古都の風景
濃くて美味しいコーヒーと、シンプルながら満足度の高い朝食を終えたハクト達は、店を出て次の目的地までの道程を歩いていくことにした。
またタクシーを呼んでも良いが、知らない土地を歩くというのもまた旅の楽しみであり、古都の光景を眺めながらゆっくりと歩いていく。
先頭は威風堂々と歩くグリ子さん、その後をちょこちょこ歩くフェーとフォスが追いかけていて、ハクトとユウカはそんなグリ子さん達を後ろから見守る形で足を進めている。
全体的には長屋風の家が並んでいるが、竜鐙町では見ないような、横に大きく古風な家もちらほらと見かけて……昔ながらの蔵が並んでいる光景を見ることも出来る。
時にはとてつもなく大きな壁のような建物もあり……一体この建物は何なんだろう? と、観察していてハクトは、その建物が内向きに作られたものであると気付く。
壁の途中に小さな戸があり、恐らくその向こうに玄関まで続く道と庭があるのだろう。
庭と玄関を覆い隠すような形で建物が建っているようで……外から見ると黒塗りの、無骨な壁の姿しか見ることが出来ない。
こんな家、ハクトの実家の周囲でも見たことはなく……流石古都だなぁと、ハクトがそんなことを思う中、ユウカやグリ子さん達はそういった家には興味を示さず、家と家の間に建っているような店をチェックしていた。
巾着だけの店、扇だけの店、下駄だけの店。
そんなお店に需要があるの!? と、驚く中……幻獣用の巾着や下駄の店まで現れて更に驚かされる。
大中小、様々な品物が並ぶその店には工場のグリ子さんのように、看板幻獣の姿があり……小さな台の上だったり、ガラス窓の向こうだったりに、様々な幻獣の姿を見ることが出来る。
中には幻獣なのかどうか迷ってしまうようなものもいて……特に幻獣用の羽織の店先にいた三羽のスズメには困ってしまった。
ぱっと見はただのスズメ、チュンチュン鳴いていそうな可愛らしい普通のスズメ。
しかし大きさが問題で、両手で抱える程の大きさをしていて……そんな大きさのスズメが三羽、店先でまぶたを閉じて太陽の方に体を向けて……どうやら日光浴を楽しんでいるらしい。
丸い体を寄せ合ってぽかぽかと陽気に身を任せて……そしてスズメの一羽がくあっとあくびをしたことでユウカはぎょっとする。
クチバシの内側にびっしり鋭い牙が生えていたのだ。
鋭く長く……ワニを思わせる牙がびっしりと。
「ああ、コカトリスかな」
と、ハクト。
それを受けてユウカはハクトを見て、スズメを見て、またハクトを見て、それから大口を開けて『あれがコカトリス!?』と、思っていることを表情で精一杯に表現する。
「一般にコカトリスと聞いて想像する種とはまた別種だろうけど、分類するならコカトリスだろう。
コカトリスはcocodril……つまり古代語でワニと呼ばれたこともあり、ああいうワニのような牙がある鳥であればすべてコカトリスと呼ぶんだよ。
cocoをcock……雄鶏と読み替えてコカトリスともされるからニワトリをイメージしやすいのだけど、オウムやクジャク、キウイのコカトリスもいたはずだよ。
バジリスクも同じようにバジリコックと呼んで雄鶏の幻獣であるとすることがあるが、全くの別種なので注意するように……昔は同種だと勘違いした挙げ句にコカトリスをメス、バジリコックをオスとして、番にさせようとした人達もいたらしいね」
「へ、へぇー……つまりあれはスズメに似たコカトリスですか。
えぇっと……コカトリスとしての力もあるんですかね? 石化とか……?」
と、ユウカが返すとハクトは「うぅん」と唸ってから言葉を返す。
「あると言えばあるのだが、正確には石化ではなく毒だね。
石のようになってしまう毒……つまり石化毒を持った種もいるけども、普通に即死するような毒や、卒倒するような毒、何年も苦しみ続ける毒などなど、種類によって効果も強さも様々だね。
あのコカトリスは……まぁ、大したことはないのだろう。
大したことのある毒の幻獣を店先に置きはしないだろうし、グリ子さんも警戒していないからね」
そう言われてユウカが視線をやると呑気な顔をしたグリ子さんが大丈夫だよと、表情で語ってからコクコク頷き、それを受けてユウカは安心した気分となる。
別にあのスズメに襲われようとしている訳でもないのだが、それでもやはり危ない毒を持っていると聞けば警戒してしまうものだ。
そうする必要がないと聞いて思わず握っていた拳を緩めていると……陽気を受けて眠りかけていたコカトリスの一羽がまぶたをゆっくりと開き、そのつぶらな瞳でもってこちらを見やってくる。
そしてグリ子さんのことを見やり、じぃっと見つめてから慌てたようにバタバタと翼を振るい、立ち上がって居住まいを正してからこくりと頭を下げてくる。
一羽がそうしたことで残りの二羽もグリ子さんに気付き、同じように頭を下げてくる。
……グリ子さんに挨拶をしたらしい。
だけどもグリ子さんは頭を下げ返すことなく、おすまし顔で足を進めていく。
どうやらこの一瞬で格付けのようなことが行われたようだ、そしてバジリスク達が降伏したというか、格下であることを認めて頭を下げたようだ。
同じ鳥類? 幻獣として……まんまるな幻獣として色々あるらしいと察したユウカは、あえて何も聞かずに止めていた足を進めて、観光散歩を存分に楽しんでいく。
古都だからなのか何なのか、その途中でもやはり幻獣をあちこちで見かけて……その度、ハクトがあれこれと説明してくれる。
ユウカはそれを聞きながら「なるほど、なるほど」と相槌を打ち、足を進めていく。
こういった説明クセはハクトにはよくあることなので慣れたもの、ただただ受け入れて……そうして段々と街の光景が変化していく。
古めかしい街並みから、真新しい街並みへ、繁華街とまでは言わないが賑やかで人通りが増えて、竜鐙町でも見かけるような、テレビなどで良く見かけるような商店街の姿へと変化していく。
すると見たことのあるチェーン店なども見かけるようになって……そして商店街の中央、アーケード街へと到着する。
今日の昼食はここで食べる予定、まだまだ少し早いが、色々見ているうちに時間が過ぎるはず。
そう考えてハクト達は足を進めて、アーケード街へと入っていくのだった。
お読みいただきありがとうございました。