ユウカの趣味
サービスエリアでの休憩を終えて、ハクトは特に気にすることなく、これまで通り運転を続けていった。
何か色々と起きているらしいが、ブキャナンがフォローしてくれるので問題なし、深く気にする必要はないだろうと考えてのことで……そうして夕方、予定通りの目的地へと到着する。
古都、古の時代にシカに良く似た大幻獣の縄張りであったその街には、その時代から残された遺跡や、そこまでではないにせよ古い建築物が残されていて……街並みそれ自体がちょっとした観光名所となっていた。
古の時代、この古都には大幻獣の縄張りに間借りする形で多くの人々が暮らしていて……大幻獣もそれを受け入れていて、その代わりに人々が大幻獣の使いとして働くという、ちょっとした共生状態となっていたそうだ。
そんな街には今もあちこちでシカや、シカの系統の幻獣を見ることが出来て……ハクトはそんなシカ達にぶつかってしまわないよう、注意して街中を運転していって、今日泊まるホテルへ向かう。
山の中腹にあるので山道を登り、ホテルの入口である立派な看板を構える門を過ぎても坂道が続き、その途中にある複数の駐車場を過ぎて入口へと向かう。
するとすぐに着物姿の女性といかにもホテルマンといった格好の男性が出迎えてくれて、荷物と車のキーを預けたハクトは、運転の疲れからか少しだけふらつきながら受付へと向かう。
予約もしてあるので受付はスムーズに済み、受付を終えて振り返ってみると、なんとも広いロビーが視界に入り込む。
何十人が休憩出来るのか、いくつものソファが並ぶ空間があって、ソファに応じたテーブルもあって……自由に飲んで良いのかドリンクバーも設置されている。
周囲にはいくつもの芸術品があり、最奥にはかなり大きな、屏風のような絵が飾られていて……その下にはかなりの大きさのガラス窓がある。
それは本当に窓と言って良いのか、ガラス壁と言って良いような大きさをしていて、その向こうには広い庭が広がっており、手入れされた木々や草花、池に岩とそこを見ているだけでもかなりの時間楽しめそうな空間となっている。
天井は吹き抜けで、5階建てらしいホテルの天井まで突き抜けていて……天井からは豪勢過ぎる程豪勢な、シャンデリアを思わせる照明がぶら下がっている。
そんなロビーを職員に案内されるままに進むとエレベーターがあり、エレベーターに乗って最上階へ。
最上階では部屋ごとではなくフロアごとの貸し切りが可能で、今回ハクトはフロアごとの予約をしていたので、そちらへと向かい……フロア前の大扉がカードキーで開かれて、その先の光景が視界に入り込む。
大きなガラス窓、その向こうには山から見下ろす古都の光景。
フロアの中央が凹んでいるというか下がっていて、そこに向かう階段が360°にある。
階段に囲われた中央には人間用のソファと、注文しておいた幻獣用ソファがあり……テレビ、ラジオ、音響などなど、様々なリモコンが入れられた専用ケースの置かれたテーブルもある。
そのテーブルにはそれぞれの設備の説明書や、ホテルについての説明書、セキュリティ関連の説明書があり……そんな中央フロアの左右の壁には、それぞれ二つずつの立派な作りのドアがある。
それぞれ個室に繋がっていて……個室一つ一つが、最上級と言って良いレベルの部屋となっている。
更には浴室、サウナ、ランドリーなども用意されていて……予約しておけば職員が待機してくれるバーカウンターなども備えられている。
ハクト達は未成年なのでそちらの予約はしていないが、調理スタッフを予約しておいたなら、そこでパーティのようなことも出来るようだ。
寿司職人を雇えば寿司パーティ、鉄板焼き職人を雇えば鉄板焼きパーティと、色々な形が楽しめるらしい……が、そちらの予約もしていない。
今回は食道楽旅行、街のあちこちを歩いて美味しそうな店を探すのを楽しむ旅行でもあるので、あえてそういった選択はしなかった。
夕食だけはホテルで用意してもらうが、それも賑やかな大食堂での食事をお願いしていた。
そしてそれまでは休憩時間となり……届いた荷物を自分の部屋に運んでもらったハクトは、グリ子さんとフォスのクチバシカバーを外してやってから、鈎爪カバーを新しいものに交換する。
室内用というかこの旅館用というか、スリッパのような扱いになるそれをグリ子さん達は喜んで受け入れ、それから中央フロアのソファへと向かって駆けていき、駆けた勢いでぴょんと飛び跳ねてソファにぼふりと着地し、その柔らかさにうっとりとした顔になる。
「……グリ子さん、ソファを壊したりしないようにね」
そう注意しながらハクトは、バーカウンターの奥にある台所のようになっているエリアに向かい……そこに置いてあるポットを使って、全員分のお茶を淹れ始める。
湯を沸かしている間に、サービスとして用意されていた茶菓子の確認をし、そうこうしているとパシャパシャとまるでカメラの撮影音のようなものが聞こえてきて、ハクトは首を傾げながらバーカウンターからその音がする方へと視線をやる。
するとユウカがなんとも立派なカメラを構えながら連写をしていて……どうやらホテルの内部を撮影して回っているらしい。
確かにめったに泊まれない立派なホテルではあるが……と、そんなことを考えたハクトは、いやいや、そんなことよりもとユウカに向けて声をかける。
「風切君、そのカメラはどうしたんだい? 随分立派なカメラに見えるが……。
旅行写真なら使い捨てカメラでも良かっただろう?」
するとユウカはシャッターボタンを何度も押しながら、カメラを構えたまま言葉を返してくる。
「昔から興味があったんで、お仕事の報酬で買ったんですよ!
一眼レフってやつで、お父さんと良いやつを選んだんです! お父さんもカメラが得意で……今色々練習中で、この旅行でも色々撮影してみようかなって、フィルムもたくさん持ってきたんですよ!」
「へぇ……それは、悪くない趣味だねぇ。
俺はあまりカメラには詳しくないけども、上達すると中々の写真が撮れるとも聞くし、そういった趣味を持つのは良いことだと思うよ」
学生時代、武道一辺倒でやってきたユウカのちょっとした変化に、素直に感心したハクトがそう言うとユウカは、カメラを構えたまま笑顔を見せてきて……そしてハクトやグリ子さん達へとレンズを向けて、なんとも楽しそうにレンズを調整しボタンを押し込むのだった。
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