一方その頃、不動産屋での光景
――――竜鐙町のある不動産屋で
もう随分と長いこと竜鐙にて商売をしている、ある不動産屋の事務室にて、似たような茶色のズボン、茶色の上着姿の二人の男が、椅子に腰掛け向かい合いながらお茶をすすっていた。
一人は太り気味の高齢男性、何かをどうにかしようと毎朝作り出しているバーコード頭が輝くこの不動産屋の社長だった。
もう一人は社長の同い年の男友達、何かを諦めてその頭の毛全てを剃った細面の竜鐙町の町会長だった。
そんな二人は昔から暇な時間を見つけてはそうやって集まり、どうでも良い内容の雑談に花を咲かせていた。
「最近なんだか町の様子が変だねぇ」
「ああ、そうだねぇ、最近なんだか……妙なくらいに平和だねぇ」
もともと竜鐙は静かで平和な……特にこれといった特徴のない町である。
事件事故などもそうそう起こらず、話題に上がるのは何処何処の夫婦が喧嘩した、姑嫁が喧嘩したと、その程度のことだったのだが……最近はその程度のことすら起こらなくなっている。
それ自体は全く悪いことではなく、良いことなのだが……ここまで何も起こらないと、それはそれでおかしいというか、変というか……長年この町に住んでいる二人としては違和感を抱かずにはいられなかった。
「佐藤さんとこは奥さんが懐妊したことで急に夫婦円満になって……田中さんとこの姑嫁戦争も旦那の介入で終戦し和平が締結。
商店街の景気が良くなったからか、皆幸せそうだし……こんなにも話題になることが無いなんてのは、初めてのことかもしれんなぁ」
そう社長が言うと、町会長はうんうんと頷いてから……事務所の入り口近くの、ガラス窓に貼り付けてある物件情報を見やって声を上げる。
「そういうアンタのとこの商売はどうなんだい?
景気は良いのかい?」
「あー……それがまた順調も順調、しばらくはあくせく働かなくて良さそうなんだよねぇ。
預かっているマンションやアパートは全部満室、土地も家もほとんどさばけちゃって、居住者同士のトラブルなんかもないし……支払い遅延なんてのも起こってない。
表に張ってあるのは全部付き合いのある別の会社が管理している物件ばっかりでねぇ。
……満室が過ぎて扱う物件がなくなっちゃったのは、それはそれで問題なんだけど……収入は十分にあるし、当分は暇できるだろうねぇ」
「そいつは良かった。
……しかしあれだね、その話で最近この辺りが妙に平和なのにも説明がついたかもしれないね。
景気が良くて皆に仕事があって、不安に思うことがないから喧嘩もしなくなる。
喧嘩をしないですむから毎日の仕事をがんばれて、結果景気が良くなる……うんうん、良い好循環じゃないか」
「でもねぇ、町会長、変な話なんだよ?
景気が良いっていっても、それはこの竜鐙に限った話なんだからねぇ。
この町から離れてちょっと行けば良くもなく悪くもなく普通の景気だし……全国レベルでみても、景気が良くなるような理由なんてないし……。
ただこの竜鐙だけが景気が良くて、その恩恵で隣町なんかもちょっとだけ良い景気になってるんだけど……一体全体どうしてそんなことになってるのやらねぇ」
「……んー……あれじゃないかい。
この町だけ景気が良くなってるってんなら、この町に金払いの良い誰かが住み始めたとかじゃないかい?
以前もそんなことがあったんだよ、芸能人の大金持ちが引っ越してきたら急に景気が良くなったって話。
その人がまた町内にお金を落としてくれる人でねぇ……良いもん食って良い酒飲んで良い家電を買い漁って……。
もうその人は余所に引っ越しちゃっていないんだけど、そういう人がこの町にまた来てくれたのなら、納得のいく話だよ」
そう言われて社長は顎を撫でながら「ふぅーむ」と唸る。
唸って台帳を取り出しひざの上に乗せ……ちょいと舐めた指先でもってパラパラとめくり始める。
「でもねぇ、そんな金持ちが引っ越してきたなんて話、とんと聞いてないんだよねぇ。
その芸能人のことは俺も覚えてるけど……あの家はもう解体されて、土地もいくつかに分けて売られちゃったし……後はどこも平凡な民家だけ。
最近引っ越してきた人も……普通の学生さんか普通のサラリーマンばかりだしねぇ」
「……最近、そうか、最近か。
最近引っ越してきた人って言えばほら、例の幻獣を連れている彼なんかどうなんだい?
