決着
ブキャナンとユウカの攻撃は見事魔法陣を破壊し……それによって生贄の儀式は破綻する。
自害してでも神を召喚しようとしていた者達は、途端に膝から崩れ脱力し、戦意を失うが……儀式の中心人物であった老人はそれでも諦めずに、新たな詠唱をし始める。
それは完全に不完全な詠唱だった。
魔法陣もなく集中も出来ておらず、魔力も散っている。
まずをもって成り立たない詠唱だったのだが、そこに老人は周囲の人物……仲間達の命を代償にするとの詠唱を唱え始め、それに気付いたハクト達はすぐさま捕縛の動きを強めていく。
詠唱が始まった段階でハクト達は捕縛のために動いてはいたが、人数が多く心折れずに邪魔する者もいて完了しきれずにいた。
そして心折れていた者達も、特別な詠唱が始まったと気付いて心を立て直し、ハクト達を妨害するために猛然と襲いかかる。
「風切君、手加減はしなくて良い!」
そう声を上げたハクトは糸での拘束をし、ブキャナンは羽団扇を振るい風圧でもって吹き飛ばし……そしてユウカはハクトの言葉に従いきれずに手加減しての拳を振るう。
手加減なしの全力で、自暴自棄かつ半無気力な彼らを攻撃したなら殺してしまうかもしれない……そう考えてしまったユウカの拳にいつもの切れはなく、そのフォローをしようとグリ子さんとフォスが、ユウカの下に駆けつけクチバシを振るい、群がる者達を蹴散らしていく。
そうしながらハクト達は壊れた魔法陣の中心に立つ老人に迫ろうとするが、妨害の勢いが強く中々迫れず………そうこうする間に、どんどんと詠唱が進んでいってしまう。
「大僧正!!」
またもハクトの声、これ以上はまずいと考えての声だったが、ブキャナンもまだまだ老人には遠く、仕方無しに老人に向けての遠距離からの風を放とうとするが、すぐさまそこに立ちはだかる者がいて、風を受け止めてしまい……老人まで届かない。
どうにかして老人の詠唱を止めなければ。
もう神の召喚が成ることはないが、魔法陣もなしに生贄を使っての魔法行使などしてしまったなら、行き場のない魔力が暴走してそれ相応の被害が出てしまうはず。
そもそも生贄を成立させること事態が、殺人を見過ごすようなものであり……ハクト達の全身に冷や汗が浮かび、顔色が悪くなっていく中……鋭い声が一帯に響き渡る。
「わふーー!」
それはフェーの声だった。
いつの間にかユウカの側を離れていたフェーは、こっそりと信者達の足元をすり抜けながら移動し、老人のすぐ側まで迫り……そしてそこから自らの体を思いっきりに潰れまんじゅうにしての反動ジャンプを行い、老人の頭の高さまで跳び上がったなら、魔力でもって方向転換を行い、加速を行い……そうして声を上げながら老人へと突撃していく。
片足を突き出し、ユウカの飛び蹴りのモーションの真似をし、老人の詠唱を止めるために老人の頬に狙いを定め……そして。
「今、ここに犠牲の下に―――ぐへぇぇぇ!?」
と、フェーのキックを食らった老人の詠唱が中断される。
威力としては大したものではなかった、それでも喋っている途中に勢いよく頬を蹴られたらまともに喋り続けることなど出来なかった。
見事に詠唱は中断され、老人が集めた魔力はさらに拡散し……そして制圧された信者達はハクトの糸やブキャナンの風、ユウカの拳などで吹き飛ばされ、魔法陣の外に出て……強引な生贄の儀式を成立させることすら不可能となってしまう。
「こいつめ、よくも邪魔を……!」
そうなってしまったことに激昂した老人は、せめてフェーを害してやろうと、懐にしまい込んでいた短剣を取り出し襲いかかるが、フェーは素早い動きで持って駆けて転げてはね跳んで、なんとも器用にそれらの攻撃全てを回避していく。
いつも通りのトボけた顔で「わふわふ」言いながら回避し続けて……どこか楽しそうなそれは、一瞬だがハクト達の意識を引き付けてしまう。
そのせいでハクト達はしばらくの間、なんとも滑稽な鬼ごっこを眺めることになるが、すぐに我に返り、老人の捕縛に動き……そしてすぐに老人は捕縛され、ブキャナンによる魔力の封印処理が行われる。
全身に札が張られ、札に特別な魔力が込められ、老人を縛る縄までが特別性で……万策尽きたと老人はがくりと項垂れる。
「やれやれ終わったか……」
「疲れましたねー」
「今回はちょいとばかりひやっとさせられやしたねぇ」
「クッキュン!」
「プッキュン~」
「わふー!」
ハクト、ユウカ、ブキャナン。
グリ子さん、フォス、フェー。
それぞれそんなコメントをしていると、施設の外からざわつきやパトカーのサイレンが聞こえてきて……ようやく人手が駆けつけてくれたようだ。
それを受けてハクトは遅すぎるとまた少しだけ苛ついた顔をするが……今回の功労者であるフェーが、
「わっふわふ、わふー!」
活躍出来たことが嬉しいのか、そんな声を上げながら周囲を駆け回ったことで、苛つきもどこへやら、和んだ表情を浮かべる。
「いや本当に、フェー君は今回大活躍でございやしたねぇ。
祝勝会では、フェー君の好物をたーんと用意してやらないといけやせんね」
「フェーちゃん、がんばった!」
ブキャナンとユウカがそう言うと、フェーは更に喜んで、元気いっぱいに駆け回り……駆け回り過ぎて疲れたのか、ユウカの下へと駆けてきて、ユウカに抱きかけられての休憩モードに入る。
するとそこに警察官や役場職員達が駆けてきて、拘束及び魔力の封印作業、魔法陣の残滓への封印作業が開始され……ハクト達はその邪魔にならないようにと、施設の外へと向かって移動を開始する。
これで全ての目標が制圧出来たはず、もうコレ以上は暴れなくて良いはず。
そう考えて脱力した一行は……ブキャナンの言葉通り祝勝会を開くことにしたのだが、その前に汗を流したいと考えて……近くにあるという銭湯へと足を向ける。
そこで汗を流したなら近くの定食屋で祝勝会をし、あとは解散、それぞれ家路につくという流れだ。
「……フェーちゃんは何をお腹いっぱい食べたい?」
銭湯に到着し、入口に入る直前、ユウカがそんな問いを投げかけるとフェーは、
「わふーーー!」
と、元気いっぱいな声を返す。
それは「お肉!」という内容の声で……、
「定食屋じゃなくて焼肉屋かな……」
なんてことを呟きながらユウカは女湯へ、そしてハクトは男湯へ、ブキャナンとグリ子さん、フォスとフェーは、幻獣用の湯へと足を進めていくのだった。
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