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毛玉幻獣グリ子さん  作者: ふーろう/風楼
第三章

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釣り


 それからハクト達は、週末までをいつも通りに過ごしていった。


 仕事を真面目にし、仕事を終えたなら家事をし……そんな中グリコさんとフェーは釣りの練習を続けて……土曜日。


 半日の仕事を終えたハクト達は帰宅するなり翌日となったタコ釣りの準備をしていく。


 着替えを用意し荷造りをし、場所を再確認、電車の時間も確認して……そうして早めに寝る準備を整える。


 明日は始発で海へ向かう、駅までの移動や準備を考えるとその一時間前には起きている必要があり……まだまだ眠くはないが、それでもハクトもグリ子さんも自らの寝床へと入っていく。


 眠れないのだとしても瞼を閉じて体を休めるべきだろうと、そう考えてハクトは2階の自室のベッドで、グリ子さんはリビングのベッドで瞼を閉じ……数分後、不思議なことにハクトもグリ子さんも、深い眠りへと落ちていく。


 そして……夢の世界へと入り込んだハクトは、夢の世界の中で人影と出会うことになる。


 夢の世界は石造りの港だった、波の音が聞こえて鳥の声が聞こえて……そんな港に立つハクトの前に、黒なのか灰色なのか、はっきりとしない色をした人影がいて……ハクトはその人影の正体を確かめようとするが、夢の中の世界だからか人影がはっきりと見えることはなく、正体は分からないままだ。


『やぁ』


 そしてそれが声をかけてきて……ハクトは今いる場所が夢の世界だと気付かないまま、なんとなしに頭を下げての礼をする。


『君は本当に分かっているよね、ここで釣りに行くなんてさ。

 釣り竿を使ってくれないのは残念だけど……それでも釣りは釣りだからね。

 次の機会があったらタイを釣ろうよ、タイ……タイは良いよ。

 ああ、それと使わないのだとしてもあの竿は持っていくと良いよ、いつまでも飾ってあるだけじゃぁ可哀想だからね』


 人影にそう言われてハクトは訳が分からず首を傾げ……ぼんやりとした夢の世界の中で、どうにかこうにか頭を回し思考をし、言葉の意味を理解しようとする。


 そして……数秒の後に言葉の意味を嫌という程に理解したハクトは真っ青になり、冷や汗を全身に浮かべて、そして膝を突いての平伏をしようとする。


『ああ、うん、良いから良いから、ここは君の夢の中な訳だしね。

 それでも敬ってくれるのなら、あの竿を持っていって……そしてタコの一匹でも神棚に供えてくれたらそれで良いよ。

 生じゃなくて茹でて、切り分けた状態が良いかな、醤油とワサビも忘れずにね。

 あとはタコに合う酒もあると良いかな……まぁ、君はあまり飲まないから、そういうのは分からないかもね、だから適当な銘柄で良いよ』


 更に人影はそう言葉を続けて……ハクトはただ頷き、言葉の通りにすると示す。


 もしタコが釣れなかったら? なんてことを考える必要はないのだろう……釣り人が望む最高かつ最強の加護があるのだから。


 目の前の人影の力が宿る竿を持っていきさえすれば、大漁になるのは確実で……それはそれで面白くないのかもしれないが、全く釣れないよりはマシではあるのだろう。


『よしよし……なら後はゆっくり休むと良いよ。

 目覚ましが鳴る寸前まで熟睡出来るようにしてあげたから、目覚めはすっきり、体力も気力も満ちた状態で釣り場にいけるはずさ。

 じゃぁ……また会うことがあるかは分からないけど、またね』


 と、そう言って人影が去っていき……港にいたはずはいつの間にやら自室に戻っていて、すぐ側にベッドがあり……そこに横たわると一瞬で意識が落ちる。


 そして目覚めるとすぐに目覚まし時計のベルが鳴り……ベルを止めてカーテンをあけると、薄暗いながらも雲ひとつ無い快晴の空が広がっている。


 これもあの方の……ブキャナンの言う所の『おべっさん』の力なのだろうか? なんてことを考えながら起き上がり、部屋を出て階段を降りて、身支度を整えていく。


 それから荷物の整理をし……神棚と仏壇のある部屋に安置していた竿を念のため用意しておいた袋に入れて、袋をリュックの脇に縛り付けてしっかり固定して……それを背負って準備完了。


 ようやく目覚めたグリ子さんに簡単なブラッシングをしてあげたなら、外行きのマントやらかぎ爪カバーなどを着せてあげる。


 それらが終わって家を出ると同じく準備を整えたユウカとフェーが待っていて……一同逸る気持ちを抑えながら駅へと向かう。


 そうして電車に乗ったなら、駅の売店で買った駅弁で朝食を済ませ……そこまで美味しくはない駅弁だったが、外出が楽しく釣りが楽しみで胸が高鳴っている状態なら、それすらも楽しめて……ご機嫌となったグリ子さんとフェーとユウカが騒ぐ中、ハクトはどうにかそれを宥め……そうこうしているうちに目的地に電車が到着する。


 電車を降り駅から出ると、ユウカとフェーが我慢できなくなったのか駆け出し……ハクト達のことを早く早くと急かしてくる。


「大丈夫だから……しっかり予約をしているし、焦る必要はないよ」


 と、そう返したハクトは市が運営している釣り場へと向かい……入場料を払ったなら、係員の説明をしっかりと聞いた上で釣り場へと向かう。


 そこは波止……大きな波が来た時にそれを受けとめるためのコンクリート作りの堤防で、釣りのために用意されたものではない。


 長く長く真っ直ぐに伸び、幅は10m程。


堤防の左右に……外海に面した側と内海に面した側に竿を出すことができ……今いる釣り人のほとんどは外海側に竿を出している。


 係員の説明によると、その方が大物が釣れるらしい、そしてタコは内海側にいることが多いそうで……ハクト達は誰もいない内海側に荷物を置いて仕掛けの準備をしていく。


 大きなフックにカニの形をした疑似餌を縛り付け、そのフックを釣り糸に繋ぎ……釣り糸を巻き付けた木の板のような道具を手に持って構える。


 あとはフックを海に沈め、右に左に歩いて海底を引きずっていればタコが食いついてくる……らしい。


 あくまで聞いた話でしかなく、本当にこれで合っているのか? と、そんな疑問を抱きながらも一同は仕掛けを海に落としていく。


 そしてハクトはそうしながらフェーの体を仕掛けに操る糸を伸ばし……フェーだけ仲間はずれは可哀想だからと、まだまだ小柄なフェーでも上手くタコ釣りが出来るよう、サポートをしていく。


 仕掛けを海に落とし、海底に到着したのか動きが止まり……教わった通りに歩いて仕掛けを引きずろうとした、その時。


 全員の仕掛けに同時に、ぐぐっと重く、それでいて蠢くような感触が伝わり……そして一同は同時に、本能的に仕掛けを持ち上げる。


 すると糸は確かな重さと生命感を手やクチバシや口に伝えてきて……一同は大慌てで仕掛けを巻取り始めるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あの御方にお供えを催促されてたけど、その前の「わかってる」って言葉に不穏な感じがする)(^_^; 何が釣れるのか怖いね。
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