金庫
「その結果がこの光景という訳ですか」
数日後の土曜日、午前で仕事を終えて自宅に帰ってきたハクトは、暇だからと遊びに来たユウカからのそんな言葉を受けて同じ方向を見ながら言葉を返す。
「ああ……買ってあげたら凄く気に入ってね、暇さえあればああして上に乗っかって金庫を守っているんだ」
二人の視線の先には、グリ子さん用のベッドの脇に置かれた大きめの金庫があり……そしてその上にはクッションが敷かれていて、クッションの上にはなんとも幸せそうな表情で鎮座するフォスの姿がある。
「金庫を守ってるって……ただ座っているだけじゃないんですか?」
「確かにそう見えるだろうが、ああしながらちょっとした結界を張っていてね……下手に手出しをしようものなら、弾かれ痛い目を見ることだろう。
しかも中にはグリ子さんが魔力と親心をたっぷりと込めた羽根が数枚入っていて……フォスがいなくても守護の力が働いてくれるというとんでもなさだ。
試しに警備会社の人に盗もうとしてもらったが……まぁ、それなりの結果に繋がったよ」
「……警備会社? え? 先輩わざわざ警備会社と契約までしたんですか?」
「んん? それはそうだろう? 金庫とはそれを買えば安心という代物でもあるまい? 買った会社で契約をしたとも」
「え? いや、金庫なんですから、買って中に物を入れたらそれで良いんじゃ?
っていうか、警備会社で金庫買ったんですか?」
「そ、それはそうだろう……? 他にどこで買うと言うんだ?」
2人の会話が微妙にすれ違っているのには理由があった。
金庫を買うと聞いて、ユウカはてっきりホームセンターや家電量販店で買うものだとそう思い込んでいた。
実際それらの店舗で金庫を見かけたことがあり、興味半分で触れてみたこともあった。
ハクトは実家の関係で子供の頃から警備会社との付き合いがあり……実際、実家に置いてあった金庫は警備会社で購入し、警備会社が管理していたものであり、金庫とはそういうものだと思いこんでいた。
実際にはユウカが経験した通り、色々な店で売っているものなのだが……二人共まだまだ社会人になったばかりで、未熟な面があることがここで露呈する。
それからも2人はすれ違った会話を続けることになるが、明らかにおかしいと判断したハクトが一旦話を仕切り直すことにし、お互いの金庫への認識を確認したことで、その辺りのことが判明する。
「なる……ほど、金庫とは普通に売っているものもあるのか……。
確かに普通の品を入れるのであれば、それでも良いのかもしれないが、この金庫に入るのは、どんな力を持っているかも未知数で価値も分からない幻獣産の品だ、相応の管理と防護が必要になってくる。
たとえば幻獣の力で金庫の中になんらかの影響を与えるとか、魔法でもって中の品を奪い取る、破壊するなんてことをされるかもしれない。
そうなるとただの金庫では役に立たず……色々な仕掛けが施された特別な金庫が必要になってくるんだ。
他にも色々……物理的な手段にも対応してもらっていて、風切君の力でも破壊するのは困難かもしれないね」
と、ハクトが説明を終えると、ユウカは目を丸くしプライドを傷つけられたといった、そんな表情をする。
金庫を相手に一体全体どんなプライドを発揮しているんだとハクトは呆れるが、ユウカは誇りを取り戻さんと、試させてくれとそんな顔をする。
言葉にしてせがまないのは、それが非常識なことだと理解しているからのようで……そんなユウカにハクトは首を横に振り言葉を返す。
「そもそもあの金庫はフォスに買ってあげたもの、フォスの所有物だ……破壊不可能とは言え、それを殴ったりしたらフォスに嫌われるんじゃないかな?
ただでさえおもちゃを買ってもらったばかりの子どもといった様子なのに……もしかしたらグリ子さんにまで嫌われてしまうかもしれないよ?」
「えっ、あっ、ちょっ……そ、それは嫌ですね……。
……あっ、そのグリ子さんは今どこにいるんですか? 全然姿が見えませんけど、まさか一人でお出かけじゃないですよね?」
「グリ子さんなら今、屋根の上だよ。
帰宅するなり弾んで跳び上がってね……恐らくはフォスのように屋根に鎮座して、この家を守っているのだろう」
「あ……屋根の上に? そっかぁ。
……グリフォンって座った何かを守る力があるんでしたっけ? それともグリ子さん達だけですか?」
「うぅん……グリ子さん達だけじゃないかな?
そうなるとグリ子さんから生まれたフェーも同じような力があるはずだけど……今フェーが守っているのは、ベッドということになるんだろうねぇ」
そう言ってハクトがベッドへと視線をやると、ベッドの上で寝転がるフェーの姿が視界に入り込む。
ころんと転がり、鼻をピスピスと鳴らし……グリ子さんの匂いをいっぱいに吸い込んでとても幸せそうな寝顔だ。
親と言って良いのか、とにかく生み出してくれた存在であるグリ子さんの匂いは、フェーにとって特別なものらしく……そんな顔、私にも見せたことないじゃないと、ユウカは悔しげに歯噛みするし……生みの親に勝てる訳ないだろうとハクトはそんな顔をする。
「ぐぬぬ……って、そうだ、先輩ってあの事件の報酬どうしました?
結構な金額でどうしたものか悩んじゃうんですよねぇ……もちろん貯金はしておくし、両親にも家賃ってことでいくらか渡したんですけど、それでも金額が金額で……。
先輩はただ貯金するだけですか? それとも何かに使いました?」
「いや……今さっきその話をしたばかりだろう?
そこの金庫に使ったよ……あの報酬の全額という訳ではないが、それに近い金額にはなったかな。
金庫そのものと魔法防護に呪術防護、それと振動探知など各種センサーに、家そのものにも警備装置をつけてもらったからねぇ……玄関ドアにあった警備会社のシールを見なかったかな?
借家だから大家さんに許可もらったりと手間ではあったけど、安心は出来るし、グリ子さんもフォスも喜んでくれているからねぇ……。
守護の幻獣だからか警備会社の人には妙に懐いてしまって……あんなグリ子さんを見たのは初めてかもしれないな。
警備会社の人も凄く喜んでくれてね……いっそ転職しないかと勧誘されたくらいだよ」
「え? ちょっ……私も見たかった!? 懐いてるグリ子さん!?
っていうか私も懐かれたい!!」
と、ユウカがそんな声を上げ、ハクトがそこか? と怪訝な表情をする中、庭に何かが着地するぽよんっという音が聞こえてきて……窓を器用に開いてグリ子さんがリビングへと入ってくる。
そしてユウカに向けて体をよじらせながらのウィンクをし……何の意図なのか妙なアピールをしてくる。
もしかしてそれは懐いている様子を再現しているつもりなのか? と、ハクトがなんとも言えない苦々しい顔をする中、ユウカはそれでも全然構わないのか黄色い声を上げ、グリ子さんに抱きつくべく物凄い勢いで駆け出すのだった。
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