マッサージ堪能
土曜日、仕事を終えての午後1時。
仕事場を後にしたハクトとグリ子さんは、いつものように真っ直ぐ家に向かう……のではなく、出来たばかりのスパ施設へと足を向けていた。
「クッキューン」
「うん? 風切君は、親戚関係とかで用事があるみたいだからね、仕方ない」
その中でグリ子さんが今日はユウカはいないの? と、問いかけるとハクトがそう返し……グリ子さんは、
「クッキュン」
そっか、氏族との会合は大事だよね。
と、そう返す。
「合っているような、間違っていないだけのような……。
っていうか氏族って……。
ま、まぁ、王朝があるみたいだし、氏族くらいは存在しているのか……」
ハクトはそんなことを言いながらグリフォン世界に思いを馳せていると、グリ子さんはその様子に気付くこともなく、軽快なスキップでもって足を進め……ポヨンポヨンとその球体の体を揺らす。
よほどにスパが楽しみなのだろう、その足取りはどんどん軽くなっていき……まるでゴム毬のように跳ねながら道を進んでいき……そうやって足を進めていると、正面にスパ施設が見えてくる。
レンガ調の柱が支える黒く大きい屋根があり、それが左右に伸びていて……一階建ての施設はとにかく横と奥に長く大きく作られているようだ。
入り口にはいくつもの旗が立てられていて、オープン記念セール中との文字が踊り……大きなガラス窓から中の様子を見ると、結構な賑わいとなっているようだ。
「こんな住宅街でも結構お客さんが来るものなんだねぇ……いや、住宅街だからなのかな?
しかも幻獣も使用可能って……この辺りにはほとんど幻獣がいないのに、それ用の施設とスタッフを揃えるなんてなぁ。
……なんとも挑戦的というか、どういう狙いがあるんだろうな?」
なんてことを言いながらハクトが入り口へと足を進めると、興奮のあまりに体を縦に伸ばし、伸ばしすぎて細長くなり、身長が3m程になっていたグリ子さんは慌てて体を戻して、その反動でもって転げるようにしてハクトの後を追う。
自動ドアを過ぎてすぐにある玄関で靴を脱ぎ、靴箱に靴を預け……グリ子さんは足カバーと口カバーをし、それから受付に向かうと……グリ子さんの姿を見てか目を輝かせていた女性スタッフが元気な声を上げてくる。
「いらっしゃいませ! 幻獣とご一緒コースですね!
幻獣とご一緒コースは本施設初のご利用者様となります! 施設利用後記念品を贈呈するので受付でその旨お伝えしてください!
そしてご一緒コースには入浴だけと、マッサージ込みの全施設の利用が出来るリッチセットがありますが、どちらになさいますか!」
「えぇっと……リッチセットでお願いします。
それとタオルとかもレンタルしたいので……はい、お願いします」
ハクトがそう返しながら財布を取り出すと、スタッフの女性は慣れた様子でレジ打ちを始め……そうこうしているうちにスタッフルームから『STAFF』との文字が刺繍された館内着姿の女性スタッフがぞろそろと出てきて、グリ子さんの下へ向かい……グリ子さんの体にそっと触れてのチェックをしたり、ホワイトボードに文字を書いて、グリ子さんに詳細なコースを選んでもらったりという、慣れた様子での幻獣への接客を行う。
それを見てハクトが、ここでもこのレベルの接客を受けられるのかと関心していると、細かい計算が終わったのか料金が提示され……支払いをさっと済ませる。
「クッキュン、キュゥーン?」
するとグリ子さんがそう声を上げる。
その声には、私一人でマッサージ受けてくるから、ハクトは入浴を済ませてきたら? という意味が込められていて……ハクトは少しだけ躊躇をする。
「いや、しかし……グリ子さん一人で大丈夫かい? マッサージくらい終わるまで待っているが……」
「キュン! キュッキュン!」
「まぁ、確かに慣れたスタッフがいるみたいだし、任せてしまっても平気そうだけども……。
いや、うん、分かったよ、なら俺は男湯でゆっくりしているからグリ子さんもゆっくり楽しんでおいで。
追加で受けたいサービスがあったら受けて良いからね、遠慮はしないように」
「キューン!」
そんな会話を終えるとスタッフがサービス中の幻獣の扱いについてや、何かあった時のための連絡の仕方を説明してくれて、それから召喚主からの注意事項などについての聞き取りも行ってくれ……ハクトもこれなら安心だろうと、安堵のため息を吐く。
まぁ何かあったとしてもグリ子さん自身で解決出来るのだろうし……誰かが悪意なんて持った瞬間に、グリ子さんの力が発揮されるはず。
それならばあれこれと心配をする必要はないはずで……ハクトはグリ子さんと別れ、男湯へと向かう。
男湯の人間だけのエリア……幻獣と一緒に入れるエリアとはまた別の、落ち着いた雰囲気のエリアへと向かい、脱衣所で服を脱ぎ入浴エリアへと足を進める。
地下水を汲み上げ熱したその湯は、ハクトの思う天然温泉ではなかったものの、法的には十分な温泉成分を含んでいるとかで温泉扱いされるらしく、そこら辺の能書きが入ってすぐの壁に貼り付けられている。
それを読み進めてみると、どんな効能があるかも書かれていて……それを丁寧に読みふけったハクトは、湯気まみれの中を進み、体を洗い髪を洗い、全身を綺麗にした上で誰もいない湯船に浸かり……ゆっくりと体を休ませる。
それから水風呂を挟んで露天風呂に向かい、露天風呂と景色も堪能し……一時間たっぷりと楽しんだなら、脱衣所で館内着に着替え、自動販売機で牛乳を買っての水分補給を行い……それから飲食が出来る上に幻獣との合流場所でもある休憩所へと足を向ける。
そこでまた牛乳と、そのお供としてサンドイッチを注文し……それらをゆっくりと楽しみながらグリ子さんがやってくるのを待つ。
休憩所隅に置かれた大きなテレビを見ながらゆったりと……一時間、眠くなってしまう程の時間を過ごしていると、女性スタッフの「おまたせしましたー!」との声が聞こえてきて……トストスとスリッパを履いているらしい何かの足音が聞こえてくる。
ハクトがそちらに視線をやると、そこには巨大な毛玉の姿があり……最初ハクトはそれがグリ子さんであるとは理解できなかった。
まず大きい、羽毛をふわふわにしてもらったからか、大きく膨らんでいてグリ子さんと思えない程に大きい。
そして羽毛が何をしたのかつやつやで……蛍光灯の光を反射していたりもする。
更にはグリ子さんのまつ毛が整えられて上に高く長く伸びていて……目元には化粧をされたらしい形跡まである。
「クッキュン」
そんな姿で側までやってきたグリ子さんは「うっふん」とでも言いたげな様子で艶めかしい? ポーズ? を取ろうとしてきてその丸い体をよじらせる。
「き、綺麗になったね」
それを受けてハクトは、どうにかこうにか笑いをこらえてそう返し……それを受けてグリ子さんはとても満足げに頷き、これまた艶めかしい姿で側に座り……そしてすぐにメニューにあるタコワサの写真を見つけてその部分を、これでもかとカバーのついたクチバシでもって突きまくるのだった。
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