聞き取り
ブキャナンやサクラ先生の動きもあってか、ユウカが逮捕されたりすることはなかった。
あれからユウカはすぐに落ち着きを取り戻し、相手の怪我も大したことはなく、破壊の被害も……まぁ、幻獣が暴れるよりはマシ、程度のものだったことも影響していたようだ。
何よりも今回の件は相手に非があってのことでもあり……どういった非があったのかの情報は今後の捜査の関係もあってか公表されなかったが、とにかくユウカが許されるくらいの非ではあったらしい。
そうしてユウカが合宿所から帰ってきて……一日実家で休んでの翌日、仕事帰りのハクトの下へとユウカがやってきて……ハクトはとりあえずユウカを歓迎し、家の中へと招く。
着替えなどを済ませ、茶と茶菓子を用意し……それらでユウカとフェーを歓待し、説教しようという空気は一切出さない。
相手に非があり、ユウカにも事情があり……説教よりもまずはその辺りの話を聞く方が先だろうと考えていたハクトは、責めるような態度を示さず、どこまでも友好的な態度を示し……ユウカが話しやすい空気を作ろうと尽力する。
これはハクトなりの優しさであり、社会人という個人となったユウカに説教なんてものをする以上は通さなければならない義理であると考えてのことだったのだが……それがユウカに伝わることはなく、ユウカはただただ無闇矢鱈に優しいハクトに戦慄し、警戒心を高めていく。
え? なんでこんなに態度が柔らかいの? あれだけのことをしたのに? 報道もされたから事情は知ってるよね? なのになんで? どうして??
と、内心は軽いパニック状態、なんとも呑気な様子を見せるフェーを叱ってやりたくなるくらいにユウカの心の中はぐちゃぐちゃで……そんな心を落ち着かせるためユウカは、出されたお茶をぐいっと飲み、茶菓子……ヨウカンを一口で食べる。
しかしそれでもユウカの内心は落ち着かず……何をしたら良いのか、何を言ったら良いのかと困惑を続けて……そうした空気を察したという訳ではないが、何か言いにくそうにしていることに気付いたハクトは、自分から声をかけるべきかと、ユウカに問いを投げかける。
「それで、何があったんだい?」
リビングテーブルの椅子に腰掛けながら、努めて柔らかで優しい声で。
「ひっ……え、えっと……色々ありました」
対してユウカは何故か床に正座し、引きつって裏返った声で。
「色々……? 一応ほら、課長さんにも報告しないといけないしなぁ……プライバシーなどに関わらない範囲で話してくれると、何かあった際に助けになれるのだけど……」
と、ハクト。
そうまで言われては仕方ないとユウカは渋々、合宿所で何があったのかと話していく。
今回参加者はそれ程多くなく、ユウカを含め7人だったそうだ。
ユウカを含む4人が女性で……3人が男性。
全員が幻獣を召喚していて……師匠筋に強制されたとか、仕事上の付き合いでとか、なんとも消極的な理由で参加していたそうだ。
そのせいで空気はかなり悪かったようだが、ユウカは気にすることなく参加者全員に声をかけ、コネ作りに精を出し……そこに主催者側の一人である老人がやってきたらしい。
老人はいきなり参加者を馬鹿にし始め、侮蔑の言葉を投げかけ始め……ある女性参加者の体に手を伸ばそうとした。
それを見たユウカが老人を蹴り飛ばそうとするが、それよりも早くその女性の幻獣が、女性を守るために老人へと攻撃を繰り出し……結果、老人は怪我をしてしまったようだ。
その怪我は他の幻獣が治したこともあり、大したことはなかったようだが、老人は激昂……その幻獣を殺処分しろだとか、そんな声を上げて騒ぎに騒ぎ、挙句の果てに武器を持ち出し、攻撃をしようとしたんだそうだ。
どんな武器かと言えば刀で、何がしかの魔力が込められたもので……それで攻撃したなら幻獣でもかなりの怪我を負いそうで、それを察したユウカは老人の暴走を止めようと決断、拳を構え腰を深く落とし、相手を正面に見据えて遠慮なしの一撃を放とうとし……いやいや、それは老人が死にかねないとフェーが飛び出し、老人を攻撃した。
それは老人を守る意図もあった訳だが、それに気付くことなく老人は顔を真っ赤にして沸騰、フェーを攻撃しようとし……それをユウカがすぐさま防ぐと、今度はユウカに暴言を投げかけ……騒ぎを聞きつけたらしい老人の仲間達、主催者達が駆けつけて一緒になってユウカに口撃をし始めた。
だがそれらはユウカには全く通用しなかったようだ。
こんな老人に何を言われてもユウカは気にしない、努力が根底にある確かな実力があり、十分な蓄えがあり、仕事も順調で……若く未来もあり、老人達に何を言われてもスルーをするだけの余裕がユウカにあった。
それがまた老人達の神経を逆なでにし、更に口撃を激しくするが……ユウカの余裕を崩すことは出来ない。
ユウカのそれはなんとも若々しいというか、若者らしい態度に見えて老人達の怒りを増させ……そうして老人達は武器や魔力を使っての攻撃を再開させ……その一撃がフェーにかすり、フェーが出血したことで、ユウカはああなってしまった、ということらしい。
フェーの傷は大したことはなく、すぐに治ったとかで……そうなるだろうことを分かっていたユウカは、それでも耐えることが出来たはずだが……耐えた先に解決が見えなかったというか、老人達を止めるためにはそうするしかないと決断しての、暴走であったようだ。
もちろんたまったうっぷんを晴らすという意図もあったし、老人達を叩きのめしてやりたいという気持ちもあった。
だけども、ユウカなりに考えての行動をしていて……老人達には手を出さず、施設だけを狙って暴れ……そうして老人達にユウカの恐ろしさをまざまざと見せつけた。
結果、老人達は怯えきり、ユウカに手を出そうとしたことを後悔し、命乞いをするまでに至ったようだ。
……まぁ、ただの若者だと思って舐めきっていたら、それが大幻獣相当の戦闘能力を持っていたのだから、彼らが恐怖に負けるのも仕方のないことなのだろう。
そうして事態は収束し……ブキャナンとサクラ先生の介入があって一応の解決を見た、ということのようだ。
そんな話を聞いてハクトは頭を悩ませる、どう説教したものかと頭を悩ませる。
ちゃんと考えていて、それなりに手加減もしていて……結果もそう悪いものではない。
いっそ説教しないのもありか? なんてことを考えていると、リビングの隅で話を聞いていたグリ子さんがやってきて……正座をしたユウカのおでこを軽くクチバシでつつき、
「キュン!」
と、声をあげる。
それはあえて翻訳するなら「めっ」と叱っているような声で……それを受けてユウカは「ごめんなさい」と言いながらおでこを撫で……そしてハクトは、これで説教も終わりかなと小さなため息を吐き出す。
するとグリ子さんはハクトの方を見やり……こういうことは自分に任せておきなさいとの、なんとも言えないドヤ顔をハクトに向けてくるのだった。
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