デパ地下
それからの日々は特に何もなく静かに過ぎていって……日曜日。
雲ひとつ無い晴天となり気温が上がり、布団やクッション、ベッドマットレスなどを庭に干したハクトが家中の掃除をしている中……グリ子さんは相変わらずリビングでテレビを見て過ごしていた。
日曜日になると番組の内容ががらりと変わり、観光地や有名レストランの紹介などが多くなり……それがまたグリ子さんの好みにピタリとハマり、夢中と言っても良いくらいに視線を釘付けにされていた。
そうやって時間を過ごしているとデパ地下特集なんてものが始まり……有名デパートの地下1Fで販売されている惣菜が一つ一つ丁寧に紹介されていく。
「クッキューン」
美味しそうだけど、商店街のコロッケの方が絶対美味しいから!
なんてことを言ったグリ子さんは半目でその特集を見やり……あまり興味がないのか、毛繕いをしながらのながら見を始め……そこに掃除を終えて手洗いうがいをしてきたハクトがやってくる。
「ああ、デパ地下特集かい……デパ地下の食品は美味しいからねぇ、グリ子さんが行ったら山程の食品を買っちゃいそうだねぇ」
やってきてソファに腰を下ろしながらハクトがそんなことを言ってくると、グリ子さんは半目のまま、
「クキュ~?」
え~~? と、疑問の声を返す。
「クッキュンクッキュン、キュン」
続いて商店街の惣菜の方が出来立てで美味しいよ! と、そんなことを言うが……ハクトは納得した様子はなく、腕を組んで少し悩んだ様子を見せて……それから言葉を返してくる。
「グリ子さんの言う通り、商店街の人達が丁寧に作っている出来立て惣菜は美味しいけど……商店街の商品は出来るだけ安く、それでいて美味しく、を目指している商品だからね、デパ地下のものとは全く違うジャンルなんだよ。
デパ地下の惣菜はとにかく美味しく、材料を厳選して作り方にこだわって、お客さんに満足感を与えることが第一で……実家でも時たまデパ地下の惣菜をデリバリーさせていたからね……一口食べたなら間違いなく気に入ると思うよ」
「クキュン!?」
え? そんなまさか? あんなに美味しい商店街の惣菜よりも美味しいの?
そんな衝撃を受けたグリ子さんは、悲鳴に近い声を上げてからテレビに視線を戻し、食い入るように見やり……大きな海老を使った水菜サラダや、大きな黒豚肉の酢豚、分厚くきられたローストビーフなどをの紹介に全神経を集中させる。
確かに……あんな惣菜は見たこともないし食べたこともない、とても美味しそうだし、量も大きさもかなりのもので、満足感がありそうで……今すぐにでも飛び出したいというくらいにソワソワとし始める。
そうしてハクトのことを見やり、今からいかない? なんて表情をするがハクトはふるふると首を左右に振ってから口を開く。
「近所にはないから……今からだと時間的に厳しいかな。
特集したばかりというのもあって混雑するだろうから、そういう意味でも難しいね。
行くなら来週の……平日のどこかで半休を貰って、になるかな。
……どうせなら一番良いデパートに行きたいところだし……その場合、少し準備も必要になるかな」
と、ハクトがそんなことを言うとグリ子さんは「クッキュン?」と言って体全体を傾げ……そんなグリ子さんを見て小さく笑ったハクトは、電話の下へと向かい、どこかへと連絡を始める。
それはどうやら何かを注文しているようで……その何かは数日後に届くことになったらしい。
ハクトのことを追いかけ、そんな内容を耳にすることになったグリ子さんは、色々と気になりはしたものの、数日後に分かるのならそれで良いかと深く気にすることはなく、それよりももっとデパ地下のことが知りたいと、リビングへと戻っていくのだった。
数日後、仕事が終わってハクト達が帰宅すると、荷物を隣家に届けたとのメモ書きがあり……ハクトがそちらへと向かうと休日だったのかジャージ姿のユウカが大きなダンボールを持って駆けてくる。
「これ、なんですか! 結構軽いですね!」
なんてことを言うユウカに「一緒に来たら分かる」と返したハクトは、手洗いうがいを済ませたならリビングに向かい……待ち遠しいのか体をくっつけ合って左右に揺らしていたグリ子さんとユウカの視線を浴びながらダンボールの開封を始める。
ダンボールの中に入っていたのは一枚の布だった。
色は茶色、小さなグリフォンのワンポイント刺繍があり、手触りはとてもよく柔らかい。
円筒かそれに近い形状の厚めの布を広げたような形で……その布の材質はグリ子さんの鉤爪用のものやユウカのスーツに酷似していて、そこからユウカとグリ子さんはこの布はあの工房に依頼して作ったものなのだろうとの予測を立てる。
するとこれはグリ子さんのために用意したものなのかと、ユウカとグリ子さんが察する中……その茶布をバサリと広げたハクトは、それをそっとグリ子さんの体に覆いかぶせ……グリ子さんの胸と言うか、首と言うか、とにかくクチバシの下辺りで軽く縛り……同梱されていたループタイの金具のようなもので、布をしっかり留める。
「あー……お洋服っていうか、マント、みたいなものですか?
グリ子さんの背中をすっぽり覆う感じで……それでいて魔力的な防御も出来る感じですかね。
これとクチバシケースとかぎ爪ケースつけたら……なんだかよそ行きのグリ子さんの出来上がりって感じですね」
その姿を見てユウカが感想を口にすると、ハクトは頷き……軽くグリ子さんのことを撫でてから口を開く。
「グリ子さん用のおしゃれ着みたいなもので……羽毛を周囲に散らさないよう配慮の意味も込めているかな。
デパ地下や高級レストランに行くようになったらこういうものも必要かと思って注文したんだけど……うん、思っていたより良い出来に仕上がったね。
これがあれば周囲に迷惑もかけないだろうし……明日辺り、デパ地下に行くとしようか。
色々惣菜買って……レストランで食事もして、ついでに何か買っても良いかな。
夏のボーナス、思っていた以上に貰えて、例の件の報酬もあるから、少しだけ贅沢に行くとしようか」
するとグリ子さんは「クッキュンクッキュン!」と声を上げ、小さな翼をパタパタとさせて上着をはためかせながらの大喜びをし、ユウカもまた「え、デパ地下!?」と声を上げ、グリ子さんに抱きつきながらピョンピョンと跳ねての大喜びをする。
そんな二人を見やって少しだけ微笑んだハクトは……明日半休にして欲しいとの連絡を事前に相談していた上司へとするために、電話機への下へと向かうのだった。
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