珍事
「そう言えば結局、フォスちゃんが作り出した石って何だったんです?」
リビングにグリ子さんに抱きついたまま戻ってきて、屋根の上でふっくらと膨らんだ羽根の柔らかさと温かさを堪能しながらユウカがそう問いかけると、台所から戻ってきたハクトは、茶を淹れながら言葉を返す。
「……さぁ?
魔力が関係していることは確かだけど、それ以上はよく分かっていないな。
専門機関で調べればなんらかの答えが出るのかもしれないが……あの石のことが知れ渡るのも良くないだろう。
フォスに任せると決めた以上、引き離すのもどうかと思うし……金庫の中に入れておくだけなんだ、このままで良いと思っているよ。
なんらかの問題や害があるならグリ子さんが反応するだろうしね……それがないということは安全な代物なのだろう」
「あー……まぁ、そうですよねぇ
うちの両親に調査を頼むって手もあるけど、研究所の人にはバレちゃうだろうしなぁ。
そうなると……なんか不思議な経緯で生まれたおかしな石は、このまま金庫で眠り続けることになるんですねぇ」
「……そうなる、はずなんだが、なんだろうな……何かが起きてしまう気もしているんだよねぇ」
「……ううん、でもあれですよ、グリ子さんが関わってるなら悪いことじゃないはずですよ。
きっとこう……なんかこう、凄く良いことのはずです!」
なんともふわっとしたユウカの意見にハクトは「そうかもねぇ」と曖昧な返事をしてから、グリ子さん用、フォス用、そしてフェーとユウカ用に淹れたお茶をそれぞれの前に置いていく。
フェーは未だに寝ているが、それでも仲間はずれはよくないだろうと用意だけはして……そしてグリ子さん達が専用の器に入ったお茶を飲み始めると、それを聞きつけてかフェーが目覚め、グリ子さん達と並んでお茶を飲み始める。
そうやってまったりとした時間を皆で過ごし……程々に休憩出来た所でハクトが出前用のチラシの束を取り出す。
ちょうど昼時、特に働いてきたハクトとグリ子さんはお腹が減っている。
「お客さんもいるから出前でも取ろうか」
と、そう言ったハクトはどのチラシにするか、チラシの束をめくっていき……ちょうど寿司屋のチラシとなった所でシュバッとハクトの足元に飛び込んだグリ子さんが、寿司屋のチラシをクチバシでちょんとつつく。
「ははは、分かったよ、寿司屋に5人前頼んで……グリ子さんのはタコ多めにしてもらおう。
生ダコと茹でダコかな」
それにハクトがそう返すとグリ子さんは、
「クッキュン!」
と、嬉しそうな声を上げる。
それからハクトは寿司屋に電話での注文をし……到着を待つ間におかわりのお茶を淹れ、食前用のサラダを用意し……テレビを見ながらそれらを楽しみ、到着を待つ。
そして寿司が到着したなら、それぞれ食事の場を用意して、目の前に寿司桶を……特上寿司入りのそれを置いて、
『いただきます』
「クッキュン」
「プッキュン」
「わふー!」
との、声を上げてから箸やクチバシ、口を伸ばす。
グリ子さんのだけはタコ多めで、それ以外は普通に美味しそうな寿司で……皆笑顔で、存分なまでに寿司を楽しんでいく。
そうして全員が綺麗に寿司を食べ上げて……体の小さなフォスやフェーは、体全体をぷっくりさせながらリビングの床に転げ……それを見ながらハクトは苦笑し、ユウカは笑い、それから寿司桶を集めて洗ってと片付けを始める。
片付けが終わったならまたお茶を淹れて、食後のまったりとした時間を過ごして……と、なんでもない時間を皆が堪能していたその時、金庫の中からカコンッと音が聞こえる。
「……気のせい、か?」
「いや、絶対今の気のせいじゃないですよ」
ハクトの言葉にすぐさまユウカが返す。
ユウカが言うのならその通りなのだろうと頷いたハクトは、一体何が起きているのかと少しだけ怯みながら金庫を見やる。
あらゆる防犯装置付きの、お高い金庫。
鍵と暗証番号なしでは開くことは出来ず、中に干渉などもっての他、魔法的、幻獣的手段でもそれらが不可能なようにあらゆる細工がされていて……立ち上がったハクトがリビングの壁に貼り付けられた端末を操作して確認するが、それらを感知する防犯装置は反応を示していない。
「……外部からの干渉ではない、ということは中の魔石に何かが起きた、か?
……一応中の確認をしておくべきかな」
と、そう言ってからハクトはまず端末を操作し、これから金庫の扉を開けることを警備会社に知らせ、それから肌身離さず持つために、首から下げていた鍵を取り出し……ユウカには見られないよう気をつけながら暗証番号を入力し、鍵を差して回し……扉をゆっくり開く。
すると金庫の中には例の石とグリ子さんの羽根が入っていて……異常がないように見せかけて、しっかりと異常のあるその光景を見やったハクトは、冷や汗をかきながら口を開く。
「……石が2つになっている」
「2つ? 割れたってことですか?」
すかさずユウカが返すとハクトは、首を横に振ってから言葉を続ける。
「いや、まるで金庫に入っていた石から新たな石が生まれたように、全く別の小さな石が転がっているんだ。
大きさは入っていたものの10分の1程で、入っていた石が欠けたり割れたりした様子はないようだね」
「え? じゃぁアレですか、石から石が生まれたんですか? 分裂したんですか? 生物みたいに?
え、えぇー……」
「……いや、生物のように繁殖、または分裂したのではないと思う。
これは根拠のない勝手な予測だが、グリ子さん達の余剰魔力を金庫の中からこの石が吸い上げて、結晶化させた……のではないかな?
グリ子さん達が食事をし腹を膨らませ、それを魔力に変換し、変換したものを吸い上げこの小さな石に……と、それなら納得は出来る。
……金庫の外からの干渉は防ぐようにしたが、中からの干渉は考慮に入れてなかったなぁ……」
と、そう言ってハクトは両手で顔を覆って天を仰ぐ。
このまま石が増え続けると金庫には入り切らなくなってしまうし、再現なく増え続けられてはたまったものではない。
なんらかの方法でこの石を処分なりするしかないが……その正体が分からない物体をどう処分したものなのか。
「……はぁ、仕方ない、風切君のご両親に協力を仰ぐとしよう。
本体……と、言って良いのかは分からないが、とにかくフォスが吐き出したものはこのまま金庫に入れておいて、この小さい方の分析をお願いしよう。
……幻獣から生まれた石ではなく、特別な事情……大僧正の倉庫で見つけた不思議な石とでも言っておこうか。
風切君にご両親に嘘をつかせる形になってしまうが構わないかな?」
そうハクトが問いかけるとユウカは、ウィンクをしながらのサムズアップを決めてきて……それを受けてハクトは小石の方を取り出し、それから金庫の扉を閉じ……防犯装置の再起動をしてから、隣家の風切家へと足を向けるのだった。
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