幻獣の謎
グリ子さんがこちらの世界……というかこちらの世界の食事を好み、こちらの世界を楽園と思ってくれているということは、ハクトにとって救いであり、肩の荷が下りたような気分になることであり……それ以来ハクトは一段と軽い足取りと明るい表情で日々を過ごすようになった。
平日は毎日工場で楽しく働いて、休日はグリ子さんと過ごし……グリ子さんのために少し遠出して美味しい食事を出すお店に行ってみたりして。
するとグリ子さんはハクトが明るくなったことを喜び、色々な美味しい物が食べられるようになったことを更に喜び……ハクト以上に明るい表情をするようになり、どういう訳かその毛皮というか羽毛というか、その身を包むふわふわとした体毛を、更にふわふわに、ふっくらとさせるようになっていた。
どうしてそうなったのか、どういう理屈でそうなったのかは誰にも分からない。
過去にグリフォンが召喚されたことは何度かあるが、グリ子さんのようなまん丸のグリフォンが召喚されたのはハクトが知る限り世界初のことで……通常のグリフォンとは違った生態をしているというか、違った体型をしているというか、全くの別の幻獣のようにも思えるグリ子さんに、そうした常識は通用しないだろう。
そもそも記録によればグリフォンの毛はとても硬く、ごわごわとしているもので……グリ子さんのように毛がふわふわと、ふっくらとしているなど前代未聞の出来事だった。
そんな訳である日のこと……仕事を終えて夕食を終えて、入浴を終えてのゆったりとした時間に、ハクトはグリ子さんの許可を得た上で、グリ子さんの毛について調べてみることにしたのだった。
「では、早速、失礼をして……」
そう言ってハクトは、リビングのベッドの上で横になり、幸せそうな表情でテレビの映像を眺めていたグリ子さんの体に手を伸ばし……その毛の中に手を埋める。
「ふむふむ……なるほど。
……場所によって毛の柔らかさが違うのか……」
更にそんなことを言いながらハクトは、毛皮を撫でその身を撫で、グリ子さんの体を丁寧に調べていく。
グリフォンとは鳥と獣両方の特徴を持つ幻獣である。
ゆえにその身を包む体毛は羽毛のようでもあり、毛皮のようでもあり、鳥と獣両方の特徴を併せ持つ、その中間にあるような存在となっていて……流石幻獣と言いたくなるような、不思議な作りをしていた。
たとえば翼の周囲。
この辺りに触れてみると、翼はそのまま鳥の翼のような構造をしていて、翼から生える毛も同じく鳥の羽のような構造をしていた。
小さくパタパタと動く翼に何度か触れていると、そこから羽がするりと抜け落ちて……その羽を手に持ってみれば、中心に軸があって、その軸から左右に毛が生えているという、まさに鳥の羽のような構造をしている。
軸から生えている毛の部分に触れてみるとそれは鳥の羽とは全く違う作りになっているというか……鳥の羽の軸から柔らかでふわふわとした動物の体毛が生えている、というような作りとなっていて、普通のグリフォンであればここにごわごわとした体毛が生えているのだろう。
そうした軸のある羽毛でグリ子さんの全身が包まれているのか? というと、そうではなく翼や尾羽根以外の部分には軸はなく、直接皮膚からふわふわとした毛が生えているようだ。
鳥の羽毛、獣の体毛。
その両方が当たり前のように混在していて、その境目はなんとも曖昧で……グリ子さんが真ん丸な体をしていることもあり、何処から何処までが鳥で何処から何処までが獣でという判断をつけることはとても難しい。
そもそもグリフォンは獣でも鳥でもない幻獣なのだからそれは当たり前のことなのだが……顔も首も胴体も一つになってしまっているかのような球体……完全なる毛玉と化してしまっているグリ子さんの体が相手では、解剖でもしないことには正確な判断をつけることは出来ないだろう。
「目がここにあってクチバシがここにあって、耳がここにあって……一体何処までが顔なのやら、何処からが胴体なのやら、謎は深まるばかりだな……。
前足が獣の足で、後ろ足が鳥の足である必要性もよく分からないし……うん、ここら辺のことに関しては、深く考えるのはやめておいた方が良いかもしれないな」
かつてこちらの世界に、樹の枝に木の実のように実る、羊によく似た幻獣『バロメッツ』が召喚された時には、果たしてバロメッツは植物か動物なのかという議論が交わされることになり、何人もの学者がその解明に挑んだのだが……どんな手法を試してもその謎が明かされることはなかった。
一部の学者が暴走し、バロメッツを傷つけ、その肉の一部を解剖するなどという暴挙に出たこともあったが……その結果は、構造的にも遺伝的にも味的にもバロメッツは『カニの仲間』であるというもので……議論は余計に混乱することになり、結論が遠のくことになってしまった。
植物なのか動物なのか、それとも節足動物なのか。
その謎に挑み続けた学者の中にはその果てに発狂してしまった者までおり……幻獣には常識や理屈や科学は通じないもの、というのが今のこの世界の『常識』だった。
深く考えても何をしても結論が出ないこともある。
そういう幻獣なのだから仕方ないと諦めることも時には必要なことなのである。
ちなみに今でも召喚されたバロメッツの成る樹は、国内のある場所に植えられていて、毎年のように何匹もの……あるいは何個ものバロメッツをその枝に実らせ、産み出している。
「もしかしたらグリ子さんの毛は、美味しい物を食べるとふわふわになる……のかな?
それともグリ子さんが幸せだとふわふわになるとか……?
……あるいはたまたま毛が柔らかくなる時期、季節になったのか……。
うぅん、仮に食べ物や幸福感が関係しているとして、一体全体どうしてそんな事をする必要があるんだ……?」
そんなことを考えながら言いながらハクトはグリ子さんのことを撫で回していって……ハクトに優しく、その全身を撫で回されることになったグリ子さんは満腹になっていたこともあり、ベッドの上ということもあり、ついついウトウトとしてしまって、目をゆっくりとつむり、スピピピと寝息を立て始める。
それを受けてハクトは、静かに苦笑し、そっと手を離し、音を立てないように立ち上がり……テレビを消してリビングの照明を消して、リビングを後にする。
まだまだ調べてみたい気持ちはあったが、幸せそうに寝ているグリ子さんの邪魔をしてまですることではないし、調べる機会は明日でも明後日でもいくらでも残されている。
またいつか暇な時に調べたら良いと、階段を登っていったハクトが自室へ入り、そのドアを閉めると……その瞬間、グリ子さんの翼がキラリと光を放つ。
光を放ちながらするりと一枚の羽が抜け落ちて、抜け落ちた羽が黄金色に輝いて……欠けた爪が黄金に変化する時のように変化していって……黄金の羽が出来上がる。
するとその黄金の羽は光を放ちながらふわりふわりと宙に浮かんでいって……そしてグリ子さんの頭上で弾けて粉々となり……跡形もなく消え去ってしまうのだった。
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