巣作りグリフォン
お茶を飲んだショウが出かけていき、家の中が静かになり、ハクトがグリ子さんのことをブラッシングしていると、隣の家から元気な声が響いてくる。
『フェーちゃん! おかえり!』
それはユウカの声で……どうやらフェーがどこから帰ってきたようだ。
そう言えば買い物の途中ユウカがフェーがいないことについて何か言っていたような……と、思考を巡らせたハクトは、ユウカの両親が健康診断と研究のためにフェーを連れていったと、そんな話を聞いたことを思い出す。
フェーは召喚された幻獣と違ってこの世界で生まれた特殊な幻獣だ。
その研究価値は各国の研究所が大金を積み上げるようなもので……その研究をユウカの両親は完全かつ完璧に独占していた。
研究データの一部を渡すことはあるが、決してフェーに接触させないし一切の要望に応じない。
頑な過ぎるその態度はフェーと愛娘を守るためであり、研究者としての性でもあり……ユウカもフェーもそれを素直に受け入れていた。
そういった独占は両親の手に余る事態……たとえばフェーが未知の病気にかかり治すことが出来ない、なんて状態になった際には非常に困ったことになる訳だが……フェーはグリ子さんの魔力を受け継いでいる守護の幻獣、そういった事態にはならないだろうとハクトは考えていた。
楽観と言えばそうなのだが……ユウカの家にも両親の職場にも、グリ子さんの羽根が置かれており、相応の守護がされており……病如きがどうにか出来るとはとても思えなかったのだ。
特にユウカの家には特別な守護がされていて……今のところ、ユウカにもその両親にも気付かれていないことだが、ユウカの家の屋根にはグリ子さんが羽根を編んで作った『巣』があったりする。
ユウカも両親もいない時間に、地面に体を押し付けて跳ね飛んで屋根に登り、羽根を編んで巣作りをして……その巣が特別強固な結界を周囲に展開している。
恐らくそれはグリフォン本来の生態なのだろう。
子育てをするための巣、子供を守るための結界……守護の幻獣による深く力強い愛の形。
グリ子さんはそれをこっそりと作り続けていて……ハクトもそのことをユウカ達に知らせずにいる。
知らなければ余計な気を使わずにする、そちらに意識を向けずに済む……敵対者に察知される可能性が低くなるはずだと、そう考えて。
そのおかげかどうなのか、今日の健康診断でも特に問題は見当たらなかったようで……ユウカの明るい声が壁を貫通して響いてきている。
それを聞いてゆったりと休んでいたグリ子さんはソワソワとし始め……フェーのことが気になって仕方ないらしい。
「明日になればまた会えるよ」
そう言ってハクトが頭を撫でてあげるとグリ子さんは目を細め、落ち着きを取り戻した……かに見えたが、明日に会えるならすぐにでも寝て明日を迎えようとハクトのことを急かし始める。
「クキュンクッキュン、キュキュン」
ほら風呂に入れ、さっさと歯を磨け、寝床の準備をしたなら灯りを落とせ。
そんな声を上げてきて……それを受けてハクトは、時計を見てまだまだ早いのだけどと苦笑しながらも言う通りにし、風呂に入り歯を磨き、パジャマに着替えて就寝の準備を進めていく。
するとグリ子さんはさっさとベッドによじ登って目をつむり始め……尚も苦笑しながらハクトは電灯のスイッチをオフにし、自分の寝室へと足を向ける。
あんまり早く寝すぎても意味がないというか、逆効果なんだけどな……なんてことを思うがハクトは何も言わず、寝室に入ったなら軽い運動とストレッチをして時間を潰し……それからベッドに入り込むのだった。
翌朝。
早く眠ってしまったせいか日が昇ると同時に目が覚めたグリ子さんは、早くハクトが起きてこないか、早く隣家の人々が目覚めないかとソワソワし始める。
それにはまだまだ時間がかかり……具体的には3時間は先になるのだが、それでもグリ子さんはソワソワとし続ける。
ハクトが起きてこないかなと上を見て、隣家が目覚めないかなと横を見て……そうこうしているといつもより早くハクトが目覚めて階段を降りてくる。
「おはよう」
そう声をかけてきたハクトは顔を洗い身支度をし、グリ子さんに早めの朝食を準備してくれる。
それを食べたならハクトが余った時間を利用しての瞑想をリビングのソファで開始し……またもグリ子さんはソワソワとし始める。
「もうすぐ起きるはずだよ」
そんなグリ子さんにハクトがそう言うと……隣家や周囲の家々が朝食の準備なのか、食器の音を立てて賑やかになっていく。
するとグリ子さんは我慢できなくなったのか、チャッチャカと鉤爪を鳴らして駆けていって……ハクトはあえてそれを見送り、瞑想を続ける。
それからすぐにグリ子さんがユウカの家の前で鳴く声がし「わふー!」と元気なフェーの声が上がる。
それからグリ子さんとフェーはハクトの家の庭へとやってきて……会話をしたりじゃれあったり、毛繕いをしあったりと二匹だけの時間を過ごす。
瞑想を中断させたハクトがそんな様子を微笑ましげに眺めていると、そこにユウカが駆けてきて……グリ子さんとフェーの両方を抱きしめ、二匹の柔らかさを堪能する。
そうやって賑やかになっていく庭の様子を、ハクトが苦笑しながら眺めていると……なんとなしに点けていたテレビから朝のニュースが流れてくる。
それは異界への反撃の目処が立ち始めたという内容で……完成した反撃兵器に魔力が込められ始めたなんてことも語られていく。
いつでも反撃出来るように魔力を込めておく、あるいは先制攻撃のために込めておく。
反撃まで待つべきか、待たずに先制攻撃すべきかは色々な意見があり、固まり切っていないようだが……また侵攻があったなら即座に反撃するということは決定されているようだ。
そしてテレビ映像は反撃兵器へ魔力を込めている現場へと変わり……反撃兵器の姿が顕になる。
それは巨大なハニワだった、片手を上にもう片手を下に下げたごくごくシンプルな形のハニワだった。
大きく空いた丸い口が魔力注入口のようで多くの人が手を掲げて魔力を込めていて……魔力を込められる度発光している両目が発射口……なのだろうか。
その姿は可愛らしいと言えば良いのか、間が抜けていると言えば良いのか……。
「……デザインの考案者はサクラ先生かな」
考案したと言うかごり押したと言うか……人々が兵器と聞いて恐怖の感情を抱かないようにしたのだろうと、ハクトは勝手な予想を立てる。
するとテレビで『これは吉龍先生が考案したデザインで~』なんて説明が流れ始めて、ハクトはただただ苦笑するしかできない。
兵器は一つだけではない、国内の各地に配置される予定で……果たして何体くらいのハニワが鎮座することになるのか、ハクトは更に苦笑を深めて、テレビのスイッチをオフにすべくリモコンを手に取るのだった。
お読みいただきありがとうございました。




