グリ子さん、突撃
ハクト達がアーケード街グルメを堪能していると、道の向こうから人々がざわつく声が聞こえてくる。
一体何事だろうか? と、首を傾げながら視線をやると、色々な人の嬉しそうな、楽しそうな声が聞こえてきて……どうやら人々は車だ車だと、そんなことを言っているようだ。
「車が入ってきたんですかね?」
それを受けてユウカが声を上げ、
「……まさか、入口に車止めがあったし、ここは一年中歩行者天国のはず……」
と、ハクトが返す。
しかし人々は確かに車だと声を上げていて、車が近付いて来たのか、車が通りやすいようにと脇に寄り始め……ハクト達は訳が分からないまでもそれを真似して邪魔にならないようにと移動をする。
するとガラゴロと車輪の音が響いてきて……黒塗りで荘厳な飾りのついた牛車がハクト達の側を通り抜けていく。
その牛車のあちこちには純金で作ったと思われる飾りがあり、車輪にまで丁寧な装飾がされているようで、それが回転することで図柄を映し出していて……牛車を引く牛も通常の牛ではなかった。
白い体毛で全身を多い、ライオンのたてがみのように、髪の毛のような長い毛を頭から垂らしていて、しかもその毛は白、赤、黄、青、紫と五色に染められていて……二本の力強い角が天を突くかのように伸びている。
そんな姿をしている上に、普通の牛よりもかなり大きいものだから、一瞬本当にこれは牛か? なんてことを思ってしまう外見で……ユウカが「キレイキレイ!」なんて気楽な声を上げる中、ハクトは冷や汗を流しながら言葉を漏らす。
「五色神牛か……? いや、まさか国内にいたとは……。
あのレベルの幻獣が引く牛車に乗っているのは……一体何者なんだ?」
それを受けてユウカは、首を傾げながら「五色神牛って?」と問いか、ハクトはそれに応える。
「神話時代の幻獣で、名前だけは聞いたことがあるけどもその姿を目にするのは初めてというレベルの希少な存在だね。
毛が五色、一日に八百里を駆けたとかで、雲の上を走ることも出来るらしい。
神話時代の一里がどれくらいかは議論があるが、大体400kmと言われているね。
一日と言ってもまさか24時間ってことはないだろうから、日が出ている時間から休憩などを引いて5時間かそこら……そういう計算だと時速80kmということになるかな。
しかもただ駆けるだけではなく騎乗幻獣として戦場に出ても強かったようで……様々な活躍が伝えられているよ」
「へー……力比べしたら私とどっちが強いですかね?」
「……な、なんとも言えないかな。
普通の牛でも人間よりは力が強くて、力比べなんて出来たものではないのだけど、風切君ならなんとかなりそうで……しかし相手は普通の牛ではなく、神牛とまで呼ばれる存在だからね……。
まぁ、五色神牛そのものもそうだけど、それに牛車を引かせている人もかなりの存在というか、とてつもないレベルで偉い立場の人だろうから、迂闊に力比べをしたいとか、そんなことを言わないようにね」
「あ、はい……ちょっと残念ですけど自重します」
と、そう言ってユウカは寂しさを紛らわせるためか、牛車を見たいと背伸びをしているのを見たからか、フェーとフォスのことを抱きかかえて、その柔らかさを堪能し始める。
それを見てグリ子さんもなんともわざとらしく背伸びをし始めて……それを見て更に冷や汗をかいたハクトは、気合を入れ直してから両手を大きく広げて、後ろからグリ子さんをガッシリとつかみ、服の中に仕込んでおいた糸も使ってグリ子さんを抱き持ち上げる。
そうやってグリ子さんに牛車を見せてあげていると、牛車の窓が……開くとは思っていなかった窓が開かれて、牛車の中から一人の男が顔を見せる。
それを見てハクトは思わずグリ子さんをそれ目掛けて投げつけたいという衝動に駆られる。
グリ子さんを傷付けたくはないし、そんなことにグリ子さんを使いたくはないので本当にする訳ではないが、反射的に感情的にそうしたくなってしまう。
「あ、ブキャナンさんだ」
とのユウカの言葉の通り、顔を出したのは人に化けたブキャナンで……随分若く化けたようで、牛車に視線をやっていた女性達から黄色い声が上がったりもする。
こうなるともう、あの神牛が本物なのかも疑わしくなってくる。
普通の牛に幻術をかけた可能性があり……牛ですらないかもしれない。
ブキャナンの魔力で顕現している式神か何かか、そこらで捕まえた野良犬か、野生のカエルなんてこともあり得てしまう。
そんなことを考えてハクトがいつにない呆れ顔となっていると、ブキャナンの奥、つまり隣の席に何者かの人影がある様子が視界に入り込む。
誰かがいる、あれも幻術かもしれないが、幻術ではないかもしれない。
ここが古都ということも考えると本当にお偉いお方ということもあり得る訳で……ハクトはなんとも言えない苦い顔をしながらも何も言わず何もせず、ブキャナンから意識を外す。
どんな意図があるにせよ、この場このタイミングで顔を見せたというのは、完全にからかい目的で……旅行で気分が盛り上がっているのか何なのか、そんな状態のブキャナンを意識しても振り回されるだけだ。
そんなことに構うくらいなら普通に旅行を楽しむべきだと、グリ子さんをそっと下ろしたハクトは、次の店に向かおうとゆっくりと歩き出す。
それにユウカも続き……フェー達が人混みで迷子にならないようにしているのか抱きしめたまま、その柔らかさを堪能したまま追いかけて……そうして二人は牛車を見ようと集まった人混みから離れていく。
そうやって移動していると、グリ子さんが「キュンッ!?」と声を上げる。
どうやら何かを見つけたらしい。
一体何を? と、ハクト達が視線を追うとその先にはうねうねと動くタコのオブジェ。
店先ではためく旗には『タコ料理専門店、タコ屋』の文字。
それを見てハクトは、これはもう行く以外の選択肢はなさそうだと頷いて、そちらへと足を進める。
ユウカもタコ料理専門とは面白いと足取りを軽くし……そしてグリ子さんはチャチャチャチャチャッとタイル舗装された地面を凄まじい速度で蹴り駆けて店の入口へと突撃していく。
「ちょ、グリ子さん!?」
と、ハクトが思わず声を上げる中グリ子さんは、ガラス張りの自動ドアがギリギリのタイミングながらちゃんと開いてくれたことによって結構な勢いで、店の中へと突入することになるのだった。
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