報酬
タコ足騒動から数日が経って……ある筋からの報酬を渡す、とのブキャナンからの連絡を受けてハクト達はハクトの家に集合していた。
役場からはすでに報酬についての明細が届いており、振り込み待ちな状態で……追加の報酬ということなのだろうか? と、ハクトとユウカは首を傾げていたが、それでもブキャナンからの連絡なので素直に待つことにし……10時を過ぎた頃、聞き慣れた翼の音が響いてくる。
それを受けてハクトとユウカ、グリ子さんとフェーが庭に出るとブキャナンが雲ひとつない真っ青な空から降りてきて……小さな白布袋を右手に、やたらと長い赤布袋を左手に持った状態で庭へと降り立つ。
「やぁどうもどうも、遅れて申し訳ありやせん。
ショウさんの調査とかで色々とごたついておりやして……とりあえずこちらが、さる御方からの報酬になりやすので、受け取ってくださいな」
庭に降り立つなりそう言ったブキャナンは赤い袋をハクトに、白い袋をユウカに差し出し……ハクト達がそれらを受け取ると、
「他にも渡すものがありやすんで取ってきやす」
と、そう言って庭から飛び去っていく。
そうして庭に置いていかれる形となったハクトとユウカは受け取った袋をどうしたものかと頭を悩ませ、お互いを見合うが……いただき物を勝手に開封する訳にもいかないだろうと、素直にブキャナンが戻ってくるのを待つことにする。
庭に立ったまま袋を持ったまま何もせずに、静かに待ち……10分くらい経ってようやくブキャナンが……大きな米俵を2個、両肩に担いだ状態で庭に戻ってくる。
「まさか素直に待っているとは……相変わらず律儀でやすねぇ。
……えぇっととりあえずその袋とこの米俵はですね、さる御方からの贈り物でございまして……その御方がお二方の活躍を聞いて、これは贈り物でもしてやらねばと思い至ったとのことでして……ここは一つ遠慮することなく受け取っていただければ幸いです」
米俵をリビングへと運びながらブキャナンがそう言ってきて……訳が分からないながらも頷き礼を言ったハクトとユウカは、それぞれ受け取った袋を開封し始める。
ユウカの小さな白い袋から出てきたのはお守りだった。
神社などでよく売っている普通のお守り、表には『お守り』との文字が書かれている。
「お守りですね? つけておけば良いのかな?」
かけ紐を手に取り、吊り下げるような形でお守りを持ち上げたユウカが首を傾げる中……ハクトは長く赤い袋から相応に長い、木製の釣り竿を取り出す。
「……釣り竿? ……釣り竿??」
塗装されておらず釣り用リールをつける台座もなく、先端に糸をかけるためのものと思われる輪っかがなければ釣り竿とは分からないくらいに手が入っていないもので……贈り物にこんな釣り竿とは何事だろうか? と、ハクトもまた首を傾げる。
「まぁー……あの御方のトレェドマァクみたいなものですので、受け取ってやってくださいな。
このあと……お昼前にはクール便で鯛が届きやすんで、米と合わせて鯛めしにしても良いかもしれやせんねぇ」
そんなハクト達を見てかブキャナンがそんなことを言ってきて……それを受けてようやく何かに気付いたらしいハクトはハッとした表情となり、青ざめ冷や汗をかき始める。
「あ、あの大僧正? これは……その、具体的にどなたからの贈り物なので?」
そうしてハクトが問いかけるとブキャナンは、小首を傾げてとぼけた声で、
「おべっさんからでございやす」
と、とんでもない言葉を口にする。
それはある一柱の神の愛称のようなもので……なんとも嫌な形で確信を得ることになったハクトは、釣り竿をしっかりと……落としてしまわないよう両手で抱えるようにして持ってから、慌てた様子でユウカに声をかける。
「風切君! 何があってもそのお守りを落としたりしないように!
だ、だがどこかに隠しておくというのも失礼にあたる、常に身につけて大事にするように。
開封などは言語道断、そのまま……余計なことはせずに使うように。
それと大僧正、念のために聞いておきますが、米と鯛は普通のものなんですよね!?」
そんなハクトの言葉を受けてユウカは「は、はい」と怯みながらも素直に返事をして頷き……ブキャナンは尚もとぼけた態度で「はい、はい」と返す。
そんな返事を受けてハクトは落ち着くための深呼吸をし……兎にも角にも落ち着こうと一同と共にリビングに入り……釣り竿を仏間においた上で、米俵の確認をする。
米俵を開封すると途端に米独特の香りが強く漂い、見れば輝いていて手に取れば滑らかな手触りで……確実に普通の米ではないとの確信を得たハクトは、続いて届いた鯛の確認も行う。
大きく活き活きとしていて……正直見たことがない程に色鮮で、傷ひとつなく神々しくすらあり……その香りにやられたのかグリ子さんとフェーは鯛を眺めながらヨダレをダラダラと流していて……これもまた普通の鯛ではないのだろう。
特別で……神々しくて、正直これらを食べるなんて罰当たりなことしたくはないのだが、食べずに腐らせても大問題に違いなく……ならば仕方なしとすぐさま鯛めしを作るべく、準備を始める。
そんなハクトの態度をユウカは首を傾げて訝しんだが、声をかけられる雰囲気ではないので何も言わず、素直に鯛めしの完成をリビングで待つことにし……なんとなく事情を察しているらしいグリ子さんは、自らの子? であるフェーと遊ぶことに意識を向け、フェーは正直寝ていたかったのだがグリ子さんに求められては仕方無しと遊び相手となり、ブキャナンは久々に美味しい食事が楽しめると揉み手をしながら時間を過ごし……そうして一時間後。
台所から今までに嗅いだことのない、たまらない良い香りが漂ってきて……青ざめたままのハクトが鍋つかみでもって大きな土鍋を持ちながらリビングへとやってくる。
「……さ、冷めないうちに食べるとしよう。
グリ子さんもフェーも……大僧正も腹いっぱい食べてください。
……多分残したら罰が当たるので……グリ子さん、お頭や骨もよろしく頼むよ」
そう言ってハクトは土鍋をテーブルの上に置き……もう一度台所に戻ってしゃもじや食器などを持ってきて、盛り付けを始める。
盛り付けたが終わったならそれぞれの席に配膳され、配膳が終わったなら皆が席につき……、
「いただきます」「いただきます」「いただきやす」
「クッキュン!」「わふー!」
なんて声を上げてからハクト達は箸を、グリ子さんはクチバシを、フェーは牙を構えての食事開始となる。
早速全員が一口鯛めしを食べたなら、そのあまりの美味しさに誰もが言葉を失ってしまう。
……鯛や米の美味しさとは別次元の、意識を失いかねない旨さと香りが口いっぱいに広がって……一噛みしたなら砂糖とはまた違う、上品かつしつこくない甘みが一気に膨らんでくる。
そして鯛とは思えない旨味が染み出して……それから一同は全てを綺麗に食べあげるまでの間、一言も発さずにただただ食べることにだけ意識を向けることになるのだった。
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