反対派
「で、で、で、ここで何するんですか? 先輩」
日曜日、ハクトが急に出かけると言い出し、素直について行くことにしたユウカは、その建物に入ってすぐのエレベーター内部で、そんな声を上げる。
大きく広く、幻獣が乗ることも想定されているらしいそのエレベーターには、ハクトとユウカ、グリ子さんとフォスとフェーの姿しかなく、誰も聞いていないなら良いかとハクトが口を開く。
「少し嫌がらせをしようかと思ってね……。
俺達はサクラ先生の生徒ではあるが奴隷ではないんだ、なんでも言いなりになって、厄介事を一方的に押し付けられるなんてことはあってはならない。
だが断るには憚りのある依頼だから、せめて嫌がらせをしてやろうと思ってね……今回の件の助っ人として、サクラ先生が嫌っている人物を巻き込もうと考えているんだ」
「はぁ……そういうものなんですか?
しかしそれで警視庁って、一体どんな人なんですか? 刑事さんとか?」
「いや、刑事さんではないよ。
ここは警視庁の内部組織ではあるものの、幻獣対策に主眼を置いた、どちらかというと対テロ組織に近い所でね……そこの室長が中々話の分かる人物で―――」
と、ハクトがそう言った折、エレベーターが目的の階層に到着しドアが開き、そして両手を大きく広げたスーツ姿の男性がハクトのことを待ち構えていて、ハクトがエレベーターから降りるなり、その両手でもってハクトのことをがっしりと抱きしめてくる。
「やぁー! ハクト君! 久しぶりじゃないか!
この私を、このワ・タ・シを! あの矢縫が頼ってくれるなんて、なんとも痛快じゃぁないか!!」
その声はよく通る低いもので、そして少しだけ訛っていて……灰髪と彫りの深い顔を見てユウカは、その男性が外国人であると気付く。
40代、灰色の髪をオールバックに固めて、鼻の下には左右に広がるように固めたヒゲ。
身長は高く細身で……しかしスーツの上からでも分かるくらいに鍛えてもいるようだ。
「戸田さん、お久しぶりです。
実はサクラ先生からの依頼の件でお話がありまして……出来れば援軍として、この若輩を助けていただければと思うのですが」
(戸田!? この顔で戸田さんなのこの人!?)
ハクトの言葉に驚き、内心でそんな声を上げたユウカは、動揺を隠そうと足元でチョロチョロしていたフェーを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。
「ああ、例の話かい? 聞いているよ。
まったく……とんでもない組織もあったものだね、さっさと私達に制圧させてくれたらそんなことにはならなかっただろうに、この国はその辺りの決断が遅いのが良くないね。
しかもこんなに若い後輩に後始末を押し付けるだなんて……いや、ハクト君の実力は私も認めているがね? しかしてまだまだ社会人に成り立てでもあることだし、そんな事件を任せるより先に、相応の経験と社交を積ませるのが先だろうにねぇ。
おっと、そんなことを言っておきながら私も社交を疎かにするところだった、可愛らしいレディ、初めまして。
私はハリー・トゥーダー……幻獣犯罪対策室の室長だよ」
と、そう言って戸田は慣れた仕草で深々と頭を下げて見せ、ユウカが名乗り挨拶を返すと顔を上げ、にっこりとした笑みを浮かべる。
「彼は戸田家に婿入りしていてね、戸籍上は戸田ハリーという氏名となっている。
奥様とは名字が似ていることから意気投合したそうで、生まれは妖精住まう紳士の国だね。
……そして戸田さんは、サクラ先生とは親戚になるそうで、顔を合わせる機会が多いそうなんだ。
機会が多く、考え方に違いがあり、度々ぶつかり……サクラ先生は戸田さんを苦手としている、と」
そうハクトが説明すると戸田は、
「私は彼女のこと好きだけどね? あれだけの有能でありながら国家に無私の奉仕が出来る人物というのは稀有であり尊敬に値するというものだ。
多くの有能な子供達を育て上げているのもまた素晴らしい……だというのに権力欲を求めず、四聖獣の席を固辞しているのですから全く頭が下がるよ」
と、そんなことを口にし、その目をキラキラと輝かせる。
どうやら嘘は言っていないらしい、本気でサクラ先生のことを尊敬しているらしい。
……しかし、ならどうしてサクラ先生は彼のことを苦手としているのだろうか?
