とんかつ
タクシーが到着したお土産屋は、大きな国道沿いにある、広い駐車場を構えたかなりの規模のものだった。
土産物はもちろんのこと、地場産の野菜、果物、山菜やそれらを使った漬物などの加工品、何故だか家具や農機具まで置かれていて……何店かの飲食店もあるようだ。
今日の目的としては梅干しを買うことなのだけども、それはそれとしてお腹が空いたとユウカ達が視線を送ってきて……タクシーの運転手に待機をお願いしてからハクトは、まずは一人で飲食店に向かう。
飲食店ののれんをくぐったなら店員に幻獣は入れるかの確認をし、OKとの返事を受けてハクトは、ユウカ達の下に向かう。
「とりあえず、そこのとんかつ屋さんは幻獣も入店OKだそうだよ。
そこにするかい? それとも他に確認してみるかい?」
と、ハクトが尋ねるとユウカはとんかつという単語に負けたのだろう「そこで!」と一声上げてから、入口へとずんずん歩いていく。
それにグリ子さんとフェーとフォスが続き、最後にハクトが続く。
のれんをくぐり、幻獣用の席がある個室へと案内されて……個室に入るなりユウカ達の視線は、壁に貼ってあったポスターに釘付けになる。
それはこの店の看板商品を宣伝する写真つきのもので……驚く程に分厚いとんかつが丼の上に乗せられていた。
具はとんかつだけ、それにソースをかけてのソースカツ丼という形式らしい……そしてその厚さは4・5cmはあろうかというもので……それでいてしっかり中まで火が通っているようだ。
それを見つめたユウカ達の視線はまるで恋をしているかのようで、キラキラキラキラと煌めいていた。
そんなハクト達の席へと店員さんがお茶を運んできて……ハクトは全員分の分厚いとんかつを注文する。
「このとんかつ、中までしっかり火を通さなきゃいけないので出来上がるまで時間がかかるんですよ。
それでも構いませんか? この数と量だとたぶん……30分くらいかかると思います」
「あー……なら、そうですね、おかわり分ということで多めに用意してもらえますか? 皆多めに食べると思うので……余るようだったら持ち帰りますので、お願いします。
他に何か注文する必要はあるかい?」
とのハクトの声に、ユウカ達は文句なしと頷いて、店員さんも笑みを返しながら注文を受けてくれて注文完了、あとは出来上がりを待つだけとなる。
30分……あれだけの分厚さだ、仕方のないことなのだろうけど、いざ待つとなると中々の時間で……その時間を使ってハクト達はそれぞれ好きなことをし始める。
グリ子さんは、テレビのリモコンを見つけ、それをつついてのワイドショーチェック。
ユウカはフェーとフォスを抱きかかえて両者を撫で回しての暇つぶしを始めて……ハクトは目を閉じての瞑想を始める。
目を閉じ魔力を練り上げ、練り上げた魔力で特に意味もなく数字を描いてみたりする。
するとそれに気付いたグリ子さんが、ワイドショーをしっかり見やりながら、
「キュン、キュン、クッキュン」
と鳴き声を上げて数字の3でしょ? とハクトが練り上げた数字を当てて見せる。
ハクトが別の数字を練り上げればまたキュンキュンと声を上げ……そうやって時間を過ごしていると、人間用のドンブリでのカツ丼と、幻獣用の大きく横長の器に盛り付けたカツ丼と、味噌汁と漬物が入った小皿が配膳されて……そこからたまらない香ばしい匂いが漂ってくる。
「熱いので気を付けてくださいね、それと衣は固めですが、うちはそれが普通なのでご了承ください。
ご飯味噌汁のおかわりは自由ですー、お声がけください」
と、店員はそう言ってから個室から去っていき……ハクト達は早速、
「いただきます」
「いただきます!」
「クッキュン」
「わふー!」
「プッキュン」
と、声を上げてから食事を開始する。
店員が言っていた通り、衣はサクサクというよりザクザクで、かなり歯ごたえが良い。
それでいて香ばしさがあり、良いパン粉を使っているのか衣だけでも美味しく……それでいて豚肉は柔らかで甘みがある。
噛めば脂が滲み出てくるし、ソースに負けない味があるし……ソースが絡んだザクザク衣が良いアクセントにもなるので飽きずに食べ進めることが出来る。
そんな分厚いとんかつは幻獣にも好評なようで、ユウカとフェーとフォスが夢中でがつがつと食べる中、グリ子さんは顔を上げ、目を輝かせふるふると震えて……その美味しさに感動しているようだ。
かつてタコや寿司を食べた時にも見せたそんな反応を見るに、今日からとんかつもグリ子さんの大好物の仲間入りとなるのだろう。
そうやって感動を精一杯表現したなら、すぐ目の前のカツ丼に向かい合い、ザクザクザクザクと食べていって、ハクトが部屋の隅にあったポットでお茶を淹れるとそれもゴクゴクと飲んで、おかわり用とんかつが届いたならまたそれも勢いよく食べていく。
ザクザクザクザク。
その量は中々のもので、元々分厚かったこともあってか、まずフェーがダウン、次にフォス、まんまるにお腹を膨らませて転んと寝転がって……そしてハクト、ユウカの順に満腹となる。
それでもハクトとユウカは自分の分を完食しきっていて……そして最後に残ったグリ子さんは、フェーとフォスが残した分もザクザクザクと食べていく。
……そしてご飯粒一つ残さず平らげて、満足そうにプッキュンとため息を吐き出したグリ子さんは、ハクトに視線を向けて……このお店気に入った! また来たい! との意思を伝えてくる。
「気に入ったなら何よりだよ。
ただまた来るっていうのはそう簡単ではないかな……それなりに距離があるし、交通手段も限られているから、今日みたいにタクシーで来るしかないんだよね。
それか俺が免許を取って車を買うかだけど……うぅん、それもすぐにって訳にはいかないしねぇ」
「プッキュン!?」
ハクトの言葉がショックだったのか、そう声を上げたグリ子さんはクチバシを大きく開けて唖然とした顔となる。
「……たまに来るくらいはなんでもないけど、毎週とかは流石にね、厳しいかな。
金銭的にはなんとかなるけど、毎週それで1日が潰れるというのは中々負担だからねぇ」
更にハクトがそう言葉を続けて……もう一度ショックを受けたグリ子さんは、何かを言おうとクチバシをパクパクとさせるが……言葉が出てこなかったのか黙り込む。
「支店とかが近所に来てくれると良いんですけどねー」
そこにユウカが口を挟んできて……それを受けてグリ子さんは、そうなるのを期待するしかないのかと、諦めと納得の表情を浮かべてから……ならばせめてこれをお願いとメニューに書いてあった一文をクチバシでつつく。
それは「持ち帰りセット」ありますとの文言で……それを受けてハクトは仕方ないなと苦笑してから、店員さんを呼んで持ち帰りセットの注文をするのだった。
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