タコ料理
「あの方が大僧正の……? 中々の威風のようで」
掃除の行き届いた和室の掛け軸を背に、座布団の上に腰を下ろした着物姿の女性がそう言うと、人間に化けた状態のブキャナンが言葉を返す。
「えぇ、えぇ。あの方こそ未来を担うに相応しいお方。
隣に立つ友人も幻獣も超一流……かの御稚児様にも劣らぬ逸材ばかりでございやす」
「わたくしのご先祖様をそう呼べるのは、あの方を守り育てた大僧正だけなのでしょうねぇ……なんとも愉快なことです。
……わざわざあの方々とご一緒にいらっしゃったのは、それが理由でしたか。
すっかり没落した一家ではございますが……分かりました、可能な限りの助力をさせていただきます」
「アンタ様にそう言って頂けるのでればアタクシも安心出来ると言うものでございやす。
と、言いますか没落なんてしておりませんでしょう? このお屋敷の立派なこと……数百年前のお屋敷とはとても思えない整いようにも驚かされたというものでやす」
「……こんな屋敷が何だと言うのです。
かつては天下を差配していたのですから、今の姿は没落も没落、歴史に残る有様でございましょう?」
「ま、マァ、確かにそう言われるとそうなのかもしれやせんが……。
……そう言えばあの五色神牛はどうしたので? あれにはアタクシも驚かされてしまいやしたが」
「あれはご先祖様……大僧正がおっしゃる御稚児様が大陸に渡った際に手に入れ、持ち帰ったものでございます。
以来我が家に仕え、支えてくれておりまして……今こうしてわたくしが当主の座についているのも、あれのおかげでございます。
ご先祖様が亡くなってからは、あの方の子孫の中で血が色濃く出た者にのみ懐き従うとのことで、あれに懐かれることが当主の最低条件となっているのです」
「ハハァ、ナルホド。
そしてそれを世間に見せつけることで威を示したと。
……そうする必要がある程に世が乱れるとお思いで?」
「いえ? わたくしはただあれと大僧正との仲を自慢したかっただけでございます。
ご先祖様と大僧正の仲は我が家のみならず、世間にも伝わる有名なお話……そんな大僧正との仲を見せつけておけば、分家連中も大人しくなりましょう」
と、そう言って着物姿の女性がなんとも嫌な笑みを浮かべると、ブキャナンは冷や汗をかきながらの笑みを返す。
ブキャナンがかつて世話をした稚児そっくりのその顔には、彼以上の苛烈さが潜んでいて……そんな女性がひとまず味方となってくれたことに大きく安堵する。
そうして二人が笑い合っていると、一人の女性が静かに戸を開き、茶の湯の準備が出来たと知らせてきて……それを受けてブキャナン達は改めて笑い合い、茶室へと場を変えて更に突き詰めた話をしていくのだった。
――――一方その頃 ハクト達
「キューン!」
元気な声を精一杯に上げながらお店にグリ子さんが突入すると、それを出迎えた女性店員は、
「あらまぁ! 元気な幻獣さんじゃないか! いらっしゃいー!
今日はタコのトマト煮がおすすめだよ!」
と、グリ子さん以上に元気な声を返す。
「えぇっと、それはどんな料理です?」
グリ子さんを追いかける形で店に入ったハクトが問いかけると、店員は笑顔を爆発させながら料理の説明をしてくれる。
ニンニクやスパイス、ハーブとミニトマトをオリーブオイルで炒め、香りが立ったらタコ足を投入、ある程度火が通ったらトマトソースと白ワインを入れてじっくり時間をかけて煮込む。
煮込んでタコ足が柔らかくなったら塩などで味を整え、最後にイタリアンパセリとレモン汁をふりかけて完成。
それを焼きたてのバケットと一緒に食べる料理なんだそうで……ちゃんと幻獣用のものも用意してくれるそうだ。
「―――バケットが苦手ならパスタに変更もOKだよ。
お客さんの中にはマカロニを和えて欲しいなんて人もいるね、他にもタコサラダに焼きダコ、ワイン酢漬けタコ足なんかもおすすめだね。
アンタと……そっちの女の子と幻獣さんかい? なら奥の個室にどうぞ。
おっきくて可愛い幻獣さんも座れる席があるよ」
「では、その席でお願いします。
……そしてさっき説明してくれたタコのトマト煮とサラダ、焼きダコと、適当な飲み物を全員分お願いします」
と、ハクトがそう返すと店員はニッカリとした笑みを返してくれて、厨房に注文を伝えてくれる。
それからハクト達は店内を眺めながら奥へと足を進める。
看板や店名からは和食系のように思えたが、店内に入ってみると白を基調とした爽やかな、洋風の飾りつけがされていた。
テーブルや椅子なども、恐らくは海外製……壁には鮮やかな絵付けのされた皿が飾られていて、どことなく地中海の雰囲気を思わせる。
先程のトマト煮の説明もそちらの料理を思わせてくるし、洋風料理の店なのかな? なんてことを思うが、店内の客達の様子を見ると、たこ焼きや寿司、刺し身などを楽しんでいるようで……どうやらタコ料理なら和洋折衷、なんでもありのようだ。
更には中華料理を思わせる鍋料理を楽しんでいる客もいて……和洋折衷どころではないようだ。
そんな様子を見ながら向かった奥の席というのは、大きな丸いテーブルを囲うように大きなソファが配置された、中々見ない作りと雰囲気の部屋で……そんなソファの中にはひときわ大きく作られたものがある。
あそこが幻獣の席なのだろう、そのソファの上には固定された木の板などもあり……あそこに器を乗せて幻獣に食事をさせるようだ。
ベビーチェアのようと言うか、新幹線などで見る折りたたみテーブルのようだと言うか……色々と工夫が成されているようだ。
そして円形テーブルの中央には戸のようなものが作られていて、そこを開いてみると焼き肉屋で見るような金網が姿を見せて……ここで料理を焼くことも出来るらしい。
「あ、ここの壁開きますよ、先輩、ほらほら」
テーブルの中にそんなものがあるなら、壁にも何かあるかもしれないと壁をいじっていたユウカが見つけたその仕掛けは、そうとは見えない壁の一部が横にスライドするというもので……スライドさせてみると、ガラス窓が現れ、その奥には無数のワインの瓶が並んでいる。
中身はないようだが、ラベルをしっかりと確認出来るようになっていて……どうやら注文用の見本のようだ。
「なるほど、夜はこれを開いて飲み屋のようになるのかもしれないね」
と、そう言ったハクトは、偶然立ち寄った店だが、中々悪くなさそうだと頷き……これから到着するだろう料理に期待を寄せて、ソファの上でワクワクワクワクと体を左右に揺らしたり、縦に伸ばしたりしているグリ子さんのことを撫でてやりながら、料理の到着を静かに待つことにするのだった。
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