ラッシュ
ユウカの拳が胴体に深く突き刺さり、ワラスボ宇宙人の体が折れ、初めて明確なダメージが入ったということが分かる。
口を大きく開き、声なのか体が軋む音なのか、よく分からない何かを吐き出し……同時に吐き出された体液はハクトがすぐさま糸でもって受け止め、ハクトがそうしてくれると分かっていたとばかりにユウカは、体が折れたことにより下がった頭へと向けて、構うことなく拳を打ち上げる。
そこからはユウカの独壇場だった。
連続して拳を叩き込み、急所という急所を貫き、反撃どころか身悶えする隙も与えず連撃を放ち……どんどんダメージを与えている、ように見える。
その攻撃に問題があるとするならば、果たしてワラスボ宇宙人の急所はどこなのか? 人間と同じ箇所なのか? という部分だったが、ユウカはそんなことお構いなしに拳を叩き込み続ける。
その間、戸田はいつでも加勢出来るよう構え続け、ハクトは飛び散る謎の体液を受け止めると同時に、溶かされてしまった糸をひとまとめにして切断し、また戦えるように再構築を始め……そしてブキャナンやグリ子さん達は何やら幻獣だけで集まっての話し合いを始める。
クッキュンプッキュン、コソコソゴニョゴニョ。
それはなんとも気になってしまう会話で、思わず注意を持ってかれてしまうものだったが、それでもハクト達はなんとか耐えて目の前の敵に意識を集中させて戦いを続ける。
これで倒せるのならわざわざハクト達が呼ばれることもなかったはず、まだ何かあるはずと、ハクト達は警戒を緩めずに意識をワラスボ宇宙人へと向け続け……そして息が切れ始めたユウカがラッシュの締めに入る。
力を緩め、素早い連撃に切り替え、その間に魔力を練り上げ……そして連撃でもってワラスボ宇宙人の体の位置や姿勢を殴りやすい所へと移動させて調整し……最後は全力を込めての正拳突き、それを受けたワラスボ宇宙人はまっすぐ上へと吹き飛ぶ。
「え?! なんで?!」
直後上がるユウカの悲鳴のような声、それもそのはずでまっすぐ拳を放ったのに何故かワラスボ宇宙人は真上に吹っ飛んでしまっている。
「吹っ飛んだんじゃない! 逃げようとしているんだ!!」
続いたのはハクトの声、それを受けて一同は大慌てで天井を見上げて、天井を掘ってその上へと逃げようと……この場から脱出しようとしているワラスボ宇宙人を視界に入れることになる。
その動きは機敏、先程とは全く違って明らかな意思を感じるものとなっていて……どうやらワラスボ宇宙人の本領が発揮されつつあるようだ。
「え、でもでも、結界があるはずじゃ!?」
そう返したのはユウカ、確かにここは結界で覆われて封印がされていた場所、今も結界で覆われているはず……なのだが、果たして天井を突破されることも考慮されての結界かはなんとも言えない。
なんとも間抜けな話だが出入り口だけを封鎖しているという可能性もある訳で、その辺りのことを確認している暇がない今、無いものと思って行動する必要があるだろう。
そういう訳でハクトが攻撃を仕掛け、ユウカも空中を蹴って飛び上がり、戸田は通信機でもってその辺りのことの確認を始め……そして幻獣達は、そう来ると読んでいたのか、行動を起こす。
それは今まで見せたものの合せ技だった。
グリ子さんはある程度の大きさまで巨大化して丸まり、フェーとフォスも丸まり、そして弾け飛んでのピンボール。
更にはブキャナンが自らの羽をグリ子さん達にまとわりつかせてのコーティングをし、今度は対象を重くするのではなく、その魔力での保護をして体液から守り……ついでに多少の硬度を与えての強烈なピンボール攻撃だ。
3つの毛玉幻獣によるそれはパーティ会場中を駆け巡るが、ハクトやユウカ、戸田には決して当たることなく、ただただワラスボ宇宙人だけを攻撃し続け……それでもワラスボ宇宙人は天井を掘り進めることを止めようとはしない。
攻撃されても尚、意識を覚醒させても尚そうしているのを見るに、やはり天井の結界はないか、疎かになっていそうで……ハクト達は外に出してたまるものかと攻撃を重ねていく。
と、その時、通信機を握っていた戸田が大きな声を張り上げる。
「は!? 人員が足りない!? 何故!?
