生贄
(あ、先輩苛立ってるな)
あれから更に三箇所の召喚拠点を潰し、四箇所目へとブキャナンの力で移動している途中、空を舞い飛ぶユウカは隣を飛ぶハクトの横顔を見てそんなことを思う。
考えなしに神々を召喚しようとしている連中と、卒業したばかりの新人に頼り切りの行政と、他の召喚者達と。
様々な者達への憤りを抱いて苛立って……それでも努めて冷静さを保っているハクトだったが、仲の良い者達には微妙な変化が見て取れた。
(ま~、仕方ないのかなぁ、そもそもやばい奴らに対抗するため更にやばい神様を増やすっていうのが訳わかんないしなぁ。
先輩から聞いた感じ、今いる神様でも十分やばいのに、更に増やして世界をどうする気なんだろ)
と、そんな事を考えていると目標の施設が見えてきて……これまでと同じように上空からの落下という奇襲を仕掛ける。
先鋒はユウカ、これまで通り拳を使って結界を破壊しようとする……が、拳を結界に突き立てた瞬間これまでとは違う感触が拳に伝わってくる。
「か、かったぁ!!」
硬かった、思わずそんな声を上げる程に硬かった。
改めて結界の中を見てみれば、他の施設とは違いかなりの人数がいて、それら全てが結界に魔力を注ぎ込んでいて……魔力量の多さが結界の硬さに繋がっているようだ。
「せぇい!!!」
そんな結界を破壊しようと、結界の上に立ったユウカが更に拳を叩き込んでいると、結界の中の人物……長い白髪に長い白ひげ、紫の和服というおかしな格好の老人が声を張り上げてくる。
「き、貴様らか!? 我らの邪魔をしていたのは!?
何故邪魔をする!? 救世しようとする我らを何故邪魔をする……!!
異形なる悪神がこちらの世界にやってこようと画策しているのは貴様らも重々承知だろう!!
この世界は他の世界に比べて神の数が少ない……! 世界を守るためには神を増やさなければならんのだ!
少なくともあの異形の……外なる神々を駆逐出来る神を呼ばなければ……!」
その言葉に何と返したものかとユウカが頭を悩ませていると、ユウカに遅れてハクトやグリ子さん達が結界に着地してきて……そしてハクトは、まずユウカに攻撃を続けるよう指示を出してから、ため息交じりの言葉を結界の中に投げかける。
「はぁ……何を言い出すかと思えば、理論が破綻しすぎていて言葉もない。
最近の事件を引き起こしている神々が異星の神々であることは研究者達も勘付いているが……彼らはそれを全く問題にしていない。
異星の神々が何だと言うんだ、こちらの世界におわすのは星どころか星座を作り出し、銀河を作り出し……片手間に銀河を撹拌する神々だぞ。
……かの神々が本気を出したなら勝負にもならないだろう。
そんな力を持った、異星の神々以上の悪神を招きかねない愚行に走ろうとしておいて、救世だのとよくも言えたものだ」
「悪神など招くものか! この魔法陣を見よ! しかと見よ!
悪神など招かぬ! 我らに従う神々だけを―――」
と、ハクトの言葉に老人が反論しようとした時。
「あ、いけそう」
なんて声を上げたユウカの拳が、結界に突き刺さる。
結界を貫き、向こう側に飛び出し……そこからヒビが入り結界が砕けようとして、老人達は慌てて魔力を込めてそのヒビを修復しようとする。
「ダメダメ、直させないから!」
それを見てそんな声を上げたユウカは、拳で開けた穴に両手を突っ込み、結界を掴んで左右に引っ張り……穴を広げようとする。
更にグリ子さんがクチバシでつつき、フォスもそれに続き、フェーは爪でもって引っ掻いて壊そうとし……ハクトは糸をユウカが作り出した穴の中に侵入させ始める。
「……アタクシはどうしやしょうかねぇ」
そんな中、手持ち無沙汰なブキャナンがそんな声を上げながら結界の上に降り立ち……一応ということで足の鈎爪で結界をひっかき始める。
そんなブキャナンのことを半目で見やったハクトは、結界の中に侵入させた糸を操り……中にいる連中と首謀者の捕縛を試みる。
……ここで攻撃ではなく捕縛を選んだのはハクトからすると当然のことだったのだが、首謀者である老人は、自分の体を巻き取ろうとする糸の動きを侮辱と受け取ったのか、顔を真っ赤にして激昂する。
「おのれ……おのれ!!
