フェーの援護
「……他の地域は裂け目が消え始めているというのに、何故ここだけあんな化け物が……」
空を飛び上がるフェーを見送りながら、玄関に立つ施設の若いエプロン姿の職員の一人がそんな声を上げる。
先程から定期的に送られてくるFAXには各地の状況が落ち着きつつあるとの報告が書かれていて、職員の表情にはなんで自分達だけと、そんな想いが浮かび上がっている。
そんな若い職員に壮年の、これまたエプロン姿の職員が言葉を返す。
「恐らくですが、裂け目の向こうに一番の損害を与えたのが、ここだから、でしょう。
これまでに集まった情報によると敵は根っからの侵略生物……今回が駄目でも次の機会を伺うことでしょう。
そうなった際に一番の障害になると判断されたのがここ……というよりもあの子で、今のうちにその対策をしようとした……とか。
全ては推測ですが、あんな無茶な方法で裂け目の向こうを攻撃したのは彼女だけでしょうから……」
観測や情報収集はしたかもしれないが、それ以上の攻撃ともなると独断でやってしまう者が多いとも思えず……仮に攻撃をしたとしてもユウカ程の被害は与えられていないはず。
全ては予想でしかないが、そう間違っている予想とも言えず、若い職員は納得して頷き……それから空を見上げる。
空ではユウカが懸命に、新たに現れた化け物からの攻撃を受けていた。
魔力を込めた拳、回し蹴り、手刀に突きにありとあらゆる攻撃を放たれ……それらをどうにかいなしている。
ユウカが攻撃を防ぐ度、2つの力がぶつかり合う度に周囲に衝撃波が放たれていて……そんな衝撃波の中へと丸い毛玉にしか見えないフェーが突っ込んでいく。
見た目は全く強そうには見えないが、その体内に秘めた魔力は中々のもので……あの幻獣の加勢があればと職員達は期待を寄せる。
「フェーちゃん!」
フェーが近付いていることに気付いてユウカがそう声を上げる。
「わふー!」
と、返したフェーは空中を駆け進んでいって……ユウカと相対する人型の何かへと突っ込んでいく。
職員達は思う、その勢いのまま噛みつくのかと、ユウカは思うその鋭い爪で切り裂くのかと。
そんな中フェーは、自らの体を覆う毛を大きく膨らませ……三倍以上の大きさの毛玉となって化け物へと体当たりを決める。
すかさず化け物は両腕をクロスさせてのガードを試みるが、フェーが作り出した毛玉が大きすぎて全身で受け止める羽目になり、ガードも全くの無意味となる。
そうして見事な直撃を決めたフェーだった……が、化け物にダメージらしいダメージがない。
ただただもふっとした毛玉で包み込んだだけで何のダメージもない。
ダメージがなかったことに化け物本人が驚いているくらいで……少しの間があってから化け物が動きを見せる。
ガードを解こうとし、自らを包み込もうとする毛玉から抜け出そうとし……そのついでにフェーというか毛玉に攻撃を放とうとする……が、その全てが上手くいかない。
毛玉から絡んでクロスした両腕を動かすことすら不可能で、攻撃を加えようにも手足の動きが制限されたことにより、攻撃を放つために手足を振るうことができない、勢いをつけることが出来ない。
頭突きも不可能で、ただただ毛玉の中で蠢くことしか出来ず……そうやって化け物を拘束することに成功したならフェーは、毛玉の中からちょこんと顔を出し、ポカンとしながら事態を見守っていたユウカに向かって声を上げる。
「わっふわふー!」
「え!? その毛玉の中で自由に動けるの!?」
それはかなりピントがズレた返事だった。
今がチャンスだよと、そう教えてあげたのにそんなことを言われてしまうとはとフェーが驚いてしまう程にはズレていた。
毛玉はフェーそのものではなく、フェーが生み出した魔力物質……ハクトが操る糸を参考にしたものだったのだが、ユウカはフェーそのものが巨大化したと考えていたようで、それが大きなズレを生み出してしまっていたようだ。
「わっふわふーーー!!」
慌てたようにフェーが更に声を上げる。
化け物の力は強く、いつまでも拘束出来るものではない。
そう考えてのフェーの必死な声をようやく理解したらしいユウカは、毛玉の裏側へと回り込み、そこで毛玉に埋もれた化け物の背中を発見する。
これ以上なく無防備で、ガードする手足もなく、仮に体内が人間と同じ構造となるならば急所がむき出しとも言えて……その背中に狙いをつけたユウカは、一瞬の躊躇をしてから構えを取る。
道場で学んでいた身としては背中を……無防備なそこを攻撃するのには躊躇があるが、その無防備さを作り出してくれたのは自らの半身でもある契約幻獣であるフェーだ。
それまでの自分の攻撃の結果、弱点を突ける状況になったのであれば遠慮なく攻撃すべきで……それと同じことだと考えて力と魔力を込めて、背中の中央に渾身の一撃を叩き込む。
凄まじい衝撃と魔力が周囲に放たれ、飛び散った魔力が光を放ち、小さな花火が弾けたかのように光が散り……そんな中、化け物は尚も動き毛玉から脱出しようとする。
それを受けてユウカは二度三度と攻撃を放ち……毛玉の上部へと移動したフェーは、そこから顔を出して、
「わふー! わふー!」
と、ユウカへと応援の声をかける。
それを受けてユウカは更に力を込めての正拳突きを放ち……そこでようやくダメージらしいダメージがあったのか、化け物から悲鳴のような声が上がる。
『グゴゥ!』
それを受けてユウカもフェーも驚いたような表情となり、動きを止める。
まさか化け物に声があるとは……。
声があるなら会話も可能なはずで……会話が可能ならば……。
『グ―――ゴ、ク―――フルゥ―――』
呪文を唱えることも可能なはず。
その化け物の声はユウカ達には一部が聞き取れず、理解が出来ないものだったが、明らかに呪文のようであり、魔力が込められていて……こんな化け物に未知の魔法を使われたらどんなことになるかと、大慌てとなったユウカが魔力を拳に集め始める。
今までも本気は本気だったが、今度のそれは明らかに今までとは違い、目にはっきりと見える程の魔力と、なんとしてでもここで倒さなければという確かな意志が込められている。
呪文はいつ詠唱が完了してしまうか分からない、いつ魔法が発動してしまうか分からない。
だからこそ気持ちが焦るが、それでも冷静にトドメをさせるだけの力と魔力と意志を込めていって……、
「わふー!!」
今だ、とのフェーの声を受けてユウカは、今までに放ったことのない本気の、本当の全力での一撃を目の前の背中に放つのだった。
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