切り札
ユウカとブキャナンの備えに関する話し合いはどんどん盛り上がっていく。
どんな物資が必要か、どんな設備が必要か……現実的というよりも願望、妄想を楽しんでいるといった様子で……ハクトはグリ子さん、フェー、フォスの幻獣トリオをブラッシングしながらその会話から意識を逸らす。
事前に注意はしておいたし、これ以上言うこともなし……無理に関わるような話でもないと考えてブラッシングに集中し……三頭分を終わらせてから、今度はグリ子さんのことをグリグリと撫で回す。
羽毛の中に両手を突っ込んでグリグリと……するとグリ子さんは目を細めてそれを喜び……何を思ったかフェーとフォスもそれを真似して、グリ子さんの羽毛の中に飛び込んでいく。
羽毛の中に埋もれて、グリ子さんにたっぷり甘えて……そしてもぞもぞと羽毛の中を移動し、大きな毛玉に二つの毛玉がくっついたというような、面白い形が出来上がる。
まるでグリ子さんの頭の左右にお団子が出来たようでもあり……それを見て内心で笑ったハクトは、行動する気はないけども、もし自分ならどうするかと、そんなことを考え始める。
文明が崩壊するとしたら、それが迫って来ているとしたら……ハクトに出来るのはどんなことだろうか?
ユウカのように備える? 個人で? 数日で救助や復興が始まる災害と違って文明崩壊に対応出来る程の備えが個人で出来るとは思えない。
やはり崩壊を防ぐ方が建設的なように思えるが、それでもと思考を巡らせて……結果、ハクトの目線が目の前のグリ子さんへと注がれる。
グリ子さんの力、守護者としての特別な力……災害に備えるという点においては最上級とも言える、その力を駆使するべきではないだろうか?
そのためにはグリ子さんの羽毛に力を溜め込んでおくのが最適で、あの宝玉を作っておく方が良いように思えて……そのためにはグリ子さんをこれでもかと接待するのが重要になってくるのだろう。
美味しいご飯や娯楽、温泉やマッサージなどなどでグリ子さんを楽しませ、その魔力をたっぷりと溜め込ませ……いざという時のための切り札を増やしておく。
切り札があればある程、文明崩壊を防げるかもしれないし、出番が無かったとしても無駄になるようなものでもないので、悪くはなさそうだ。
やはりこれが一番かと納得したならハクトは、次に一体何があって文明が崩壊するのか? ということを考える。
映画などでよく語られるのは未知の病気や核戦争による崩壊だが、この可能性は非常に低い。
どちらも幻獣の力で防げてしまうもので……映画の中で語られるのは幻獣がいなかったら? というIF世界の話、現実的とは言えないだろう。
現実的に考えるのならやはり幻獣だろうか……あるいは幻獣世界からの侵攻、という可能性もあるかもしれない。
伝説に語られる幻獣の中には、人に近い姿をした者達もいる。
たとえば妖精や精霊、人魚や亜人など……そういった存在はある程度の社会を築いていることがあるらしい。
そういった存在が異世界からやってきたなら……侵略を目的とし、理不尽な破壊を繰り返したなら文明が崩壊することもあるのかもしれない。
……実際、原始や古代と呼ばれる時代には、そういった戦争もあるにはあったらしい。
いや、あったとする説があるだけで、証明はされていないのだが……十分にあり得る話ではあるだろう。
洗練された異世界から精霊のような文明がやってきて、まだまだ未熟な文明しか築けていなかった人類に慈悲の手を差し伸べた。
そうして人類は繁栄したが何かがあってその存在を怒らせてしまい、虐殺に近い戦争が始まってしまった。
……が、それは唐突に終わりを告げることになる。
一説では神の仲介があった、一説では未熟なこちら側に情をかけて手を引いた。
そもそもとして精霊達にとってその戦争は、生存競争という訳でもなく、特別得るものがあるというものでもなく……異世界という帰る場所を有していたそれらにとっては、遊びのようなものだったのかもしれない。
結果として精霊は元いた世界に帰り……それ以来こちらに干渉してきていないし、その存在自体確認されていないが……世界各地の遺跡に争いの形跡が残されていることや、似た内容の神話が散在していることから、事実であったのではないか? という説が一定の支持を得ていた。
そういった存在が再びやってくるという可能性も捨てきれない訳で……その時に世界を守ることは可能なのだろうか? とまで考える。
それが不可能であったのなら、今度はどうなるのか……また神に救いを求めるのか、慈悲に期待するのか。
……果たして仲介をしてくれた神とは何者であったのだろうか?
世界各地の伝承に伝わるその姿は全くのバラバラで統一性は全くなく……あれこれと考えてハクトは、思わずおかしな光景を想像してしまう。
精霊に攻められ滅亡を前にした人々の前に空から降り立ったのは神々しいまでに輝くグリ子さん。
小さな翼を精一杯に広げて、空からゆっくり降りてきて……そして苛烈なまでに人類を攻め立てる精霊達に休戦を促すための一声を上げる。
『クッキューン』
人類にとっての救済の一声、精霊達にとっての恐怖の一声。
そしてグリ子さんによる仲介が始まり……と、そんな意味のない妄想をしていたハクトは、なんとも言えない表情を向けてきているグリ子さんに気付く。
果たしてそれは本当に妄想かな?
とでも言いたげなグリ子さん、どうやら魔力的な繋がりでもってハクトの内心を読んだらしい。
流石にグリ子さんでもそこまでのことは出来ないだろうと、ハクトが失笑を返すとグリ子さんは、こんな声を上げる。
「クキュン」
私に無理でもお祖母様なら出来るかもしれない、と。
そこでハクトはあることを思い出す……グリ子さんの本名を。
グリフィーヌ・グリグリコ3世。
……3世ということは1世と2世が存在している訳で……1世が存命なら、グリ子さんよりも経験豊富で、長い時間の中でたっぷりと魔力を溜め込んでいる化け物のような存在ならば、あるいはそういったことも可能なのかもしれない。
「……ならいざ崩壊の危機が迫ったならお婆さんに頼もうか」
と、ハクトが脱力気味に返すとグリ子さんはなんとも良い笑顔で、
「クッキュン!」
と、元気な声を上げるのだった。
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