仕事の後は
銭湯での入浴時間は、それなりに長いものとなった。
皆疲れていてゆっくり休みたかったし……入浴後はしっかりドライヤーを使ってのブラッシングをしたかったからだ。
グリ子さんもフォスも、フェーもブキャナンも。
ハクトが予約した焼肉店が高級店ということもあってか、誰もがきっちりとした身支度をしたがり、結果それなりの時間を消耗することになり……幻獣用タクシーなどを利用して焼肉店に到着したのは、すっかり日が暮れた頃だった。
銭湯の休憩所でしっかり休憩したこともあって、誰もがはつらつとした表情をしていて、香油も使ったので良い香りを放っていて……そんな一行は幻獣も受け入れてくれる、超高級店の個室へと案内されることになった。
幻獣用の焼肉店の需要は多い。
肉しか食べられない、生肉しか食べられない、とにかく肉をたくさん食べたいなど、肉食の幻獣が多いからだ。
中にはとてもプライドの高い、自分を神々の一柱であると思い込んでいるような幻獣もいて……そういった幻獣は高級店以外での食事を拒否するのだという。
幻獣と召喚者はその危険な仕事内容から高給取りが多く、その高給取りが足繁く通う焼肉店は当然のように繁盛することになり……結果、そういった需要に応えようとどんどん店が増えて、切磋琢磨の市場競争が行われ……そのサービスも内容も、特別に洗練されたものとなっていた。
今ハクト達がいる店もそうやって洗練された店の一つで、案内された部屋に入ると、事前に聞き取りをしていたグリ子さん、フォス、フェーの体の大きさに合わせた席とクッションが用意されていて……それだけでなくグリ子さん達の世話をするための専用スタッフまでが待機をしていた。
手足の使えない幻獣は、当然その口やクチバシを器用に使って食事をするのだが、高級店でそれはいささか見栄えが悪い……ということで、幻獣の側には常に幻獣用の箸を構えたスタッフが待機して、食事の世話の全てを担ってくれるのだそうだ。
そんな席にグリ子さん達が腰を下ろすと、すぐさまスタッフが幻獣用エプロンをグリ子さん達に装着させ始め、それが終わったらメニューを開いてグリ子さん達に見せ……どの肉が良いのか、どんな焼き方が良いのかを、メニューの中にある多すぎる程の写真から選ばせていく。
メニューには全ての写真がある、豚牛馬などの肉に、その各部位、その各部位を焼き具合別にして掲載していて……グリ子さん達はただそれを選べば良いという仕組みだ。
ハクトとユウカ、そしてブキャナンは幻獣用とは別の人間用テーブルに腰を下ろし……こちらはそれぞれ普通の焼肉店のように注文を済ませていく。
「……食べ放題ってないんですね」
と、ユウカ。
「いや、風切君……そういうサービスは、こういった店ではないものなのだよ」
と、ハクト。
「いやいや、あるお店にはございやすよ? 食べ放題飲み放題、いちいち注文などせず、店が出すものを満足するまで食べて頂いて……お席代のような形で支払うといったお店が。
……ちなみにですが料金はここの十倍程となっておりやす」
と、ブキャナン。
それを聞いてユウカは顔を真っ青にしながら、改めてメニューに目を向ける。
この店は高級店だ、支払いはハクトがしてくれるそうだが……それでもメニューに書いてある値段を見ればどうしても躊躇をしてしまう。
肉の数枚が我が家の一食分の食費と同じ!? と、そんな悲鳴をユウカが内心で上げる中、ハクトとブキャナンは部屋の入口に控えた着物姿のスタッフに、どんどん注文をしていく。
「シャトーブリアンにヒレ、イチボとカイノミ……まぁ、そんな感じで良さそうな部位を適当にお願いします」
「アタクシはこの上品部位の盛り合わせにしやすかねぇ、盛り合わせを三人前と、ああ、お酒もお願いしやす。
吟醸香を楽しめる逸品を三合、見繕ってくだせぇや」
ハクトとブキャナンのそんな注文にユウカは目を丸くする……が、改めて考えてみるとハクトは良家のお坊ちゃんで、ブキャナンは長年国を守ってきた大幻獣、どちらもこういった店には慣れているのだろう。
そんな二人を横目で見たユウカは、更に顔色を悪くしながら、それでもどうにか注文しようとゆっくりと口を開く。
「あー……えっと、じゃぁー……その、先輩とブキャナンさんの注文を合わせる感じでお願いします。
あ、それとご飯大盛りで……あ、お酒はなしですよ、私は未成年なので。
あと適当なサラダも大盛りでお願いします」
これで良かったのか、変な注文じゃなかっただろうか?
なんてことを考えながらの注文だったが、ハクトもブキャナンも着物姿のスタッフも、特に気にしたような様子はなく……すぐさまスタッフが厨房へと向かい、注文した品々の準備が始まる。
そして……驚く程早く注文した肉やサラダが届き始め、それらを焼いての食事が始まる。
「……って、グリ子さん、タコを頼んだのかい? よくあったなぁ、タコなんて……。
しかも丸ごとか……」
グリ子さんが注文したのは、ハクトのそんなセリフの通りのタコ。
頭を返し内蔵などを取り出し、塩もみしたものをそのまま持ってきて、切り分けた上で網で焼いてくれるらしい。
「クッキュン~」
スタッフがタコ焼き始めると、そこから漂ってくる匂いにやられたグリ子さんがそんな声を上げる。
「わふー!」
続いて声を上げた、本日大活躍だったフェーは、大きな大きな骨付き肉。
自分よりも大きく見えるそれをじっくり焼いた上で、チーズをかけてもらって食べるつもりらしい。
「ぷっきゅん」
そしてフォスはカルビ肉尽くし、漬けカルビなど様々なカルビを頼んだようだ。
幻獣達がそうやって楽しみ始める中、ハクト達はそれぞれ好きな肉を網の上に乗せ始め……焼き上がるのを待つ間、ユウカはサラダを、ブキャナンは酒を存分に堪能する。
そうこうしているうちに肉が焼き上がり……ハクト達の箸が肉へと伸びて、そしてフェーの目の前に骨付き肉が差し出される。
それにがぶりと噛みついたフェーは、すぐには噛み切ることが出来ず暫くの間、スタッフが持つ骨付き肉にぶら下がったままになるのだった。
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