この期に及んで捕縛とは……この魔法陣を見て捕縛とは……!」
よほど魔法陣の出来に自身があるのか、そんな声を上げる老人を見てユウカは、小物だなぁとそんな感想を抱く。
そうして少しだけ結界の穴を広げようとする手の力が緩んだ所を狙って、老人が穴を塞ごうとかなりの魔力を込めてきて……ユウカは歯を食いしばって全力を込めての抵抗をする。
この穴が閉じてしまえばハクトの攻撃も意味をなさなくなってしまう、最低でも穴を維持しなければとゆうかもまた顔を真っ赤にして抵抗を続けて、ハクトは急いで首謀者を無効化しようと糸の動きを早める。
そして……首謀者である老人は何故だか魔力を込めるよりも、己の懐を探ることに意識を向け始め……懐からナイフを取り出す。
何故ナイフ? まさかそこから投げるつもりなのか? 結界の上部までかなりの距離……20m近い距離があるぞ? なんてことをユウカが考えていると老人は何故だか近くの人間……仲間であるはずの、色違いの同じ服装をした若者にナイフを突き立てようとし、それをハクトの糸がナイフに絡みつくことで阻む。
「生贄の儀式を成そうとしている!! 風切君! 大僧正! 速く制圧を!!!」
緊迫したハクトの大声、すぐさまブキャナンが小僧天狗を作り出し、ユウカが作り出した小さな穴から小僧天狗を送り込み始める。
グリ子さんも焦った様子でクチバシを振るい、フォスもフェーもそれぞれ大慌てで攻撃を繰り出し……生贄の儀式という言葉の意味をふんわりとしか理解していなかったユウカも、尋常ではない状況らしいと理解して、両手に込める力を増させていく。
結界の中にいる人間はかなりの数だ、他の施設よりも多く……50人はいるだろうか。
もし仮に50人全てが生贄となったなら……どんな召喚が成されてしまうのか、どんな悪神が現れてしまうのか、分かったものではない。
中にいる人間全てが生贄の儀式に賛成している訳ではなく、まさかの状況にパニックとなり逃げ出している者もいるが……その混乱がまた恐ろしい。
混乱の中で暗殺が行われてしまったら、揉み合いになったり転んだ所に踏みつけられたりで死亡者が出てしまったら……それだけで生贄の儀式が成立してしまう可能性もある。
「こんにゃろおぉぉぉぉぉ!」
だが、そうやって混乱が広がったということは結界に注ぎ込まれる魔力が減ったということでもあり、ここしかないとそんな声を上げたユウカは更に両手に力を込めて……結界をメリメリと左右に引きちぎり……穴が大きくなったことで結界が崩壊し始める。
これで結界の中に侵入出来る……が、死者を出してはいけないという条件は変わらないままで、落下しながらユウカとブキャナンはどう制圧したものかと頭を悩ませる。
ハクトの糸であれば比較的安全に捕縛が出来るが、それも完璧とは言えず……どうしたら良いのかと悩んでいると、糸でもって次々捕縛を成功させているハクトが声を上げる。
「魔法陣の破壊を! 魔法陣さえなければ儀式は成立しません!」
そんな声を受けてユウカとブキャナンは、力と魔力を込めた一撃を、魔法陣の書かれた床めがけて放つのだった。
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