急襲
「さて、参りやしょう」
依頼を受けて、その日がやってきて……作戦の概要を教えてもらい、ミーティングを終えての作戦開始時間。
正装……狩衣に着替えたハクトとグリ子さん、フォス、パンツスーツに着替えたユウカとフェーという面々は、マントで全身を覆った天狗姿のブキャナンがそう声を上げ、羽団扇を振るったことで、体がふわりと浮き上がる。
今回の作戦目標は一つではない。
複数の施設が目標となっていて……警察や四聖獣、様々な幻獣召喚者が作戦に参加し、それらの施設の制圧に動いている。
全ての施設を同時に、相手のふいをついての制圧をしようとして……そうする理由はどの施設で召喚が行われるかが全く掴めていなかったからだ
彼らはどこでも召喚を行えるよう、同じような施設を複数、各地に作っていた。
そして必要な人員も各施設に揃えていて……自分達の行いは正義だとばかりに堂々と儀式を開始しようとしていた。
中には召喚者や公務員までが参加していて……彼らは本気で自分達の行いが正しいのだと思いこんでいるようだった。
神を召喚し、味方とし、この世界を守ってもらう。
上手くいけば確かに有効な手ではあるのだが……全ての神が善良な訳ではない。
仮に善良な神の召喚に成功したとして、その神が人の願いを聞き入れてくれるかは未知数で、むしろ召喚行為を無礼だと怒りを抱くかもしれず……善良なはずの神が敵に回るという可能性まである。
神との契約には相応の代償が求められるというのもよくある話で……その代償次第では、今までの事件以上の被害が出てしまう可能性だってある。
だというのに彼らはなんとも浅はかな考えで召喚を実行しようとしていて……それを一手で止めるべく、召喚などなど余計なことをさせる間を与えない攻撃作戦が、今実行されようとしていた。
天狗の力で高く高く飛び上がり、施設の真上へとゆっくり移動し……それから風の鎧で身を覆い、そうして先行させるためにユウカだけの浮力を失わせ、ユウカが施設の中央へと落下していく。
施設に屋根はない、大きな魔法陣を中心に置き、その周囲を石柱と石段で囲い、石段には複数の召喚者。
そして結界でもって施設全体を守っていて……その結界にユウカが両拳をまっすぐ前に伸ばした状態で落下していく。
魔力を込めて、それに落下のエネルギーを乗せて、両拳でもって結界に突入して……これから召喚しようと魔力を魔法陣に送り込んでいた召喚者達は大慌てで結界に魔力を送って、ユウカの攻撃を弾き返そうとする。
それを受けてユウカは、このままでは結界を突破出来ないと判断して、結界の上に立ち……大きく足を開いて拳を下に向けて構えて、まるで瓦割りのようなポーズを取り、その拳に魔力を込めていく。
施設を守る結界はただの障壁ではない、結界に触れた者を傷つけるかなりの力があるものだったが……その攻撃はブキャナンが構築した鎧に阻まれ、ユウカに届くことはなく、ただの足場と化した結界の上でユウカは、入念な準備を終わらせることに成功し……瓦割りならぬ結界割りの拳が凄まじい速度で振り下ろされる。
瞬間、結界がひしゃげる。
衝撃を上手くいなすことが出来ず、頂点が一気に沈み、結界全体が潰される形となり……そのまま結界内の全員が潰されるかと思われた瞬間、結界を維持していた者達が大慌てで魔力を霧散させ、結界の力を失わせる。
そうして結界は消えるが、結界が受け止めきれなかった衝撃……エネルギーは消失せず、魔法陣へと降り注ぎ、魔法陣の中央に穴があき、そこから外側へと無数のヒビが入り、魔法陣が破壊される。
「よっし!」
そんな声を上げながらユウカは、魔法陣へと向かって落下していき……着地するなり再び拳を構え、念の為にと魔法陣を破壊するための二撃目を放つ。
それを止めようと召喚者達が魔力を込めていると、ユウカの側にグリ子さんとフォスが降り立ち、そしてユウカの頭の上にフェーが降り立ち……三者による小さな結界が構築される。
小さいながらもそれに込められた魔力は圧倒的で、密度が濃いためか張られた結界はまばゆいまでの光を放ち……その光に目がくらんだ召喚達へと、続いて落下してきたハクトとブキャナンの攻撃が繰り出される。
ハクトの狩衣から糸が放たれて召喚者を次々拘束していき、ブキャナンが振るう羽団扇からは風が放たれ……同時にブキャナンの懐から鉄粉が吹き出し、風によって強烈に圧縮された鉄粉がこれまた風によって凄まじい速度でもって放たれ……受ける側にとっては最悪の制圧兵器となって襲いかかる。
圧縮されて熱を持ち、鉄本来の硬さはそのままで、小さいがために目で追うのが難しく、回避も防御も難しい。
それを受けてしまえば魔力的防御や防具は引き裂かれ、肌を裂き傷を作る……が、致命傷にはならず、ただただ痛みのあまりに行動不能になるという最悪の最悪。
ブキャナンがこれを使うことは稀で、相手がそれ相応の悪人でなければ使わないものだったが……世界を崩壊させるかもしれない行為をそうと分かっていながら行うことは、ブキャナンにとっては悪の極みと言えて、使用に一切の躊躇はないようだ。
そうして召喚者のほとんどが行動不能となる中、ユウカの攻撃によって魔法陣が完全に粉砕され……召喚者のほとんどが戦意を失う。
ハクトに拘束されただけの者達はほぼ無傷だったが、魔法陣が徹底的なまでに壊され、仲間が情け容赦のない攻撃に晒されたのを目の当たりにして、一切の抵抗をしなくなっていて……それどころかハクトに助けてくれと縋りつこうとしている始末だった。
ユウカの攻撃もブキャナンの攻撃も受けたくない、あなたに拘束されるのが一番マシで、お願いだからあの攻撃に晒さないでくれ。
詠唱を防ぐためと、余計なことを言わせないために糸によって口を塞がれている召喚者達は、言葉を発することは出来ないが、表情と目でもってそう語っていて……ハクトはやれやれと首を左右に振る。
ハクトだってやろうと思えばあのくらいの攻撃は可能で……より痛々しく悪辣な攻撃も可能で、縋り付く相手を間違えているぞと言いたくなる……が、それで大人しくしているならそれで良しと、何も言わず縋り付く者達を受け入れる。
……そうして、制圧は完了となり、ハクトの糸による拘束が全員に行き渡った所で、ブキャナンが今回のためにと用意された軍用の通信機を取り出し、その旨の報告を始める。
すると通信機の向こうから素早い制圧に驚く声と同時に、こんな言葉が聞こえてくる。
『他の施設への援軍は可能ですか?』
「……可能と言えば可能でございやすが、その必要があるのですかい?」
それに対しブキャナンがそう返すと、通信機の向こう……作戦本部は、
『可能であればお願いしたい』
と、そう言ってきて……ブキャナンはいつになく大きく露骨なため息を吐き出すのだった。
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