備え
「それでハクトさんは、どうするおつもりですかい?」
ため息の後、咳払いをしてからブキャナンがクチバシを開く。
「……どう、ですか?
四聖獣になる気はないですし、予言についても……そこまで信じられないと言うか、意識するつもりはないと言うか……。
はい、特に何をしようとは思いませんね」
ハクトがそう返すとブキャナンは、ソファに深く腰掛けてから話を続ける。
「全く何もしないというのも、それはそれで一つの選択肢だとは思いやすが、相応の備えくらいはした方が良いのでは?
あたくしの社でも、小僧天狗達が備えを進めていやすが……」
「……まぁ、災害の備えにもなると思えば無駄ではないのでしょうが、文明崩壊を乗り切るような備えとなるとシェルターでも作らないといけませんよね?
流石にそのレベルの備えは個人では無理でしょう?」
「ハクトさん達なら稼ごうと思えばそのくらいは稼げると思いやすがねぇ。
……それと、何も備えはこの世界でする必要はねぇのですよ?」
それはなんとも意味深な言葉だった。
この世界ではないのなら、一体どこで備えをするのか……その答えをすぐに掴んだハクトは、半目になって言葉を返す。
「この世界が駄目になったら異世界に……ですか?
あまり良い考えとは思えませんね……そもそも安全かつ確実に異世界に渡る方法は確立されていませんし―――」
と、ハクトがそう言った折、今度はブキャナンが仮面の奥で目を細めて……なんとも意味深な表情を作り出す。
「―――まさか確立しているんですか? 大僧正ならそれはまぁ可能なのでしょうけども……」
「いえ、確立も何も、送還をしたら良い訳でございやしょう?
あたくしかグリ子さんを送還し、それに便乗したら良い訳でして……不可能ではねぇでしょうねぇ。
それにわざわざ異世界に渡らずとも、物品だけを異世界に送るという手もある訳でして……崩壊後それを召喚したなら、安全な物資保管庫となる訳でございやす」
「……異世界のどこに保管するんですか、どこに。
あちらで安全確実に物資を保管できなければ、送れたとしても意味がないでしょう?」
「あたくしもグリ子さんも、そういった手管には優れておりやす。
それこそグリフォンの宝物庫にでも詰め込めば良い訳で……問題はねぇでしょう。
ちなみに、相応の魔力さえあれば一時的に異界を作り出し、そこにシェルターを建設する……なんてことも出来なくはねぇのですよ?」
「大僧正がそう考えるってことは、他の誰かも同じことを考えて……既に実行していそうですね。
しかしそんなにわか作りの異界、そちらの方が先に崩壊するんじゃないですか?
文明崩壊で済むというか、こちらの世界が崩壊する訳でないのなら、こちらで地下シェルターでも作った方がマシに思えますが……。
まぁ、そういうことが出来るのだとしても俺はしませんよ、せいぜい災害用の備えを増やすくらいですかね。
大僧正がどうしてもするというのなら、手伝いくらいはしますけどね」
むしろそれこそがブキャナンの目的だったのだろう……ハクトが手伝うとそう口にした瞬間、雰囲気を和らげ、嬉しそうに手をもみ始める。
「へっへっへ、そう言って頂けて感謝感激でございやすねぇ。
つきましてはグリ子さんの羽根を数枚頂けたらと思っておりやして……そのお力であたくしが作り出した異界を守ると言いやすか、維持していただけたらと思う次第でございやして……」
いつにも増して三下のように振る舞うブキャナンにハクトは半目を返し、それからグリ子さんへと視線をやる。
するとグリ子さんは何の躊躇もなく、最近乱れたばかりの羽毛を引き抜いて、ブキャナンへ手渡す。
それを受け取り礼の言葉を口にしたブキャナンが話を切り上げようとすると、今まで黙っていたユウカが声を上げる。
「あの、先輩、ブキャナンさん!
私はその異界ってのに色々預かってもらいたいと考えてるんですけど、良いですか?」
それはハクトにとってなんとも意外な発言だった。
楽観的なユウカがそんなことを言うなんて……と、驚いているとユウカが言葉を続ける。
「いやー、実はちょっと前にテレビでそういう特集見たんですよね、世界崩壊に備える人達―みたいな。
それでちょっと面白そうだなって思っちゃいまして……先輩の言う通り災害の備えにもなる訳ですし、お金も余裕あるからちょっとくらいなら良いかなーって思うんですよ。
だから食料とか水とか……ティッシュとか? 預かってもらいたいなって」
「あたくしは構いやせんよ……他にも衣服や石鹸や洗剤、塩などの調味料、設備なんかも備えても良いかもしれやせんねぇ。
たとえば発電機、浄水器、簡易トイレ、テント、寝袋などなど、考え始めたらキリがありやせん。
他にも―――」
「大僧正、風切君、何事も程々に。
特に風切君、お金に余裕が出たからといって無駄遣いをしているとあっという間に貯金を食いつぶすことになるよ。
貯金は貯金で一つの大事な備えだということを忘れないように」
話が盛り上がってきた所を狙って釘を刺すハクト。
ブキャナンはそれに不満そうだが、ユウカはそれもそうだと納得をしていて、顎に手を当て考え込むポーズを作り出してから、あれこれと悩み始める。
そうやってユウカが無口になってしまった所でブキャナンは立ち上がって、リビングの中央でずっと立っていたハクトに擦り寄り、ユウカに聞かれないように小声をかける。
「……ところでハクトさん、吉龍サンに関してはどうするおつもりで?」
「どうもこうもないですよ……せめて予言のことを事前に相談してくれていたら対応も違ったんですが、そこを伏せられては良い印象をいだけません。
お世話になった方ではあるんですけども……今回は流石に閉口ですね。
……まぁ、特にどうするつもりもなく放置しようかなと。
サクラ先生の場合、何をするにしてもこちらがアクションした時点で喜んでしまいそうなので……」
「なるほど……分かりやした。では吉龍サンにはそのように……。
ということはハクトさんとしては特に動かないってことでよろしいんでしょうか?」
「まぁ、そうなりますね。
備えと言うのなら普段からしていますし、特別何かをするつもりはないです。
……ああ、文明崩壊を起こすかもしれないトラブルが起きそうな時には可能な範囲での対応をしますよ。
その方がよほど建設的でしょうし」
と、ハクトが言い切るとブキャナンはこくこくと頷き「ではそのように」と、そう言ってから一礼し、それからユウカの下へと向かい、ユウカの備えについての相談をし始めるのだった。
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