回復
グリ子さんはそれからも羽根を配って歩いた。
お土産屋さんにも配り、買い物後に食べたソフトクリーム屋にも配り、タクシーの運転手にも配り。
そして持ち帰り用とんかつを受け取る際にもとんかつ屋に配り……配りに配って、同じ所から抜いてばかりだったためか、そのまんまるボディの一部だけが毛羽立ってしまう。
「……次からは1日2本か3本までにしないと駄目みたいだね」
帰りのタクシー社内、ハクトがブラシ片手にそう声をかけると、魅惑のボディが毛羽立ったことでアンニュイな気分となっているグリ子さんが、ハクトから視線を逸らしながら、
「キュゥン」
と、いつになく力ない声を上げる。
「……グリ子さんでもそんな風になっちゃうことあるんですね。
なんだか完璧幻獣っていうか、そういうミスとかしない幻獣さんなんだと思ってました」
ソファ型座席に座り、膝の上にフェーとフォスを抱きかかえるような形で乗せて、これでもかと撫で回しているユウカがそう声をかけてきて……グリ子さんがユウカからも目を逸らす中、ハクトがブラシでどうにか毛並みを整えながら言葉を返す。
「グリ子さんは凄い幻獣だとは思うけど、完璧な幻獣ではないかな。
そもそも完璧な幻獣なんて存在するのかって話でもあるのだけど……まぁ、アレかな、グリ子さんは母親みたいな感じなのかもね。
その家族にとっては一家を支えて守ってくれる存在だけども、外に出たら普通の大人の一人になって、ミスすることもある。
……まぁ、グリ子さんらしいミスだとは思うよ……そしてそれをカバーするのも俺の仕事ということで風切君、少し寄り道をするけども構わないかい?」
「はい? 寄り道ですか? まぁ、私は今日お買い物以外に予定なかったんで、なんでも付き合いますけど……このタクシーどこに向かってるんです?」
「せっかく山まで来た訳だし、日帰り温泉にでも立ち寄ろうかと思ってね。
そこは食事の持ち込みOKな場所だから、温泉に入ったらお持ち帰りとんかつを食べてゆっくりするとしよう。
もちろん、そこで食事を注文することも出来るけど……まぁ、それなりの食事になるからね、期待はしないように」
とのハクトの発言を受けてユウカは喜び、フェーとフォスもよく分からないけどもお出かけ続行は嬉しいと喜ぶ。
そしてアンニュイなグリ子さんも少し喜び……伏し目がちにハクトへと視線を送る。
「温泉に入れば毛並みも整うだろうし、湯に浸かってご飯を食べればグリ子さんの魔力も充実するだろうし……そうしたらすぐに回復するはずだよ。
グリ子さんの魔力はグリ子さんの精神状態にも大きく影響されるんだから、そんな風にへこんでいるといつまでも回復しないよ、だから素直に楽しむと良い」
それを受けてハクトがそう言葉を続けるとグリ子さんはコクリと頷き……荒れた毛並みからは視線を逸らした上で、テンションを戻し、この日帰り旅行を楽しもうと気分を切り替える。
するとユウカ達がそれを喜びテンションを上げて……どういう訳が合唱なんてものが始まったりもする。
ユウカが適当に歌い、幻獣達がそれに合わせて鳴いての大合唱。
そうやってユウカ達が1時間でも2時間でも楽しむぞと覚悟を決めていると、タクシーはあっさりと……10分程で目的地に到着し、ハクトが率先してタクシーを降りていく。
ユウカ達はもうついたの? と、少しガッカリしながらそれに続き……そして目の前のまさかの光景に少したじろぐ。
「え? 先輩? なんか豪華じゃありません?」
目の前に合ったのは日帰り温泉施設ではなく旅館であり……それも広い駐車場に、大きすぎる程に大きな建物を構えた見るからに高級旅館に分類されるものだった。
「幻獣と一緒に入れる日帰り温泉となると中々少なくてね、ここだと多少値は張るが、貸し切り用温泉があるから融通が効くんだよ。
さ、行こう……元々予定外のことだから、時間はあまりないよ。
それと風切君、女湯には君しか入れないから、入浴中は君に任せるよ」
と、振り返りながらハクト。
それを受けてユウカは両脇に抱えたフェーとフォスを見て、更に自分の隣をちょこちょこ歩くグリ子さんを見て……一瞬冷や汗を流すが、すぐに覚悟を決めた顔となり、
「押忍!」
と、返す。
そうして一行は旅館の中に入っていき……待っていたスタッフの案内で受付を済ませ、貸し切り湯へと足を向ける。
旅館は入口から総絨毯、入ってすぐには見事な水晶の芸術品があり、受付の向こうには上と下に続く階段があり……吹き抜けと言って良いのか、最上階である6Fまで突き抜けた構造のロビーが広がっている。
そしてお土産屋があり、町中で見かけるようなブランド、フランチャイズの出店があり、更には名前しか聞いたことのないような高級品を扱うショップまでがあり……ユウカは目を丸くしながら堂々と歩くハクトの後をついていく。
前を歩くハクトは一切動揺しておらず……そう言えばこの人、おぼっちゃんだったなと、そんなことを思い出しながらユウカは幻獣達と貸し切り湯の、女湯の方の入口へと入っていくのだった。
先に湯から上がったのはハクトだった。
湯から上がり、貸し切りの部屋へと足を向ける。
そこはいかにも旅館の和室でございますといった部屋となっていて……ハクトはまずお茶を淹れ始める。
茶葉も高級、茶請けの饅頭もお高い物。
日帰り湯でもしっかりしているのだなぁと少し感心しながらお茶を淹れ始め……ユウカ達が来るのを待つ。
……すると、チャッチャカと小さな足音、まずフェーとフォスが湯から上がり部屋へと駆け込んでくる。
湯をしっかりと浴び、ドライヤーの風を浴びながらのブラッシングをしてもらったのだろう、その毛はふわふわっとした仕上がりになっている。
それを追いかけるようにユウカとグリ子さんがやってきて……ユウカの毛もふわふわであったが、何よりグリ子さんの羽毛のふわふわ具合が凄まじかった。
いつもの体の数倍に膨れ上がったと勘違いする程にふわっふわで……どうやら満足いく入浴が出来たらしい。
「……お茶は淹れてあるから、まんじゅうでもとんかつでも好きなものを食べながら飲むと良い」
と、ハクトが声をかけるとユウカとグリ子さん達は、自分達に向けて何かコメントはないのかと不満そうにしながらも、まっすぐに何の躊躇もなくとんかつへと手を伸ばし、揚げ立てではないものの、熱が残るそのとんかつを食べることにするのだった。
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