誰かが手を回した可能性!? 意図的だとでも言うのか!!」
とてもシンプルな内容のそれを受けて、ハクト達は天井の結界が何故薄いのかを察する。
わざと薄くしている、あるいはわざと結界を張っていない。
何故そんなことをしたのか? ワラスボ宇宙人を外に出したいのか? それとも……。
「俺達に恥をかかせたいのか!?」
と、ハクトが吠えた通りなのか。
誰がそうしたのかは分からない、サクラ先生なのか役所なのか、あるいは警察組織なのか。
誰がやったかは分からないが、ハクトやユウカに嫉妬したとか、若くして成功している二人の足を引っ張ってやろうとか、ハクトの実家のあれこれとか、あるいは一度痛い目を見せてやろうという目的なのか。
他にも戸田への妨害工作や、組織的なあれこれ、いくらでもそれらしい理由を想像することが出来たが、ハクト達を狙ってのことというのが、一番しっくり来るように思えた。
そんな事態を受けてパーティ会場に怒気が満ちる。
誰が放ったものなのか、そんなことのためにこんな騒ぎを起こしやがってとの怒りが溢れて……その怒気をまるで吸い上げるようにグリ子さんの羽毛が赤く光る。
いや、実際に吸い上げているのだろう、パーティ会場の空気が明らかに軽くなり、特に怒っていたらしいユウカと戸田はいきなり感情が消え失せたことに驚き、きょとんとしている。
そしてこんな時に冷静さを欠いてはいけないと咎めているのか、皆の怒気を吸い上げたグリ子さんは、それをエネルギーとし、自らの羽毛全てを刃物のように尖らせて……その状態でのピンボール体当たりをワラスボ宇宙人に放つ。
勢い鋭く、攻撃力も十分、魔力に加えて不思議な力まで乗ったその攻撃は、ワラスボ宇宙人の体に明らかな致命傷を与えて、体を真っ二つにする……が、それで決着とはならなかった。
真っ二つになった体それぞれが独立し、その裂け目から攻撃的な何かを出現させ、攻撃をしてきたのだ。
口……のように見えるものが先端にあって、長く伸びうねうねと蠢いて……タコ足のように見えるそれは、数え切れない程の数があり、ハクト達を執拗に攻撃してくる。
ハクトは糸を布にし、それを盾のように使い攻撃を防いだ。
ユウカはその身体能力でもってあっさりと全てを回避し、回避しながらの攻撃を繰り出し、それらをもぎ取っていく。
グリ子さんは羽毛を尖らせたまま、それらで攻撃し……同時に、その隙間にフェーとフォスを迎い入れ、我が子? のような存在をしっかりと守った。
ブキャナンは誰よりも余裕を見せながら軽々、それらを迎撃していて……迎撃の度に羽で切断し、切断ついでに燃やし、体液が飛び散らないようにしている。
そんな状況の中、戸田は苦戦を強いられた。
特別な力がある訳ではなく、普通の人間でもあり、そんな状況に対応出来る策もなく、致命的とも言えた。
ハクトやブキャナンが糸や羽でフォローしているため、すぐにやられたりはしなかったが、それでもじわじわと消耗し、追い詰められていき……そしてついに攻撃を食らってしまうとなった時、グリ子さんが体当たりをするような形で戸田を救い出す。
相変わらず羽毛は尖ったままだが不思議と戸田を傷つけることはなく、しっかりと守ってくれて、グリ子さんに抱きつくような形となってしまった戸田は、その状態のままピンボールに付き合うこととなり、そしてグリ子さんが放ったトドメの体当たりの衝撃を、最前線席でこれでもかと味わう羽目になるのだった。
お読みいただきありがとうございました。