矢縫家
大量の肉を思う存分楽しんで……ハクトが食べ過ぎではないかと戦慄するくらいに楽しんで、そうしてグリ子さんとフォスとフェーは、丸い体を更にまんまるへと変化させることになった。
普通であれば胃袋のある辺りだけが膨れるはずなのに、何故だか全身を膨張させ、ぷっくりと膨らみ……しまいには歩くのも不可能となって、幻獣用タクシーを呼ばなければならない事態にまでなった。
その有り様に少しだけ呆れたハクトだったが、それだけ楽しんでくれたということでもあり、活躍した幻獣達に報いることが出来た思えば悪いことでもなく……特にあれこれ言うことなく、動けなくなったグリ子さん達の世話に徹した。
ちなみにだがブキャナンはグリ子さん達と違って腹だけを大きく膨らませ、ユウカは誰よりも多く食べたのに、一切腹を膨らませることなく、一体何がどうなっているのかと、ちょっとした謎を残すことになった。
そんなこんなとあって翌日。
流石に疲れを抜く必要があると数日の休暇を取ることにし、朝からゆっくり家で過ごしていると……庭に出て日向ぼっこをしていたグリ子さんとフェーが突然声を上げる。
「クッキュン!」
「ぷっきゅん~」
それは来客を報せる声で、それを受けてリビングの掃除をしていたハクトは、掃除機の電源を切ってエプロンを脱いで、縁側へと足を進める。
それと同時に庭に黄金色の羊が降り立ち……その背に乗るサクラ先生と挨拶を交わしたハクトは、何やら真剣な話があるらしいサクラ先生をリビングに招き、茶と茶菓子の用意をする。
グリ子さんとフォスは、庭で金羊毛羊と一緒に日向ぼっこを継続する中、ハクト達はリビングテーブルを挟んで座って茶と茶菓子を口にし……それからハクトが話を切り出す。
「それで何があったんです?」
「……矢縫の家を復興させようとする勢力が現れまして、その相談を」
サクラ先生が返してきた言葉はハクトにとって予想外過ぎる言葉で、色々と浮かんでくる疑問をハクトはそのまま口にする。
「復興って……流石にまだそこまでは没落していないでしょう?
そして何故復興をさせようと? 一体どんな勢力です?
それと何故俺にそんな相談を?」
するとサクラ先生は、そんな疑問を投げかけられることを予想していたのだろう、戸惑うことなくスラスラと言葉を返してくる。
「後継者を失い、何度かの仕事に失敗し、ハクトちゃんに接触しようと余計な労力を使い……没落していたと言えば没落していました。
何故復興させるかと言えば、矢縫の家を必要悪だと考える政府関係者がいたからです。
彼らは今回問題を起こしたようなしょうもない連中を排除していたのが矢縫の家で、それが力を失ったせいでこの騒動になったと考えているようですね。
そしてもちろんハクトちゃんは矢縫の家の関係者だからです」
「はぁ……必要悪ですか。
良いヤクザとかそんなアレですか? いや、そういったことはそれこそ政府関係者がしたら良い話で……矢縫の家のような法外者に任せるべきではないでしょう?
そんなことを許していれば余計な力をつけてしまって、もっと酷い騒動を起こしかねないですよ?
そして今回の連中を事前に発見し排除するための公安幻獣部でしょう? 彼らは何をしていたんです?
最後にもう俺は関係者ではないですよ」
「ハクトちゃんの言うことは全てごもっとも……だけど正論では納得しないおバカ達が多いのですよねぇ。
ハクトちゃんが強力な幻獣を従えて活躍していることにも目をつけて、ハクトちゃんに矢縫の家を任せれば全て上手く行く……と、そんなおバカ達が」
「……仮に俺が矢縫家当主になったとしたら、裏稼業からは一切手を引きますよ?
その上で関係者を自首させて、余計な組織を解体して……残るのはせいぜいあの屋敷だけでしょうね。
そも俺に家を任せようとしたら現当主が反発して、それこそ以前のものとは比べ物にならない騒動が起きるのでは?
下手をしたら全国各地で暴動が起きますよ」
「そーなのよねぇ……その辺りのことぜーんぶ言ってあるのだけど納得しないよねぇ。
実力行使で排除したくなっちゃったくらいおバカなのよ、あの子達。
……そのうちハクトちゃんにも接触してくるでしょうし、何か良い手はないものかしら」
「うぅん……ただの一般人の俺にあんまり助言を求めないで欲しいんですが……。
そうですね……あえて提案するなら、叔父の定目を当主にしては?
彼も元は矢縫の家の人間ですし、未来を見通す目を持っていますから、ああいった騒動を事前に察知し、排除する組織を運営させるには向いているでしょう。
経験はあって……まぁ、戦闘能力は今ひとつですが、そこは四聖獣か公安がフォローしてあげれば良い。
合法的に活躍できるとなれば叔父も喜んで承諾してくれるでしょう」
「……ハクトちゃん、押し付けようとしてない? 大丈夫? 本当にあの子で??」
半目でそう尋ねるサクラ先生に、ハクトはさぁ? と言わんばかりの表情でとぼけてみせる。
ショウも矢縫の家に思うところがあり、独立してまでの立身出世を望んでいる。
そしてその目には四聖獣以上と言って良い特別な力があり……組織のトップでその力を活用したなら、とんでもない活躍が出来るはずだ。
先を見通しての経営をし、危機を事前に察知しての対処をし、いざという時のための備えを的確に行え……組織に完璧な指示を出し続けるに違いない。
そんなハクトの内心は、サクラ先生も分かっているはずで……ハクトはそれをあえて言葉にせず、サクラ先生もそんなハクトの態度から大体のことを察する。
それから小さなため息を吐き出し……呆れているような、寂しがっているような、そんな表情でサクラ先生はいつになく柔らかな声を上げる。
「いずれ四聖獣にすえるため、ここで大きな力を持たせておきたかったのだけど、上手くいかないものねぇ」
「器じゃないですよ……俺に期待するよりも、大事な教え子達に期待してあげてください。
鷲波さんとか、他にも何人かのお弟子さんがいるのでしょう?
四聖獣は彼らに任せて、俺はここでゆるりと生きていきますよ」
「……あなたに野望や夢を持たせられなかったことが、一番の失策だったのかもしれないわねぇ。
素直な学生時代にそうしておけば、今頃違った結果になっていたでしょうに……。
わたくしも教育者としてまだまだねぇ……自分の未熟さを恥じ入るばかりだわ。
……ま、今更後悔してもしょうがないわねぇ、ハクトちゃんの意向は政府関係者にしっかり伝えておくから、安心して頂戴な」
と、そう言ってサクラ先生は茶を綺麗に飲み干し、丁寧な挨拶をしてから庭に出て、金羊毛羊に乗って去っていく。
それを静かに見送ったハクトは……疲れたなとため息を吐き出してから、グリ子さん達の様子を見るために、庭へと出ていくのだった。
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