焼き肉
食道楽旅行を決めて予定を立て始めて……それまでの日々でもハクトは、グリ子さんの魔力を溜め込むためにとグリ子さんに喜んでもらうためにと外食多めの日々を繰り返していた
グリ子さんが海産物を好んでいることは分かった、だけども商店街で食べるコロッケやメンチカツも好んでいて……ならば肉の中にもタコに匹敵するような好物があるはず。
そう考えて肉料理を中心にグリ子さんに楽しんでもらっていて……今日は仕事を終えての足で、街に出ての焼肉店へと足を運んでいた。
幻獣同席可、予約必須の高級店で、ハクト、グリ子さん、フォスの3人で予約。
食べ放題などは無い店となり、予約段階である程度のメニューを決めてく必要もあるので、ハクトは一番お高いコースを選択。
出来るだけ多くの種類の肉が食べたいとの注文も事前に伝えてあり……店に到着し、戸を開けのれんをくぐって入店すると、すぐさま店員がやってきて、ハクトが予約情報を伝えると、すぐさま部屋へと案内してくれる。
かなり広い部屋には大きな焼肉用テーブルがあり、テーブル以外にも幻獣用ということで焼き肉用の台のようなものが床に設置されていて……そちらを使っても良かったのだろうけども、せっかくだからということでハクトは皆でテーブルについての食事を選択していた。
グリ子さん達の椅子は高さが下げられていて、食べやすいようにということなのか、テーブル板の一部が撤去されていて……網に直接クチバシをつけての食事が可能になっている。
グリ子さんに似たタイプの幻獣の接客をした経験があるのだろう……クチバシの汚れを洗うためのボウルやタオル、大きめの焼肉用エプロンもしっかりと準備されていた。
席につくとすぐさま網に火が入れられ、予約しておいたコースメニューの配膳が開始され……配膳ついでに店員が、調理の難しい肉をさっと手早く焼き始めてくれる。
タレに漬け込んだカルビ、ネギが乗った牛タン、焼くと綺麗に広がるように独特な切れ目が入れられたロース肉……などなど。
専用エプロンを装着したグリ子さんとフォスは、肉が焼き上がっていく様子をソワソワしながら眺めて……だけどもがっつきはせず、高級店だからとすました態度をどうにか維持し、店員が皿に乗せてくれるのを待ってからクチバシを伸ばす。
高級店に相応しい丁寧な態度でつまみあげて、ゆっくり咀嚼し……そして肉の柔らかさと美味しさに目を見開いて喜ぶ。
ハクトはいつものように……普段からそうしているように、丁寧に肉を食べていき……うん、悪くないと頷く。
グリ子さん達はそんなハクトに、こんなに美味しいんだからもっと感動しないかと、抗議の視線を送るが、それでも声を上げることなくすました態度を維持し続け……ある程度の調理を終えた店員が去っていったのを見計らって声を上げ始める。
「クッキュン! クキュン! クッキュン!」
「プッキュン!!」
こんなに美味しいのに! もっと楽しみなさいよ!
そうだそうだ!
そんな声を静かに受け流したハクトは、トングでもって肉を網の上に丁寧に並べていく。
「もちろん楽しんでいるけど、今日はグリ子さん達の新しい好物を探すのが目的なんだから、そちらにだけ意識を向けようと努めているんだよ。
とりあえず……ほら、色々な部位を食べてみなよ、それともすでに食べた中で何か良い肉があったかい?」
並べながらハクトがそう問いかけると、グリ子さんは悩ましげに体をよじらせながらどれが良かったかなんて、選べないと態度で示してくる。
それを受けてハクトは苦笑し、今日は食事を楽しむだけになるかなと、そんなことを考えながら肉を焼いていき……そんなハクト達のテーブルには次々と肉が運ばれてくる。
……と、その時、新しく運ばれてきたある皿にグリ子さんの視線が突き刺さる。
真っ赤な肉、今までの牛肉とは少し違った印象の肉、そんな肉の端にはそれがどんな肉であるかを示す木製プレートが置かれていて……そこには古めかしいフォントでの馬肉の文字。
それを見てハクトが「あっ」と声を上げる中、グリ子さんの目がどんどん鋭くなっていく。
伝承によればグリフォンは馬を敵視している。
何故かと言えば古代、神々が乗る戦車を曳いていたグリフォンの役目を、馬が奪ってしまったからだ。
そこから不可能なことを示す『グリフォンと馬を交配させるようなもの』なんてことわざが産まれたとされるくらいには馬を敵視していて……その想いは馬肉が相手でも変わらないものであるようだ。
「焼肉店で馬肉とは珍しいなぁ……。
どうする? 食べないでおくかい? 問題ないようなら焼いてしまうけども……」
と、ハクトが声をかけるとグリ子さんは、
「クッキュン!」
いっそ食ってやる!
との声を返す。
それを頷いたハクトは馬肉を丁寧に焼き始め……専用のタレで漬け込んであるらしい馬肉は、なんとも良い香りを周囲に漂わせ始める。
そして焼き上がったなら即、グリ子さん達の皿に乗せられ、瞬間クチバシが伸びて肉はクチバシの中に消える。
「キュン!?」
直後上がる驚愕の声、その内容は美味しい!? というもので……なんとも予想外なことに、グリ子さんは古代からのライバルの肉を美味しいと思ってしまったようだ。
「プッキュン! キュン!」
グリ子さんだけでなくフォスも馬肉焼き肉を気に入ったようで……ハクトもまさかこうなるとは、と驚きながら肉を焼き上げていく。
そうやって予約したコース全てを食べ上げたグリ子さんだったが、どんな牛肉も……驚く程にお高く柔らかく、滋味に溢れた牛肉も馬肉の美味しさには敵わなかったようで……全てを食べ上げたグリ子さんは、ハクトの方をチラチラと見ながら、態度でおかわりの要求を始める。
もちろん要求しているのは馬肉、いっそ馬肉のフルコースを食べたいくらいの食欲をまとったグリ子さんの様子にハクトは苦笑して……それから店員を呼び、馬肉の追加をと注文をする。
そうして次々に馬肉が運ばれてくるとグリ子さんは、それを美味しく頂きながら悔しそうに……なんでこんなに美味しいんだ、馬のくせにとそんなことを思いながら、存分なまでにその美味しさを堪能するのだった。
お読み頂きありがとうございました。