独立
それからサラダが届き、唐揚げが届き……それらを食べ終える頃にお茶が届き。
入浴、マッサージ後の食事をたっぷりと堪能したなら、そのまま休憩モードへと突入する。
この休憩所は食事も出来るし、寝ても良いし、隅にあるテレビをまったりと楽しんでも良い場所とされていて……ハクトはゆっくりとお茶を楽しみ、グリ子さんは仰向けとなって四本の足を投げ出し、スヤスヤと寝息を立て始める。
グリ子さんがそんな風に、人前でだらしない姿を見せることは普段ならまず無いことだったのだが……この休憩所は温泉を循環させての床暖房となっていて、その暖かさを堪能したいという欲求が勝った結果であるらしい。
それならいつものように寝て腹で暖かさを感じても良いのではないかと思ってしまうが、足を投げ出した方が放熱が上手くいくというか、蒸れずに済むらしく、合理的な判断を経てその体勢だった。
そんな体勢のグリ子さんは、すっかりと熟睡モードに入ったのか寝息を深くしていって……かぎ爪のある足二本と肉球のある足二本、だらりと左右に垂らしゆっくりと垂らし、段々と球体を維持できなくなり……まるでまんじゅうのように潰れていく。
そうしてグリ子さんを知っている人が見ても、本当にグリ子さんなのかどうか分からない物体となった所で、ハクトがそっと手を伸ばし、グリ子さんの前足の肉球をふにふにと撫で押す。
特に意味があった訳ではない、ただなんとなくそうしたかっただけなのだが……風呂上がりなこともあってかその手触りは極上で、ハクトは思わず夢中になって肉球を撫で推し続ける。
そのことに気付かずグリ子さんは眠り続け……どれだけそうしていたか、10分以上は経った所で、グリ子さんの羽毛が蠢き始める。
グリ子さんが身悶えしているとか、身震いしているとか、そういった様子とも違うどこかで見たことのあるようなその動きに、ハクトは驚き半分興味半分で蠢く羽毛へと手を伸ばす。
するとだらけ過ぎて潰れまんじゅうとなったグリ子さんの羽毛の中からひょこりとミニグリ子さんが現れて、伸びてきたハクトの手に体をこすりつけて甘え始める。
「……ミニグリ子さん? グリ子さんが意識を失っている時でも出現できるんだ……というか、自立しているんだ?
いやまぁ、今までも意思みたいなものがありそうな動きはしていたけども……。
で、今日はどうしたんだい?」
と、ハクトが話しかけるとミニグリ子さんは、座卓の上へとぴょんと跳び……そこで閉じられているメニューをコココッとクチバシでつつく。
「うん? メニューが見たいのかい?」
と、そう言ってハクトがメニューを開いてみせるとミニグリ子さんは、メニューのページをめくれと指示を出し……ハクトがめくっていくと刺身盛り合わせの所で反応を示し、その写真をコココッとつつく。
「刺身盛り合わせが食べたいのかい? いやまぁ、全然構わないけども……良いのかい? グリ子さんが寝ている間に食べてしまって?」
グリ子さんの一部であり、一心同体のような存在であり……ミニグリ子さんが食事をするということはグリ子さん本体が食事にするのと同義なのだが、それでもミニグリ子さんは気にした様子もなく、コココッとメニューをつつく。
それを受けてハクトは仕方ないかと頷き、手を挙げて店員を呼び……そうして注文を済ませる。
すると盛り合わせが届くまでの間に、どんどん羽毛が蠢きミニグリ子さんへと変化していき……座卓があっという間にミニグリ子さんまみれの、賑やかな席となる。
「……皆で食べるつもりだったのか。
一皿で足りるのかい? それとも追加注文するかい?」
10か20か、その間の数となっていると思われるミニグリ子さんを見てハクトがそう言うと、ミニグリ子さん達は全員で一斉にフルフルと体を左右に振り、一皿で十分だと示してくる。
それで良いならとハクトはそれ以上何も言わず、お茶へと意識を戻し……そうこうしていると、写真よりも豪華に見える大皿に乗った刺身盛り合わせが届く。
「……えっと、醤油はいるかい? わさびも必要ならとかすが……ああ、いらない? そのままで良い? 分かったよ」
ハクトの言葉とミニグリ子さん達の仕草での会話がそんな風に展開され……会話が終わるとミニグリ子さん達は、大皿をぐるりと囲うように陣取り、外側から一切れずつ刺し身を食べていく。
小さなクチバシでパクッと咥えて、少しずつずるずると吸い込んでいき……一切れ全てを口の中に入れたならモグモグと咀嚼する。
ミニグリ子さんの体格からすると一切れでも十分な量であるらしく、また味も素材の味そのままでも満足出来るものらしく、刺し身一切れで大満足、こんなに美味しいものがあるものかと、ミニグリ子さん達はそんな顔を浮かべながらごくりと飲み下す。
「グリ子さんはタコが好きで、ミニグリ子さん達は刺し身が好き……。
いや、タコが嫌いという訳ではなく、刺し身のほうがより好き、という感じなのかな?
ふぅーむ……親子? で好みが随分違うものなんだなぁ」
その様子を見てハクトがそんなことを呟く中、ミニグリ子さん達はどんどんと刺し身を食べていき……綺麗に食べ上げたならつまもの、大根やニンジンの千切りと大葉なども綺麗に食べていく。
「ああ、つまも味付けなしで食べるんだねぇ。
俺は刺身醤油を少しだけかけたつまも好きなんだけど……っと、グリ子さんがそろそろお目覚めかな?」
潰れすぎてせんべいのようになりつつあったグリ子さんが、潰れまんじゅうに戻り、まんじゅうに戻り、段々と球体を取り戻そうとしているのを見てハクトがそんな声を上げると、何故だかミニグリ子さん達が大慌てでグリ子さんの羽毛の中に戻っていく。
どういう訳か、グリ子さんに食事をしていたと知られたくないらしいミニグリ子さん達が羽毛に潜り、羽毛に同化し……グリ子さんと一体となった所でグリ子さんの目がぱちっと開き、体がぐらぐらと揺れ始め……段々と揺れを大きくしていき、その反動でもって一気に起き上がる。
そうして翼を広げてのポーズを決めたグリ子さんは、座卓の上へと視線をやり……ああ、そう言えば皿が残っていたな、何か上手い言い訳でもした方が良いのかな? と、そんなことをハクトが考えていると、座卓の上から「キュッ」と声が上がる。
「うん?」
なんで座卓の上から? しかも今の声はグリ子さんの声ではなかったような?
と、そんなことを考えながらハクトが視線をやると、座卓の上にはミニグリ子さんが……緑色の毛をした一体がいて、どういう訳かグリ子さんに戻らなかったらしいミニグリ子さんを見て、グリ子さんとハクトが首を傾げる中、何故だかミニグリ子さんまでが首を傾げる。
そうして首を傾げたミニグリ子さんは首を傾げながらもグリ子さんの中に戻ろうとグリ子さんの羽毛めがけて跳躍する……のだが、一体全体どういう訳がグリ子さんの羽毛にぽよんと弾かれ、座卓の上へと押し戻されてしまうのだった。
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