お出かけ
ハクトとユウカの勉強会が終わり……一週間程が過ぎての土曜日。
仕事から帰宅したハクトが、明日は休日を利用しての大掃除でもしようかと、そんなことを考えながら台所で夕食の準備をしていると……どたばたと慌ただしい足音が、家の前の道路から響いてくる。
何処か遠くから駆けてきて、ハクトの家の前を通り過ぎて隣家へと飛び込んで……隣家からすぐに出てきて、ハクトの家へと駆け込んできて。
そうして玄関の呼び鈴が鳴らされて……その相手が誰なのか、何をしにきたのかを察していたハクトとグリ子さんは苦笑しながら玄関へと向かう。
玄関のドアを開けると、そこには満面の笑みを浮かべるユウカが立っていて……ユウカは玄関のドアが開けられるなり、物凄い勢いでグリ子さんへと抱きつき、そのふわふわの毛に頬ずりをする。
「グリ子さーん!
グリ子さんのおかげで、グリ子さんが指してくれたとこをしっかり勉強したおかげで、手応えばっちりだったよー!
まだ結果は出てないけど……この手応えならきっと高得点だよー!」
「クキュン、クキュン!」
ユウカの報告を受けてグリ子さんは、そう声を上げながら微笑んで……ユウカの頬ずりに合わせて自らも満面の笑みのユウカに頬ずりをする。
「そうか、手応えがあったなら良かった。
進級や卒業にあまり影響が無いこととはいえ、良い成績を取っておけば卒業後に取れる選択肢が増えるはずだからな。
……結果が出る前ではあるが、とりあえずおめでとうと言わせてもらうよ」
そんな二人のことを微笑ましげに眺めながらハクトがそう言うと、ユウカは、
「ありがとうございます!」
と、その言葉に対する礼を口にして……更にもう一度、
「本当にありがとうございます!!」
と、勉強を教えてくれたことに対する礼を口にする。
するとハクトは静かに頷いて……報告が終わったならと踵を返して台所へと戻ろうとするが、それをユウカが慌てて引き止める。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!
話が、話がまだあるんです!!
改めてと言いますか、何と言いますか……お二人にお礼をしたいので、明日鶴万代街の方へ遊びにいきませんか!
そ、そこで美味しいご飯食べたりとか、色々と必要なお買い物したりとか……悪くないと思うんですよ!
あ、もちろんご飯は奢りますので、どうですか! 明日!!」
慌てて顔を強張らせてそう言うユウカに、ハクトは顎に手をやり「ふーむ」と声を上げながら頭を悩ませる。
明日の予定は特に無い。
大掃除は何もすることがないからと思いついたことでしかなく……どうしても明日やらなければならないことでもない。
鶴万代……この市で一番の繁華街であるあの辺りなら、幻獣が入れる飲食店も多いだろうし……この辺りでは買えない家具家電を買うことも出来る。
「……なるほど、それは悪くないな」
と、ハクトが思ったことをそのまま口にすると……ユウカはそれを了承の挨拶を受け取って、強張らせていた顔に先程以上の満面の笑みを咲かせる。
「じゃ、じゃあ明日! 朝9時からお出かけしましょう!
先輩とグリ子さんと、私で!!
グリ子さんもそれで良いよね?」
グリ子さんに抱きついたままのユウカがそう言うと……グリ子さんは半目になって『本当にそれで良いの? 私が一緒に行っても良いの?』とでも言いたげな表情をしてから……二人が……いや、ハクトがこの町を出るというのなら着いていくべきだろうと考えて、こくりと頷く。
そんな様子を見てハクトは、二人に気付かれないよう、小さく長いため息を吐く。
ハクトとしてはまだまだ検討の段階であり、返事をしたつもりは全く無かったのだが……ユウカだけでなくグリ子さんまでが乗り気となってしまっては仕方ない、今更行かないとは言えないだろうと、そんな意味を込めたため息で……そうしてハクトは、
「では、明日9時に」
と、返す。
それに対し何度も何度も頷いたユウカは……早速明日のための準備だと立ち上がり「では、これで失礼します!」とそう言って、玄関から駆け出ていく。
その後姿を見送り、玄関のドアをしっかりと閉めたハクトは……何はともあれまずは夕食を食べるかと、台所へと向かうのだった。
翌日、朝8時50分。
そろそろ時間かと、薄手の白トレーナーにベージュのズボンという、なんとも無難な格好をしたハクトが玄関へと向かう。
その後を不満そうな『もうちょっと良い格好をしたらどうか』とでも言いたげなグリ子さんがチャッチャと鉤爪を鳴らしながら追いかけていって……玄関のドアを開けて外に出ると、ゆったりとした白いシャツに小さな肩掛け鞄、黒白の縞スカートに黒タイツという、普段あまり見せない格好のユウカが立っていた。
玄関の前に立ったまま、呼び鈴を押すべきかどうすべきか悩んでいたらしいユウカが目を丸くしていると、靴を履いたハクトは一言、
「よし、行くとしようか」
と、事も無げにそう言って歩き出そうとする。
「クキュン!!」
そんなハクトの背中を『気の利いたコメントくらいしたらどうか』と言いながらグリ子さんがそのクチバシでつつくが、ハクトはつつかれながら一体何のことやらと怪訝そうな表情で首を傾げるのみで、その意図に気付く事ができない。
そしてそんな二人のことを見やった……普段とは違って薄化粧をしているユウカは破顔して「あっはっはっ!!」と大きく笑い……笑いながらタタタッと駆け出す。
駆け出してハクトの前に出て、道路に出て……そうしてバス停の方を指差したユウカは、
「ほら、早く行きましょう行きましょう!!」
と、雲ひとつない青空によく似合う笑顔でそんな声を上げるのだった。
お読み頂きありがとうございました。