新たな仕事
「それで? 大僧正は何をしに?」
居住まいを正し状況を立て直し、茶を淹れてから椅子に腰掛けたハクトがそう問いかけると、来客用ソファに深く腰掛けたブキャナンは、コホンと咳払いをしてから声を上げる。
「色々とご連絡をと思いやして……。
まず件の組織は綺麗に壊滅、一部政治家にも仲間がいたようでしたが、それも完全に把握し対処し、問題は解決したとのことでございやす。
これから公表出来る部分は報道などで公表されていき……出来ない部分に関しては彼女に任されるとのことで、これ以上アタクシ達が出来ることはねぇでしょうねぇ」
「なるほど……了解しました。
そういうことであればこちらからは何もありませんよ」
ハクトがそう返し、ブキャナンが頷き……そしてユウカが首を傾げる。
彼女に任せるとブキャナンは言っていたが、彼女って? と、そんな疑問を抱いてのことだったが、話の邪魔をするわけにもいかないので何も言わずに、静かに見守る。
「それと全く別の話題がございやして……件の組織が所有していた全ての施設に対し、強制捜査が入ったんでやすが、そのうちの一つでちょっとしたトラブルがございやして……。
そこの関係者全員が彼女……疫病神の社送りになったという規模の話なんでございやすが、覚悟はございやすか?」
「ありません、聞きたくありません、おかえりください」
即答だった。
ハクトが間を置かずにそんな声を上げ、ブキャナンのことを鋭く睨む。
だけどもブキャナンは頭を左右に振ってそれが出来れば苦労はないと、そう表情で語ってから言葉を続ける。
「そこの施設は遺伝子研究……のようなことをやらかしていたようでして、それでまぁ、幻獣の遺伝子を違法に採取し、培養とかそういったことをやっていたようなんでやすが……まぁ、結果はほとんどが失敗。
そもそも幻獣の中には遺伝子を持たない、遺伝子以外の何かでその体を構成されている方もいらっしゃるんでそれも当然でなんでやすが……逆にと申しますか、遺伝子という仕組みを利用して、こちらの科学と培養槽を利用して己を増やそうとした幻獣がいたようでして……その施設は見事にと言いますか、下手にと言いますか、ある種の幻獣の培養に成功してしまっていたんでございやす。
……で、それを発見した……してしまった方々は即座に封印処理を実行、こちらはどうにか形となり、現在それを継続中といった状況でございやす」
「……封印に成功したのであれば、何故それをわざわざ俺達に知らせたんです?
封印した時点で話は終わっているでしょう?」
と、ハクトが返すとブキャナンは、用意された茶をがぶりと飲んでから言葉を返す。
「いえ、ですから封印中なのでやすよ。
今も封印をし続けていて、それでどうにかしているんですがね、まぁそれもいつまで維持出来るかといった所で、現在対策会議が行われています。
……で、その会議の中には四聖獣と元四聖獣も参加していたんですが、サクラ先生がハクトさん達に任せてみてはとの発言を―――」
ブキャナンがそう言った瞬間、ハクトが拳を握り、行き場のない怒りを表現しようとするが、表現しきれず拳を収める。
「……発言をされまして、反対意見もあったものの、本格的な対策が始まるまでの間なら任せても良いのではないかとの結論になりやした。
……何故アタクシがこれを知らせに来たのかと言えば、まぁハクトさんがそうやってお怒りになるのを予測してのことなんでしょうねぇ。
あのお方はハクトさん達を四聖獣にしたがっておられるようなので、そのための実績作りの一環と思われます。
お嫌であれば断っても問題ねぇと思いやすよ」
「……そもそもグリ子さんは守護の幻獣です。
それに連なるフェーもフォスも同様に守護の属性を備えていることでしょう。
そんな幻獣になんでまたそんな仕事を任せようと思ったんですかね?
……それと、その封印中の何かとやらは一体何なんですか? 公的機関が封印に成功仕切らず、四聖獣が集まっての会議を行うなんて、もうその時点でただ事ではなさそうですが……」
怒りを飲み込みどうにか冷静さを保つハクトがそう言うと、ブキャナンは一言だけを返す。
「大怪獣です」
……今度こそハクトは拳を机に叩きつけようとするが、それでもぐっと堪える。
幻獣達の前で、後輩の前でそんな情けない姿は見せられないとぐっと堪える。
「ああ、大きさについてはそこまでではありやせんのでご心配なく。
大体人と同じくらいの大きさだそうで……ただその目で現場を確認した朱雀さんによれば人の大きさに魔力が凝縮されてしまって逆に厄介とかなんとか。
封印が上手くいっていないのも、その凝縮された魔力のせいのようで……中々厄介な存在となっているようですねぇ。
サクラ先生も現場を確認したそうですが、自分達が出る必要はないと考えているようで、あのお方がハクトさん達に任せると言ったのであれば、まぁその通りハクトさん達であれば対処出来る程度のことだとお考えなのでしょう」
更に続くブキャナンの言葉にハクトは大きなため息を吐き出し……天井を見上げどうしたものかと頭を悩ませる。
すると……、
「クッキュン! キュン!」
グリ子さんがクチバシを突き出しての素振り? を始める。
「プッキュン!!」
フォスがそれに続く。
「大怪獣とは一度やり合ってみたかったんですよね!!」
ユウカは拳を何度も突き出し、風圧でリビングの家具を揺らし始める。
「わふ~~~!」
フェーは状況を理解しないまま、楽しげにそこらを駆け回る。
やる気満々、既に話を受けた気分となっている一同のそんな様子を見てハクトは大きなため息を吐き出し……それからブキャナンへと言葉を返す。
「分かりました。
とりあえずお受けします……が、そんな厄介な事案を受けるからには相応の条件も要求させていただきます。
まずは監督官の派遣、当然ですが新社会人だけにそんな仕事を押し付けないでください。
四聖獣かそれ並の人材の派遣を要求します、あとで面倒が発生したら全てその人の責任ということにしてください。
次に援軍の派遣、同じく幻獣の派遣を要求します、大僧正でも構いませんよ……というか、こんな話を持ってきたんですから、大僧正も来やがってください。
次に今年の免税、国や四聖獣が一般市民にこんな仕事押し付けておいてその大半を税金として持っていかれるのは業腹ですので、全面的な免税を要求します。
当然相応の報酬もお願いします、予算が足りないのなら四聖獣の予算削れば良いでしょ、仕事サボりやがって」
そんなハクトの言葉を受けてブキャナンは一瞬言葉に詰まる。
いやいや、無茶を言いなさんなと、そう言ってやりたかったが、ハクトには珍しく言葉が乱暴になっていて、その激怒っぷりが伝わってくる。
縁を切ったとは言え、彼はあの矢縫の後継者……裏社会を支配してきた家の血を引く者。
ここでハクトを怒らせるべきではないと悟ったブキャナンはただ頷き……静かに立ち上がる。
そうして窓から外へと飛び立ったブキャナンを見送ったハクトは、やれやれと大きなため息を吐き出し……それから大怪獣対策をどうするかと、そんなことで頭を悩ませるのだった。
お読みいただきありがとうございました。