練習と準備と
釣具店での買い物と情報収集を終えて帰宅すると……早速グリ子さんは、買った仕掛けをハクトに開封してもらい、クチバシで咥えての練習を始める。
硬めの木材で作られたそれにはクチバシなどで掴みやすいようにと取っ手があり、糸を巻きつけるための仕組みがあり……そこに巻かれた糸に疑似餌付きのフックを付けたなら完成となる。
あとは海にフックを沈め、上手く動かしたなら海底にいるタコが食いつくというもので……グリ子さんはその時のことを想定しながら、賢明に仕掛けを振り回す。
まだフックは付けていない、ただ糸が巻かれた木製取っ手でしかないのだが、それでもグリ子さんは賢明に動かし続け……ハクトはその様子を微笑ましげに眺めながら、他の道具を……救命胴衣などを開封し、実際に身につけてみて問題がないかの確認をしていく
そうやってグリ子さんは釣りの練習をし、ハクトは確認と準備をし……ある程度時間が過ぎた所で、玄関の呼び鈴が鳴る。
それでもグリ子さんは練習に熱中していて、ハクトが玄関に向かうと式典から帰ってきたらしいジャージ姿のユウカがフェーと立っていて、挨拶に来たらしいユウカはハクトが身にまとっていた救命胴衣を見て、その目を輝かせる。
「先輩! どこか遊びにいくんですか!」
運動が得意でアウトドアが大好きで、そんなユウカにとってその状況は否が応でも興奮してしまうもので……ハクトが家に上がるように促すと、物凄い勢いで靴を脱ぎ、ハクトの背を押しながらリビングへと向かい……そこに広げられた釣り道具を見て更に興奮を増していく。
「あれ!? 釣りですか!? でも釣り竿ないですね!?
あ、タコ釣りですか! なるほど!
……えーと、じゃぁ私も……私も行くんで、道具今から買ってきますね!」
興奮のままにそんなことを言って、驚き目を丸くするフェーを抱きかかえて家から駆け出ていき……夕方になる少し前、ハクト達とほぼ同じ道具を買って帰ってくる。
「フェーちゃんの体の大きさだとタコは難しいらしいんですけど、それでも仲間はずれは可哀想なので買ってきました!
で、で、で、いつ行くんですか?」
帰ってきても尚テンション高く、フェーと荷物を抱きかかえたままそんな声を上げるユウカ。
「来週の日曜日だよ、早朝の始発で出るつもりだからかなりの早起きになるね。
……それはそうとフェー君が遊びたそうにしているから離してあげたらどうかな」
ハクトがそう声を返すと慌ててユウカはフェーと荷物を離し……荷物と共に床に置かれたフェーは、未だに釣りの練習をしていたグリ子さんの下へと駆け寄り、不思議そうな目でその様子を眺めてから……真似をして体を振り回し始める。
道具も何も咥えずただ形だけ真似する形となり、一心不乱に体を振り回しているだけに見えるが、それでもフェーは楽しいのか尻尾を振り回し……二体の毛玉幻獣達が体を振り回し続けるという、一見して異様としか言えない光景が出来上がる。
そんな様子にハクトは少しだけ怯みながら準備やゴミの片付けを進め……ユウカはそんなことよりも来週のお出かけが楽しみなのか、ただただ準備に夢中になる。
そうして準備が終わり……必要な道具をアウトドアバッグに詰め込み終えて、夕食時。
「うーん……今日は何か出前でも取ろうかな」
と、ハクトがそんな声を上げたことで騒がしかったリビングの空気が一変する。
「クッキューン!!」
「出前ですか! 良いですね! 美味しいもの食べたいです!」
「わふー?」
出前と聞いてグリ子さんは以前食べた宅配ピザに違いないと、そんな声を上げる。
ユウカは美味しいものならなんでも良いという態度で、フェーはグリ子さんの言うピザってどんな食べ物? と、そんなことを聞いているようだ。
「……ならピザかな。
以前宅配してもらった時にもらったメニューがあるから、それを見て決めようか」
と、そう言ったハクトは台所へ向かい、冷蔵庫のドアにマグネットで貼り付けておいたチラシを手に取り、リビングへと戻ってくる。
そしてグリ子さん達の目の前の床に広げて……グリ子さんとフェーはそこに並ぶ数々の写真に釘付けとなって、何も言わずただただチラシを見つめ続ける。
どのピザも美味しそうだ、以前食べたピザもまた食べたいし……まだ食べていないピザも食べてみたい。
そうしてグリ子さん達は苦悩する時間を過ごすことになり……ハクトはその上からチラシを覗き込み、同じく冷蔵庫のドアに貼り付けてあったメモ帳でもってメモを取り……グリ子さん達ならこれを注文するだろうというメニューを選び、大体の合計金額を計算していく。
そんな中ユウカは、サイドメニューの辛めのチキン料理や唐揚げなどに視線をやり……ハクトからもらったメモ用紙にメモをしていき……今日の疲れ具合ならどれくらいのカロリーまでいけるかと、そんな計算をしていく。
「クキュン!」
「わふー!」
そして数分後、グリ子さん達が何を頼むかを決定し……見事ハクトの予想通りの選出となったので、ハクトはメモ帳を手に電話機の下へと向かう。
そんなハクトにユウカは無言でにっこりと笑いながらメモを渡し……ハクトはその量とメモに書かれた総カロリーに戦慄しながらも素直に受け取り、受話器を手に取り注文を済ませる。
「……量が量だから少し時間がかかるってさ。
一時間後くらいになるそうだから……それまでサラダでも食べてまっていようか。
サラダくらいなら今ある材料ですぐに作れるから……とりあえず風切君とフェー君は、手洗いうがいをすませておいで」
と、そう言ってハクトは台所へ向かい、ユウカ達は洗面所に向かう。
そしてグリ子さんはリモコン操作をし、テレビを点けてチャンネルを回して……休日夜にやっている、映画番組にチャンネルを合わせる。
映画を見ながらピザを食べる……テレビなどで何度か見かけたそれを常々やってみたいと思っていたグリ子さんは始まった映画を見ながら満足げなため息を吐き出し……それからハッとした表情となって台所のハクトに声をかける。
「クキュン! キュン!」
「大丈夫、炭酸飲料も注文しておいたよ!」
すぐにハクトから返事が帰ってきて……それを受けてグリ子さんは満足そうに頷き、テレビへと視線を戻すのだった。
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