スパ施設
それから数日が経って……仕事を終えてハクトとグリ子さんが自宅に帰宅すると、見慣れないチラシが郵便受けに押し込まれていた。
こういったチラシは早朝、新聞と一緒に来るものなのだが……出社中に来るとは珍しいなと、それを手に取ったハクトは、家へと入りながらチラシを開き、簡単に目を通す。
するとそこには明後日、かなりの近所で幻獣も入ることが出来るスパ施設が開店すると書かれていて……こんな住宅街にスパとは珍しいなとハクトは小さく驚きながら、そこまでの興味を抱かず、そのチラシはそっとリビングのソファ前にある背の低いテーブルに置く。
それから手洗いうがいをし、商店街で買ってきた品々を冷蔵庫にしまい……それからグリ子さんの鉤爪や肉球を綺麗にしてと、いつも通りに特に何もない一日として時間を過ごしていく。
帰宅後のお手入れをしてもらったグリ子さんは、ベッドに行こうか庭に行こうか悩んだ上で、あえてソファに向かい、グリ子さんとしては少し狭いソファに自分の体を押し付けてちょこんと座る。
まんまるな体を歪めて潰して、それを楽しみながら周囲を見回し……そうして目の前の机の上のチラシに視線をやって……じっくりと目を通し始める。
新聞やチラシに目を通すのもグリ子さんにとっては趣味みたいなもので……丁寧にじっくりとそのチラシの内容を読んだグリ子さんは、次第に目を見開き輝かせ、ワクワクとし始める。
そのスパ施設は地下水を汲み上げ沸かした温泉に入ることが出来る施設だそうだが、それ以外にも岩盤浴やマッサージ、お灸なんかも楽しむことが出来るらしい。
幻獣用と銘打っているだけあって、岩盤浴もマッサージも、お灸も幻獣用のものが用意されていて……特にグリ子さんはマッサージの部分に心を奪われる。
そんな施設にいかなくともハクトが毎日ブラッシングをしてくれているし、マッサージに近いこともしてくれている。
……だが、プロの技は全くの別物のはずで、ハクトのそれよりも気持ちいいはずで……それを1時間、あるいは2時間コースでたっぷり堪能出来るというのは、とてもとても、グリ子さんの心を強く惹きつけていた。
「クキュン! クッキュン!!」
そうしてグリ子さんは、台所で夕食の準備をしていたハクトに「行きたい! ここに行きたい!」と声をかける。
「あー……うん、暇な時なら行っても良いかな! とりあえず細かい話は夕食の時にしよう!」
すると準備で忙しいのかハクトはそんな声を返してきて……それを受けてグリ子さんは、一応の納得をし……ソワソワしながら夕食の完成を待つ。
ソファの背もたれにグイグイ体を押し付け、どんどん丸い体を潰していき……そうしながら体を左右に揺らしてソワソワとし……。
ある程度の準備が終わり、配膳を始めたハクトがそんなグリ子さんの様子を見てギョッっとする、なんて騒動もありながら順調に夕食の準備は完了し……ハクトはテーブルに、グリ子さんはいつもの場所へと移動しての食事が始まり、そして食事をしながらのスパ施設についての会話が始まる。
「グリ子さんはしっかり働いていて、稼いでもいるし、休日に行きたい所があるならいくらでも行って良い訳だし、付き合うのも全然OKだよ。
チラシを見る限りオープン記念でかなりお安く楽しめるみたいだしねぇ……何なら風切君を誘って女性だけで行ってきても良いし、グリ子さんの好きな形で行ってみるといいよ」
「クッキュン? キュン?」
ハクトがいなくても問題ないのか? という問いをグリ子さんが投げかけるとハクトは、
「近所だからね……事前に許可をとればグリ子さん一人でも構わないだろうし、これだけ近所だと一度だけじゃなくて二度、三度と行くことになるだろうから、色々な楽しみ方をしてみると良いよ。
この地図を見る限り、ここから徒歩で……5分かな? それくらいの距離になるからねぇ。
いや、ほんと、これだけの施設をなんでこんな住宅街に作ったんだろうねぇ」
入浴施設にマッサージ専用施設、岩盤浴に食事処。
食事処も焼肉店、中華、カレー専門店と様々あり……更にはゲームセンターにビアガーデンまでがある。
そんな大規模スパ施設なら当然駅近くとかに作られるものなのだが、それが何故かこんな住宅街に……空き地の目立つ程々の町に作られることになったのやら。
「まぁー……確かに空き地があって、広い施設を作りやすかったんだろうけど、地下水を汲み上げるとかどうとかも、色んな調査や許可取りが必要だったんだろうし……。
……うん? いや、そんな工事しているの見かけたことあったかな?
地下水を汲み上げるってそう簡単な話じゃなかったような……温泉とかも汲み上げ施設となったら、塔のように高い施設が必要だったような……?
いやまぁ、専門家じゃないからはっきりしたことは言えないけど、いつの間に作ったんだ? こんな施設……」
と、ハクトがそんな、独り言に近いことを言っていると、夕食を食べ上げたグリ子さんがチラシをハクトの足元へと持ってきて、ここを見ろとクチバシでつついてみせる。
それを受けてハクトはチラシを拾い上げ、グリ子さんにつつかれ小さな穴が開いた部分へと目を通し……そこに書いてある『幻獣が作り、幻獣の力で運用される、幻獣のためのスパ施設』なんて文言に気が付く。
「……なる、ほど。
幻獣の力で工事を終わらせ、汲み上げも幻獣の力でやってしまっているのか。
……もしかしたら岩盤浴とかも幻獣由来の熱でやっているのかな?
ふぅむ……もしかしたら例のタコ騒動から目をそらすため、ストレス緩和のために町や政府が作られた施設なのかもしれないな。
……そうすると……国中にこんな施設が作られているのかもしれないなぁ」
「クッキュン、キュゥーン? キュゥーーン?」
チラシに対してハクトがそんな感想を口にする中、グリ子さんはそんなことよりもいつ行く? 誰と行く? どのくらいの時間かけて行く? と、そんな問いを投げかける。
その表情はもう今すぐにでも行きたいと、そう訴えかけてきていて……それを受けてハクトは、
「じゃぁ今度の土曜日、仕事が終わったら行ってみようか。
土曜なら半日仕事だし……仕事で疲れた体をリフレッシュの方が、きっと楽しめるはずだよ」
そう言われてグリ子さんは満面の笑みとなり……、
「クッキュン! キュン! キュンキュキュン!」
と、そんな声を上げながら喜びのあまりに、ゴムボールのようにリビングの中を跳ね回るのだった。
お読みいただきありがとうございました。