なんてことをユウカが考えているとハクトが更に説明を続けてくる。
「戸田さんは幻獣召喚反対派でね、推進派のサクラ先生とは色々な部分で衝突しがちなんだよ」
「え? 反対派なんですか? なら、その、私達と一緒に仕事するとか大丈夫なんですか?」
挨拶以後ずっと黙っていたユウカがそう声を上げ、それを受け戸田は「ははは」と笑い、説明を続けようとするハクトを手を上げて制し、自ら説明を始める。
「私は幻獣召喚に反対してはいるがね、何もいますぐ止めろとか全ての幻獣を送還しろとか、そんな無理を言うつもりは一切ないよ。
今の社会インフラに幻獣が欠かせないことは重々承知しているし、治安維持や国家防衛に欠かせないことも理解をしている。
今日明日に召喚を止めろというのではない、100年後か200年後か、いつかで良いから止められたら良いのではないか? 人間だけの力で生きていく方が世界のためには良いのではないか? という論の熱烈な支持者なのだよ。
幻獣それ自体も否定するつもりは一切ない、そも古代に強制送還などをしたのが大きな間違いで、こちらで暮らしたいと望む幻獣はそうしてやれば良いし、根付いてしまった幻獣はそういうものだと受け入れるべきだとも考えている。
ただ私は思うのだ、科学が発展し続け、その恩恵で人口が増え続けるこの地球に、いつまでも幻獣を呼び続けて、頼り続けて良いものなのか? とね」
そう言って戸田は一度咳払いをし、それから居住まいを正し両手を腰に当て、胸を張りながら力を込めた声を上げる。
「昔と違って今は科学という力があり、人間はその力で災害や病を乗り越えられる、幻獣に頼らずとも生きていけるようになった。
だというのに人口が増えインフラが整備される度に幻獣を召喚し続けていて、幻獣の力でまた人口が増加し続けて……と、古い悪習を惰性で繰り返してしまっている。
……これはまったくの悪行、悪循環と言っても良いだろう。
今はまだ良いが、このまま行けばいずれは人間が本来持つ分を超えた人口となってしまい、その生活のためにインフラが肥大化し、それを維持するために多くの幻獣が召喚されることになり、地球が限界を越えた人間と幻獣とで溢れかえってしまい……そうなっては悲劇的で絶望的だ。
人口の拡大とインフラの維持は人間の手にのみよって成されるべきなのだ、人間の力で増えた人口であればそれは全て人間の、こちらの世界の責任であるが、幻獣によって……よその世界に寄って増えた人口は果たして誰の責任となるのか?
行き場を失った人間と幻獣がどこに向かうのか……向かおうとするのか?
その果てに異世界への侵攻などを始めてしまったなら目も当てられない、責任はあちらにもあるのだから、あちらに責任を取ってもらうと、そんな屁理屈での世界間戦争など私は全力で否定させていただく。
その点を彼女にも理解し協力してもらおうとしているのだが、これが中々難しくてね……会う度議論をふっかけていたら、見事に嫌われてしまったようなのだ」
と、そう言って戸田が大きく笑うと、ユウカは戸田の論に感心したような、そんな顔となって「はへー」と声を上げる。
そんなユウカの態度を気に入ってか戸田はなんとも良い笑みを浮かべ、それからハクト達をエレベーターホールの奥にある、自らの仕事場へと案内してくれるのだった。
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