ある男の末路
その日、その男は悪事を働こうとしていた。
それは夜間、住民が寝静まった頃を狙っての強盗で……住宅街である竜鐙町の老夫婦が暮らすある家が標的だ。
侵入経路は二階の窓。
これまでに何度か行った下調べで、老夫婦はその窓を鍵どころか、窓そのものを開けたままにして寝ていることが分かっていて、そこにたどり着けさえすれば労せず家の中に入り込めるという訳だ。
道路に面した塀をよじ登り、そこを足がかりに二階のベランダに入り込めば楽勝……のはずだったのだが、塀をよじ登った所で男の目の前に黄金に輝く一枚の羽が現れてしまう。
それは鳥の羽にしては大きく、毛もまるで獣のそれのようで、その上黄金に輝いてしまっていて……男は一体何が起きているのかと困惑し、同時にこんな風に輝かれてしまっては自分の姿が目立ってしまうし、住民が起きてしまうかもしれないしと、慌てに慌てて……何が起きているのか、目の前の羽が何なのか全く分からないまま、どうにかその羽を排除しようと、掴んで投げ捨ててくれようとその手を伸ばす。
すると黄金の羽は砕けて粒子となり、男の体を包み込み……そのまま凄まじい力でもって男のことを塀から道路へと引き倒す。
「く、くそっ、なんだこりゃぁ!?」
凄まじい力で引き倒されて、背中を強かに打ち付けて、男がそんな悲鳴を上げると……眩しい白光が男のことを包み込む。
「おい、お前! こんな時間にこんな所で何をやっている!!」
その光は懐中電灯のもので、懐中電灯を持っていたのは……制服姿の警察官だった。
馬鹿な、何故こんな時間にこんな所に警察官がいるのだ、この時間にこんな所を見回りしているなんてそんなこと、下調べでは一度も無かったはずなのに。
そんなことを思いながら男は慌てて立ち上がろうとするが……粒子がまとわりつき、男の手足の自由を奪ってしまい……どうしてもそうすることが出来ない。
そうこうするうちに警察官がすぐ側まで駆け寄ってきて……男が被っていた目出し帽を掴み、引き剥がす。
「お前の顔、見たことあるぞ、確か強盗の常習犯で何ヶ月か前に釈放された―――だな?
……こんな所で、そんな格好で一体何をしようとしていたのか、交番の方で話を聞かせてもらうぞ」
男は釈放後に何度か……他の町で犯行を繰り返していた。
それらの事件を受けて警察は警戒を強めていて……その警戒からの夜間巡回だったようだ。
住宅街で黒尽くめの目出し帽姿をしていたというだけでは逮捕はされないだろうが、今男が住んでいるアパートにはいくつかの戦利品……強盗事件の証拠となる品々が残っている。
それらを調べられでもしたら逮捕は確実で……どうにかして処分しなければと考えた男は、まずはこの場から逃げなければ話にならないと、警察官の手を振り払っての逃亡を試みようとする……が、纏わり付く粒子がそれを許さず、手足が、体が思う通りに動いてくれない。
(何なんだ、何なんだあの羽は、この粒子は!?
なんだって俺の邪魔をしやがるんだ!?)
男がそんなことを思い困惑する中、警察官はその挙動不審さを見て……こくりと頷いて、ベルトに下げていたケースから手錠を取り出し、男の片腕にガチャリとかける。
「まただ、またこのパターンだ、ここ最近こんなことばかりだ。
……どういう訳か強盗やスリや痴漢の常習犯が、俺達の前にわざわざやってきて、逮捕してくれとばかりに倒れ込みやがる。
どうせまたすぐに証拠が出てくるんだろうし……塀に登っていたようだからな、不法侵入の現行犯ってことで構わないだろう。
……しかしまったく、お前達は一体何がしたいんだ? 裏社会でそうしろと、警察官の目を引きつけろと、そんな命令でもされているのか?
あいにくだが俺達はただの交番勤務で……俺達の目を引いた所で何の効果も無いからな?」
と、警察官がそんな声をかけるが……どうにかして逃げようと、手錠をかけられても尚も抵抗しようとし続ける男の耳にはその声は届かない。
「……しかもよく見てみたらこの家、商店街でケーキ屋さんをやっている佐藤さんの家じゃないか。
……金目のものなんてないだろうに、何だってこの家を狙ったんだ……?
うちの娘は佐藤さんとこのソフトクリームが大好物でね……この家が強盗にあって休業なんてことになったら……娘に警察官なのに何をやっていたんだって叱られていたに違いないな。
……悪いが多少手荒に連行させてもらうぞ」
そう言って警察官は手荒く、男の腕を掴み力づくで引っ張って男を立たせて……男の両腕を背中側にもっていき……手錠でしっかりと後ろ手に固定する。
そうしてからしっかりと男の腕を掴んだ警察官は、そのまま男を……凄まじい形相で歯噛みし、全力で踏ん張っているような、力を込めているような表情をしながらも、完全に脱力して一切の抵抗をしない男を、交番まで何の苦労もなく連行していくのだった。
翌日、早朝。
朝日が登り、雀達の声がチュンチュンと響いてきて……その心地良い音を耳にして、その耳をピクリピクリと震わせたグリ子さんがクチバシを大きくあけてあくびをしながら目を覚ます。
目を覚まして自らの状態を確認して……昨晩ハクトに撫でて貰っている所で寝てしまったらしいことに気付いたグリ子さんは、ハクトに恥ずかしい所を見せてしまったなと照れながら朝の毛繕いを始める。
パタパタと小さな翼をはばたかせ、保有する魔力で小さな風を起こし、その風で毛を撫で汚れを吹き飛ばし、一箇所に固めてゴミ箱へと放り投げる、特別で特殊な毛繕いを。
その過程でグリ子さんは、自らの羽が一枚抜け落ちていることに気付いて……小さく「クキュン」と声を上げる。
どうやらまた賊が私の縄張りで暴れたようだ。
まったく、ただの賊がこの私の楽園を……この竜鐙町を害そうなどとは愚の骨頂……。
グリフォンの一族を率いる長の姫である、このグリフィーヌ・グリグリコ3世の縄張りを攻めたいのであれば、ドラゴンを十か二十か……いや、百は揃えなければ話にならんぞ。
……と、そんなことをグリ子さんが本当に思ったかは定かではないが、まるでそんなことを思っていそうな表情を浮かべたグリ子さんは静かに微笑み……魔力でそっとカーテンを開けて、窓から降り注ぐ日光を思う存分にその丸い体でたっぷりと浴びるのだった。
お読み頂きありがとうございました。