男性にそう言われながらハクト達は箸を、グリ子さん達はクチバシや口を伸ばし……揚げたて熱々の天ぷらを楽しんでいく。
まずは野菜の天ぷらから。
藻塩、梅塩、抹茶塩の三種類から好きな塩を選んで少しだけつけて、ザクザクと音をさせながら楽しんでいく。
グリ子さん達の食事は店員さん達はしっかりサポートしてくれていて……ハクトもユウカも気兼ねすることなく自分の食事に集中することが出来る。
季節の野菜、山菜、海苔と山芋といった変わり種を楽しんでいると、メインとなるエビや穴子の天ぷらが出てきて……エビは今までに食べたことないくらいにサクサクプリプリで、穴子も穴子と思えないくらいサクサクフワフワで、ユウカは言葉もなく天ぷらに夢中になることになる。
グリ子さん達は定期的に声を上げて、美味しい美味しいと喜んでいて……ハクトはまるで食べ慣れているかのように静かに、淡々と食事を進めていく。
そして……目的の一つであるタコの天ぷらが調理される。
見た目にはおでんに入っている練り物、その中には野菜やタコの身が刻まれたものが入っていて……塩をつけて食べてみると、驚くような旨味が口の中で爆発する。
そしてタコのしっかりとした歯ごたえと、野菜や切り身の変わり種な食感が楽しく、飽きることなく食べ進めることが出来る。
「クッキューン!」
タコが大好物のグリ子さんも絶賛、過去最高のリアクションというくらいの喜び方をしていて、声を上げたならクチバシを空に向けて突き上げ、翼をパタパタと動かして喜びを表現する。
フォスとフェーも美味しい美味しいと喜んでいて……ハクトも静かなままだが、表情を柔らかくして喜んでいることが分かる。
そして真鯛の天ぷら。
こちらも見た目は練り物の類だけども、鯛らしい白い身になっていて……揚げたてを食べると、タコを上回る美味しさが口の中に広がる。
旨味はタコに負けるかもしれないが、味そのものが美味しく、香りもすごく良い。
流石真鯛と思わせてくるその味には、誰もが黙るしかなく……唯一グリ子さんだけが苦悶の表情をしている。
その表情があまりにも迫真過ぎて料理人や店員が不安そうな表情をし始め、それを見て苦笑したハクトが、フォローのための言葉を口にする。
「大好物のタコよりも美味しいことに驚いてしまって、大好物を裏切った気分になって苦悩しているだけですので、お気になさらず」
それを受けて料理人は揚げ鍋から顔を背けた上で笑い声を上げ、店員達は両手で顔を覆いながら笑う。
それほどグリ子さんの表情が凄まじく、まさかそんな理由でここまでの顔をしてしまっているなんて……と、笑わずにはいられなかったようだ。
そして料理人はどうにか気持ちを仕切り直して料理を再開させ……炊きたてご飯と味噌汁を用意した上で、皆が満足するまで、希望する品の天ぷらを作り続けてくれる。
ハクトはエビ、ユウカは穴子、グリ子さん達はタコと真鯛を交互に食べ進めていく。
ご飯も味噌汁もやっぱり美味しい、同じ天ぷらを繰り返し食べても飽きることはない。
……そしてまずハクトが、次にフォスとフェーが、そしてユウカが満腹となって料理人にお礼を言う中、グリ子さんだけはどんどん食べ進めていく。
タコタコ真鯛、タコ真鯛。
おそらくそうやって交互に食べることで、どちらの方が美味しいのか、本当の好物なのかを見極めようとしているのだろう。
だけども勝負は拮抗していて判断がつけられず……結局グリ子さんは、満腹となって一回り大きくなっても結論を出すことが出来なかった。
「クッキュンキュン……」
もう満腹で満足しました。
そう言いながらも納得は出来ずまたも苦悶の表情を浮かべ……そうやってグリ子さんは料理人と店員の腹筋を破壊しにかかるのだった。
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