幻獣を連れているくらいだから、相当なお金持ちなんじゃないかい?」
「んー……どうだろうなぁ。
あの家の貸し借りには絡んでないからよく分からないんだけど、あの家もそこまで良い家じゃないようだし……色々家具を買ったとは聞いているけど、所詮は若者の一人暮らし、そこまでの買い物をしたとまでは聞いてないねぇ」
「おや、そうなのかい。
てっきり彼のおかげかと思ったんだが……。
まぁでも、町に幻獣がいてくれるっていうのはそれだけでありがたいもんだねぇ、どんな力を持っているのかは知らないけど、何かすんごい力は持っているんだろうし、いざという時には頼りになってくれそうだからねぇ。
うちの孫もあの幻獣のことを気に入っちゃったようで、毎日のようにあの幻獣の話をしてくれるんだよ」
と、二人がそんな会話をしていた時だった。
ガラガラとガラス戸が開けられて……一人の男が事務所の中へと入ってくる。
「ああ、いらっしゃ……ってなんだアンタ!?」
それを受けて挨拶をしながら戸の方へと視線をやり……その男の姿を見た社長が思わずそんな大声を上げてしまう。
それも当然のこと、黒いスーツ姿のその男の頭からは血が流れていて、そのスーツも酷いくらいに泥に汚れていて……スラックスには泥ではない茶色の何かまでがこびりついてしまっている。
そこから漂ってくる酷い匂いに顔をしかめた社長は、すかさず立ち上がり警察に電話しようと、事務所の壁にかけられている電話へと手をのばす。
「ま、まて、待ってくれ……わ、私は不審者ではない。
た、ただ人探しをしているだけで……」
それを受けてガラス戸に寄りかかりながら、フルフルと震える男がそんなことを言ってくるが……構わず社長は受話器を握り、中央の回転盤ダイヤルへと指をかけ、ジーコとダイヤルを回す。
「や、やめてくれ!?
よ、ようやくここまでこれたんだ、ようやくこの町に足を踏み込めたんだぞ!?
道路を歩いて入ろうとしたら強風と共に木の枝や石ころが襲いかかってきて、橋を渡ろうとしたらカラスが大群で襲いかかってきて……野良猫に野良犬にネズミに蜂までが連携して襲ってきて……そんな風に必ず何かが起きてこの町に入ることができなくて……!
10日目にしてようやく、ようやくここまでこれたんだ! 頼むからまずは話を……探し人の情報を……!」
血走った目を見開きながらそんなことを言ってくる男だったが、社長も、座っていた椅子を構えて男を迎撃しようとしている町会長もその言葉に耳を貸そうとしない。
そもそもなんでもない町であるこの竜鐙でそんなおかしな、訳の分からないことが起きるはずもなく、二人は目の前の男を頭がおかしい変質者だと決めつけて、警戒感を高めていく。
「た、頼む。
私は怪しい者ではない! 矢縫の家に雇われた者で、最近この辺りに引っ越してきた矢縫の家の―――」
更に男が言葉を続けるが、社長は全く構うことなく110番を回し終えて……「変質者の強盗がうちの事務所に!」との通報をし始める。
それを受けて男は悔しげに歯噛みをし、社長と町会長のことを睨みつけるが……ここで騒動を起こしても目的達成は遠のくばかりだと、仕方無しにここでの情報を諦めて踵を返して事務所から出ようとする。
……が、事務所の外にはたまたま通りかかったらしい警察官が……近くの交番に勤めるベテランのおまわりさんが仁王立ちになっていて……酷いまでに薄汚れたボロボロの男と、怯えながら警察に通報している社長と、これまた怯えながら椅子を持ち上げ構える町会長を見やる。
そうしておまわりさんは至って冷静に「現行犯だな」との一言を口にしながら、慣れた手付きで腰のベルトから手錠を外し、構え……構えた手錠を男の両手にがちゃりとかけてしまうのだった。
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