鍛錬
「先輩~、両親にしっかり話しておきましたよー!
しばらくは研究室にこもるそうですし、こっちにアクションしてくることは無いと思います!」
翌日、祝日ということもあってハクト達が庭に出ての鍛錬をしていると、ユウカがそんなことを言いながら庭に駆け込んできて、そしてギョッとした表情でハクト達を見つめる。
「うわっ、何してるんですか!? え!? 喧嘩ですか!?」
狩衣姿で糸を繰り出しているハクトと、翼を大きく広げて威嚇? のポーズを取っているグリ子さん。
そんな状況を見てユウカはハクト達が喧嘩していると思い込んだようだが、ハクトとグリ子さんも呆れ気味の表情でもって喧嘩じゃないとユウカに返してから、鍛錬を続ける。
ハクトは糸を操りグリ子さんへと放ち捕縛しようとする。
グリ子さんは糸を器用に避けるか弾くかしながら威嚇のポーズを取りハクトへと肉薄しようとする。
ハクトの糸は数が制限してあり、たったの二本しか繰り出されていないが、それでも的確にグリ子さんのことを追いかけていて……グリ子さんはその柔軟性で縦横無尽に跳ね回って、見事な回避と接近を繰り返していく。
「え、え、すご!?
2人でこんな鍛錬することあるんですね!? っていうかグリ子さん、どこを跳ねてるんです!?
なんか空中で方向転換したり、空中で跳ねたりしてるの何なんです!?」
それを見てかユウカがそんな声を上げ、ユウカの足元のフェーから声が上がる。
「わっふ、わっふー、わふー」
それはよく見て魔力の壁があるよと言っているようで……それを受けて目を細めたユウカは、グリ子さんが自ら作り出した魔力の壁に自らの体を押し付けることで弾力を生み出していることに気付く。
その跳ねっぷりはまるでスーパーボールのようで……自らの意思で壁を作り出すスーパーボールが、そこら中を跳ね回りながらハクトに近付いていく―――が、ハクトもそれをよく分かっているので、糸を上手く動かすことでそれを牽制していく。
迂闊に近付けば糸に捕縛されて負けてしまう、かといって近付こうとしなければ糸は自由に動き回ってグリ子さんを追い詰めてくるに違いない。
二本に制限しているとは言え、使い手はハクトで達人で……グリ子さんの性格や動きを把握していることもあって攻めあぐねることになる。
「なーるほどー……そういう鍛錬なんですねぇ。
うわぁ、凄いなぁ……うぅん、私も似たようなことは出来るけど、あんな風に動き回れるかどうか……。
しかもグリ子さんは体の弾力で跳ねてる訳だから、私より自由には動けないはずで……それでも先輩と戦えちゃうんですねぇ。
……二本相手なら私でもいけるのかな?」
「わっふ~?」
無理じゃない? と、そんな内容らしいフェーの一声にがっくりとユウカが肩を落とす中、グリ子さんが今までよりも強く体を魔力の壁にぶつけて潰し……そしてその反発でもって凄まじい加速を見せる。
一瞬。としか言えない速度となり、一気にハクトに迫り、ハクトは一瞬焦ったような顔を見せる……が、そのくらいのことはやってくると予測していたのだろう、糸を操っていた腕を振り、糸に波を起こさせることでグリ子さんの体に当て、そして魔力を送り込むことで糸をグリ子さんの体に張り付かせ、巻き付かせ、グリ子さんを捕縛していく。
一度張り付いた糸はグリ子さんの羽毛から離れることはなく、グリ子さんが動けば動く程、絡みつき……そこにもう一本の糸が襲いかかって完全にグリ子さんを捕縛し動きを止める。
「クッキュ~~~~~ン!!」
それは悲鳴だった。
悔しい悔しいと足をジタバタとさせ、糸に巻かれてボンレスハムのようになった体をよじらせ……そしてハクトに勝ちを譲ってよ、と瞳を潤ませながらの視線を送る。
「駄目だよ。
賭けは俺の勝ち……今日の昼ご飯は、俺が選んだオードブル配達にするからね」
が、ハクトは譲らずそんな言葉を返す。
「クッキュ~~~~~ン……」
「プッキュ~~ン……」
するとグリ子さんと、リビングの窓際に座って見学をしていたフォスからそんな声が上がる。
「駄目駄目、最近グリ子さん達の野菜嫌いが目に余るからね……しばらくは野菜中心の食生活だよ。
俺のサラダや漬物が嫌だというから、野菜多めのオードブル配達で妥協したんだ、受け入れてもらうよ。
それに野菜だけじゃない、それなりの肉やタコ料理の入っているオードブルにしたんだから、わがまま言わないの」
ハクトがそう返すとグリ子さん達は仕方ないかと受け入れて……そして糸から解放されたグリ子さんはトボトボとリビングに向かって歩いていく。
「……なんか凄いことやってるかと思ったらランチのメニュー争いですか?」
それを見送りながらユウカが声を上げ……ハクトはまずリビングに入ることを促し、2人で移動をし……狩衣からの着替えを終えたハクトが、ユウカの問いに答える。
「主目的は鍛錬だよ。
グリ子さんと直接やり合うのは、新しい戦い方や連携を模索するのに一番良い方法だからね。
グリ子さんも日々新しい戦い方を編み出しているし、風切君もフェー君とやってみると良い。
……まぁ、風切君が本気を出す訳にもいかないだろうから、かなりの手加減をする必要はあるだろうけどもそれでも学ぶことがあるはずだ」
「一応組み手みたいなことはしていますけどー……何かを賭けてある程度本気でってのはまだですねぇ。
……うん、フェーちゃんのためにやってみます!
賭けるのは……何が良いですかね? ブラッシングの回数を増やす減らす?」
「わふ!? わふーーー!!!」
やめて!? 減らされたら困る!?
そんな声が聞こえてくるかのようなフェーの悲鳴を受けて、ハクトは苦笑しながらのフォローを入れる。
「ブラッシングを怠ると病気になる可能性があるから、もっと他にした方が良いんじゃないかな?
食事の量の増減や、触れ合う回数の増減……眠る時に添い寝をしているならそれの禁止とか……パッと思いつくのはこれくらいだが、支障がないものにすると良い」
それはハクトにとってはフォローだったのだが、フェーにとってはただの暴言悪言、自分をイジメようとしているようにも見える暴挙だった。
そうしてフェーはハクトを強く睨み唸るが、ハクトもユウカもどんな風にしたら良いのか、どんな鍛錬をすべきなのかと、そんな盛り上がりを見せ始め、フェーの小さな抗議はあっさりと流されてしまうのだった。
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