ハーレム疑惑
ハクトの家で寝てしまうという失態をおかしたあの日から数日が過ぎて。
試験期間が終わり、久しぶりに道場へといってきたユウカは……夕方というよりも夜と言った方が良い空の下、自宅へと向かって全力疾走をしていた。
久々の道場での鍛錬で思わず夢中になってしまい……門限ギリギリまで鍛錬を続けてしまい、後数分遅れてしまったら母親にかなりきつめのお説教を食らってしまうと、風を切り闇夜を切り、尋常では無い速度で突き進んでいて……その速度のおかげもあってか、残り1・2分という所で我が家が視界の先に見えてくる。
我が家の玄関には門限ギリギリとなったユウカを叱るためか、腕を組み仁王立ちとなった母親が待ち構えていて……その姿を見て冷や汗をかきながらユウカは、大きく足を踏み出して、思いっきりに道路を踏んで……その速さと勢いを殺しながら道路の上を滑っていって……母親の目の前まで滑って行ったなら直立姿勢となって、気をつけの姿勢を取る。
すると母親はくいと腕を上げて腕時計を見やり、ギリギリではあるものの時間内であることに頷き……ゆっくりと家の中へと入ろうとする……のだが、そこでユウカの視線がある気配を感じて隣の家の玄関へと向いてしまう。
視線の先には見慣れない車が止まっていて、その車から何人ものスーツ姿の女性が降りてきてはハクトの家の中へと次々に入り込んで行って……そんな光景を見たユウカはまるで親の仇でも見たような表情となり、ぐっと握った拳を持ち上げ始める。
「いや、怖いから、なんて顔をしてるのよアンタ」
と、母親がそんな声をかけるがユウカの表情が柔らかくなることはなく……母親はやれやれと顔を左右に振ってから、
「お隣さんに行くくらいなら門限を気にしなくて良いわよ」
と、そう声をかける。
するとユウカは体内の魔力を活性化させ、活性化させすぎた魔力が可視化してしまい、可視化してしまった魔力がまるで炎のように揺らめきながらユウカの体を包み込む。
そうしながら一歩一歩、道路のアスファルトを踏み砕かん力で踏みしめていくと……ハクトの家の中……いや、庭の方からきゃいきゃいと楽しげな女性たちの声が聞こえてくる。
可愛いとかたくましいとか、格好いいとか素敵だとか。
そんな単語を耳にしたユウカが我を忘れて玄関から庭の方へと足を進めると……スーツ姿の女性達が、ヘッドライトやペンライトの明かりを頼りにしながら、クリップボードを片手にグリ子さんの体を撫でたり、クチバシの中を覗き込んだり、その翼をルーペのようなもので観察していたりしていて……そんな予想外の光景を見やったユウカは、身にまとっていた魔力を霧散させて、ぽかんとした表情を浮かべる。
可愛いもたくましいも格好いいも素敵も、全てはハクトではなくグリ子さんに向けられた言葉のようで……一体この光景は何なのだろうかとユウカが困惑していると、リビングの窓を大きくあけて、リビングから庭の光景を見守っていたらしいハクトが、ユウカの姿を見つけて声をかけてくる。
「おや、風切君、こんな時間にどうかしたのかい?」
するとユウカはぽかんとしながらも、姿勢を正し居住まいを正し……魔力のせいで乱れた髪の毛を手でそっと撫で付けながら言葉を返す。
「な、なんだか知らない人がここに入ってきたのを見て……えーーっと、その、またあの不審者絡みなのかなって、そう思っちゃいまして、思わず駆けつけちゃったんですが……。
えっと、この光景は一体?」
「ああ、そうだったのか、余計な心配をかけたようですまなかったな。
これはグリ子さんの健康診断でね、そろそろ良い時期だからと専門の会社に依頼して来てもらったんだ。
幻獣を召喚した者のほとんどが激務となっていて、昼間に取れる時間などほぼ無いから、こんな時間でも対応してくれるんだよ」
「へ、へー……そうなんですねー。
……って、え? 健康診断? 幻獣って健康診断が必要なんですか?」
ユウカが思わずそう返すとハクトは、少しだけ苦い顔というか、苦虫を噛み潰したような顔になって、ユウカを諭すような態度で言葉を返す。
「勿論必要だとも、そして健康診断については学院の教科書にも書かれている重要な事項だぞ?
召喚時にまず1回、更に召喚初年は3回行うのが義務となっていて……以降は年1回が義務となる。
いきなり別世界に来ての生活に慣れずに体調を崩す幻獣も多いし、目で見えない部分で何か問題が起きていることもあるからね……魔力での精密検査が可能な、それなりの会社に依頼する必要があるのだよ」
それはユウカが知っていなければいけないことで、将来幻獣を召喚するだろう者としては決して忘れてはいけないことで……ユウカは全力で申し訳なさそうな顔をしてから「忘れてました、すいません」と謝罪の言葉を口にする。
「……まぁ、これでもう忘れないだろうし、召喚した際に配られる冊子にも書かれていることだから、大丈夫だろうと思っておくよ」
「は、はい……気をつけるようにします。
……えーっと、それでその先輩、検査の方が若い女性ばかりなのはどういう……?」
魔力での検査というだけなら男性でも可能で、男性の検査技師と女性の検査技師は同じくらいの数が社会にいるはずで、普通に依頼したならこんな風に偏らないはずだとの意図を込めての質問に、ハクトはやれやれと顔を左右に振りながら言葉を返す。
「風切君、グリ子さんは女性なのだよ?
体内まで見られる精密検査となったら、出来得る限り同性にやってもらったほうが良いのは当然のことだろう?
これは義務とか道理の問題というよりも、召喚主としての配慮の問題になるかな」
そう言われてユウカはハッとした表情となってから、今度はグリ子さんの方へと視線を向ける。
ユウカもまた女性であり、学院で魔力による健康診断などを経験している身であり、その配慮のありがたさを身にしみて実感している立場であり……そこまで考えが至らなかった自分の情けなさに言葉が出てこない。
色々と勘違いしてしまって、頭に血を昇らせてしまって、我を忘れかけてしまったとはいえ……本当に情けない。
言葉も無く、ただ自らを恥じることしか出来ず……ぽかんとユウカが呆けてしまっていると、呆れ顔となったハクトが声をかけてくる。
「……試験期間では試験に出るだろう問題ばかりを勉強していたからな。
そういった点が疎かになっていた部分は確かにあるだろう……。
そうなると君のその有様は、勉強を教えていた俺にも責任があるという訳だ……。
仕方ない……風切君、今度の土日は時間をあけておいてくれたまえ。
試験には出ないだろうが、幻獣に関わる者として忘れてはならない知識を、改めてみっちりと土日をフルに使って勉強するとしようじゃないか」
それはハクトからすると、罰の執行宣言、学生からせっかくの休日を奪うという、かなりの厳しい態度だったのだが……何故かユウカはその言葉を受けて満面の笑みとなって「はい!」と元気な返事をしてきてしまう。
それはハクトにはまったくもって理解出来ない態度で、困惑するしかない態度で……一体何事だと思わず怯んでしまう程のことだったのだが、それでもユウカがやる気になっていることは良いことであり、前向きな返事をしていることもまた良いことであり……。
そんなユウカの態度を受けてハクトは、何がなんだか分からないが、とにかくユウカがやる気になってくれていること、それ自体は良いことだろうと頷いて……そのやる気に応えるために、相応の難度のカリキュラムを組んでおくかと
そんな決意を抱いてしまうのだった。
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