和菓子
それから数日が経っての休日。
戦いの疲れを癒やす目的と、頑張ってくれたグリ子さんを労う目的で、ハクトは朝から自宅でグリ子さんのブラッシングをし続けていた。
天気は晴れて気温も穏やか、庭にレジャーシートを敷いてそこにグリ子さんに寝転んでもらって、日向ぼっこをしながらのブラッシングを繰り返し……その大きな体全ての羽毛を余すことなく、特注の大きなブラシで梳いていく。
グリ子さんはそのブラッシングがたまらなく気持ち良いらしく、始まって数分であっさりと眠ってしまっていて……スヨスヨという寝息と時たま動いてカチカチとなるクチバシの音を聞きながらハクトはブラシを動かし続け……もう少しで終わると言うところで、誰か来たのか呼び鈴がなる。
それを受けてビクリと肩を震わせたハクトは、グリ子さんが寝続けていることに安堵してから立ち上がり……一体誰が来たのやらと首を傾げながら玄関に向かいドアを開けると、宅配便の配達員の姿があり……送り状の確認をしたハクトは送り主に全く覚えがないと訝しがりながらも、配達員を待たせるのも良くないかとサインをし、両手で抱える程の荷物を受け取る。
そこまで重くはないがかなり大きく……一体どこの誰が何を送って来たのだろうかと開封してみると、御礼と書かれた封筒がまず視界に入り込み、その下には有名な菓子司の名前入りの箱の姿がある。
和菓子を宅配便などで送る場合、普通はこの箱を包装紙で包んだ状態で送るのが普通で……何だって、こんな風にダンボールに押し込んであるのかと首を傾げながらハクトがその箱をダンボールから引っ張り出すと……その下にはまた別の銘柄の和菓子の箱の姿がある。
どうやらこのダンボールにはかなりの量の和菓子の詰め合わせが押し込まれているらしい。
「……実家でもこんなのは見たことないな……」
思わずそんな独り言を口にしたハクトは、一旦菓子の箱をダンボールの中に戻し、封筒の方を確認しようと封を開く。
封筒の中には手紙があり……筆でもって仰々しい文体で書かれたその手紙は、どうやら役場近くの神社の神主からのもののようで……内容を要約すると、あの時助けてくれてありがとう、お礼に和菓子を送る、ということらしかった。
最初はもっと違ったものを送ろうとしていたのだけど、課長さんに相談したところ、食べ物が良いのではないかと言われ……それで和菓子にしようと思い至ったようだ。
量が多いのは幻獣ならたくさん食べるだろうという気遣いの結果で……付き合いのあるお店の一番おすすめのものを包んだと、そんなことも書いてある。
「……どうしたものかな……」
ハクトとしてはただ依頼された仕事をしただけで、こんなものを貰っても困るばかりなのだが……かといって突き返す訳にもいかないし、誰かに譲るというのも問題があるし……問題なく譲れそうな隣家にもまず間違いなく届いているはずで、自分達で食べるしかないのかとハクトはなんとも言えない苦い顔をする。
「課長さんも課長さんで一言相談してくれたら良いのに……」
なんてことを言っているとまた呼び鈴、先程とは別に配達員がやってきて、またも大きなダンボールが届けられ……先程の送り状は個人名だったが、今回の送り状は近所の寺の名前となっていて……ハクトはあと何箱くらい届くのだろうかと唸り声を上げる。
先日の寿司に続いて和菓子やら何やら、急に食料を貰い始めて……以前の騒動や更にその前の虫の時にもこんなことはなかったのになぁと、そう考えたハクトは……なんとなく思い当たる節があり、神棚のある仏間の方を見やる。
「……こんなにたくさんはいりませんからね? 程々でお願いしますよ」
聞こえていないだろうとは思いつつも、この事態を引き起こしたであろう神にそう告げたハクトは……リビングへとダンボールを運んでいく。
それからハクトはダンボールを開封し、中身の確認をし、ダンボールを潰してゴミに出せるようにして……そうこうしているうちに新たに届く荷物を受け取ってー……と、諦めたような表情で淡々と作業をこなしていく。
そうやって作業を繰り返し……二時間程の時間が流れて、ようやく目覚めたらしいグリ子さんが「くあっくあっ」そんな声を上げてのあくびをしながらリビングへと戻ってくる。
ハクトが用意しておいた足拭きタオルでしっかり足を拭いてからリビングに入り込んだグリ子さんは……先程とは全く違うリビングの、贈り物だらけのリビングの光景を見て、目を丸くする。
「例のタコ退治のお礼……らしいよ。
どれも食べ物で……賞味期限が短いものから食べていくことにしようか。
……とりあえず、今日のところは和菓子からかな、お茶を淹れるから少し待っていてね」
ハクトがそう言うと目を丸くしていたグリ子さんは、丸い目を輝かせて大喜びし、小さな翼をパタパタと振りながらハクトの側に駆け寄る。
それからハクトがお茶を淹れるのをじっと見守り、器を用意してくれるのをじっと見守り……和菓子の開封も体を擦り寄せながらじっと見守る。
「えぇっとこの和菓子は……定番の生菓子か。
俗に言う和生菓子で……練りきりがメインで……って、これは?」
と、そう言ってハクトは正方形の仕切りが並ぶ和菓子の箱から、透明なプラスチック箱に入った菓子を一つ掴み、持ち上げる。
練りきり餡を成形して作られたそれは、茶色でまんまるで……黄色いクチバシと可愛らしい耳と、小さな翼とかぎ爪付きの足と尻尾がなんとも特徴的で……どうやらグリ子さんのことを模しているものらしい。
「……そう言えばさっきの手紙に試作品がどうとか書いてあったな。
……もしかして、これからこれを売るつもりだから許可してくれって意味合いもあったのか?
だから賄賂としてこれを贈ったというか……こちらがメインの目的だったり?」
なんてことをハクトがつらつらと口にしていると……ハクトにすり寄るグリ子さんが、そのお菓子をもっとよく見せろとグイグイと体を押し付けてくる。
それを受けてハクトは、まぁグリ子さんが嫌じゃないなら良いかと、そんなことを考えてから、小さなプラスチック箱を開封し、菓子が崩れないようそっち持ち上げ……グリ子さん用の器にそっと乗せてあげる。
するとグリ子さんはそのお菓子のクチバシに自分のクチバシをくっつけるようにしてぐいっと顔を近づけ……ミニミニグリ子さんとも言えるそのお菓子を、なんとも嬉しそうに眺め続けるのだった。
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