再びの演習
数日後の休日。
ハクト達は役所から紹介してもらった運動場へと出かけていた。
その目的は、ユウカのために作ったスーツの性能を確かめるというもので……これから起こるかもしれない騒動に備えての演習という目的も含まれていた。
小石一つなく雑草一本ない、整備されたグラウンドの側には休憩用ベンチや水飲み場、プレハブ小屋の更衣室があり……狩衣へと着替えを済ませたハクトとグリ子さんが運動場の真ん中で待っていると……更衣室のドアが開き、スーツ姿のユウカとフェーが姿を見せる。
サイズはしっかり合っているようで無駄なシワがなく、生地がピシッと伸びていて……それでいてユウカの動きを阻害している様子はなく、ユウカが駆け出してもスーツは滑らかに伸びて曲がって、変にシワが寄ることも型が崩れることもない。
「改めてありがとうございます! こんな格好いいスーツもらえるなんて! これで私も大人って感じですね!」
駆けてくるなりユウカはそんな声を上げて……ハクトは問題ない出来だったことに安堵しながら言葉を返す。
「大人かどうかはなんとも言えないが、社会人であることは確かだからね……今後、仕事の際はそれを着るようにすると良い。
クリーニングの際は、課長さんに言えば信頼出来る業者を紹介してくれるだろうから、そこに任せるように。
そのスーツ……それだけで高級車が何台も買える価値だからね、変な業者には預けてはいけないよ」
「……え!? 私そんなのもらっちゃったんですか!?
た、たしかに金羊毛とグリ子さんの羽根を使ったスーツなんて、他にはないですもんねぇ……え、えーっと……お礼はどうしたら?」
「俺には必要ないし、グリ子さんとサクラ先生には……まぁ、言葉だけで十分だろう。
それでも礼をしたいと思うなら仕事で頑張って活躍し、サクラ先生に届くまで名を響かせれば良い。
変に物を送るよりもその方が喜んでくださるだろう……グリ子さんは、たこ焼きを奢ればそれで良いかな」
そんなハクトの言葉を受けて、ユウカはこくりと頷き……それから腰を回し腕を回し、膝を曲げての準備体操を始める。
ハクトもそれにならって軽い準備体操を始めて……十分に体をほぐしたなら、二人は距離を取り……グリ子さんとフェーは、運動場隅のベンチへと向かい、そこにちょこんと座る。
「今日はそのスーツの性能を確かめるのと、スーツを着た状態での動きに慣れるのが目的だ。
とりあえず最初は、こちらから一方的に攻撃をするから、それを防ぐなり回避するなりし続けて欲しい。
……ある程度こちらの動きに慣れてきたら、速度を上げていくよ」
そう言ってハクトは両腕を上げた構えを取り……袖がほつれて糸となり、その糸がまるで生き物のように動き始める。
一本の糸だけでは視認しづらいからと、ある程度の太さになるまで糸を束ね、それをまるでヘビのように蠢かせ……ユウカは両足を大きく開いて深く腰を下ろし、両拳を脇腹の辺りで構える。
それを準備完了の合図を受け止めたハクトは、束ねた糸のヘビを操り、凄まじい速度での攻撃を仕掛け……ユウカはそれを受けて地面を蹴って大きく飛び上がる。
空中でも自由自在に動くハクトの糸に対しその動きは悪手のように思えたが、ユウカは空中でも全く問題なく拳や蹴りを放って、ヘビを迎撃していく。
今までは服や道着が破れることを気にしていた、スカートをはいている時はその動きを気にしていた。
だけども今着ているスーツは、そういった心配をする必要が一切ない、ユウカの体をしっかりと覆い……それだけでなくユウカの体や動きを支え、助けてくれるようなものとなっていて、ユウカは何も気にする必要なく自由に動き回る。
ヘビを蹴って殴って、ヘビを足場にして更に上空へと飛び上がり、ヘビを思いっきりに殴った反動でもって地面に着地し、地面を転がりながら追撃を避けていって、転がった勢いでもって起き上がり、両手両足を元気に振って凄まじい速度で駆け回る。
ハクトのヘビがその動きを読んで駆ける先に回り込んでも、殴って蹴って見事に避けて、その体に触れさせることは一切なく……以前の鍛錬の時とは全く違う鋭い動きに、ハクトは舌を巻く。
一撃くらい当てなければ……当たるギリギリのところまでいかなければ演習の意味がない、緊張感が出ない。
そう考えてハクトは必死にヘビを操るが、中々ユウカの動きを捉えること出来ない。
「むうう」
思わずハクトの口からそんな声が漏れる。
このままではいけない、どうにか攻撃を当てなければ……。
そう思い悩んでハクトは、反則に近いと自覚しつつも束ねたヘビを裂いて糸に戻し、手数を増やすという荒業に出て……突然のそれに驚いたユウカは、見えにくい上に素早く動く糸に翻弄されていく。
そして一本、二本と糸の攻撃がユウカに命中する、当然と言うか何と言うか、怪我をさせるつもりはないので、威力はさほどではないが、それでも中々の衝撃がユウカを襲い……その衝撃全てをスーツが受け止める。
凄まじい衝突音がした、火花が散った、だけどもユウカに一切のダメージはなく……改めてユウカは自分が着ているスーツの凄まじさを思い知る。
動きやすく軽く、頑丈で魔力的干渉も防いでくれて……何だったらスーツに覆われていない部分、顔や拳なんかもスーツの力が守ってくれているようだ。
「……後で拳を保護するグローブや、足を保護する靴なんかも結城さん達に発注したほうが良さそうだね。
余計な魔力の流れが生まれてしまっている……顔は、鉢金やマスクで守る形になるかな?」
そんなユウカの状態に気づいているのかハクトがそう言ってきて……ユウカはこれ以上の装備は申し訳ないと思いつつも、思いっきりパンチやキック、頭突きが出来るのはありがたいなぁと、そんなことを思う。
「クッキュン、キュン!」
「わふー!」
外野からもそうした方が良いとの声が飛んできて……そんな中ハクトは、糸を操る手にさらなる魔力を込めて、攻撃を激化させていく。
一つ改善点が見えた、更に攻撃していけば更なる改善点が見えてくるはず。
そう考えてハクトは、ユウカの動きに疲れが見えるまで……本気に近い力でもって攻撃を繰り出し続けるのだった。
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