VSタコ
『全国各地で発生した幻獣災害には、現在各役所の職員が対応しており、状況は完璧にコントロールされているとの発表です。
市民の皆様は落ち着いて災害マニュアルに従って行動し、自宅待機か各自治体が定めた避難所へと―――』
情報収集のために付けっぱなしにしておいたリビングのテレビから、そんな音声が聞こえてくる。
被害なし問題なし、状況はコントロールされていて事態は収拾に向かっている。
そんな情報ばかりが繰り返されていて……庭で警戒を続けているハクトは、全く役に立たないなと小さなため息を吐き出す。
とは言え、テレビがこんな内容になるのも仕方のないことなのだろう……仮にどこかで被害があったり破綻した状況があったりしたとして、それを正直に広めてしまってはパニックを招くだけだ。
政府や自治体、上位の召喚者達の間だけで情報共有が出来ていれば良い訳で……仕方のないことなのだろう。
なんてことを考えながら上空を見上げると、ミニグリ子さん達がタコの幻獣を追いかけ回している光景が視界に入り込んでくる。
この状況を先程のテレビ風に言うのなら、状況は完全に優勢で決着まであと僅か。
ブキャナンの結界のおかげもあってか、周囲に人的物的被害もなく、それどころか周囲の家々や道などからミニグリ子さんの戦いっぷりを観戦しているらしい人々の、危機感を全く感じさせない声までが聞こえてきている。
頑張れとか凄い光景だとか、笑う声囃し立てる声……そんな様々な声を耳にしてハクトは、それに怒るでもなく呆れるでもなく、素直に喜ぶ。
被害を出さずに済んでいる、顔見知りの人々の悲鳴を聞かずに済んでいる……これをこのまま維持していかなければと喜ぶと同時に気合を入れ直し……念の為にと狩衣の袖を振るい、そのうちのいくらかを分離させ、糸へと変化させ……周囲一帯を覆うように展開していく。
「……まぁ、そんな必要もなさそうだけどな……。
というか、あんなに弱い幻獣を呼び出して、災害を引き起こそうとしているらしい連中は一体何がしたいんだ?
グリ子さんがタコ好きでなかったとしても、あの弱さでは話にならないぞ……」
展開を終えてからハクトがそんな独り言を言っていると、玄関の方からスタスタと、誰かの足音が聞こえてくる。
呼び鈴もならさず無断で敷地に入ってくるその足音は、本来であれば警戒すべきものなのだろうが……ハクトの隣にいるグリ子さんも、上空からこちらを見下ろせるミニグリ子さんも、全く動きを見せていないことから、警戒の必要がない相手のものであることが分かる。
近所の人か知り合いか、それとも……なんてことを考えていると、定目と名字を変えたハクトの叔父、ショウが姿を見せて声をかけてくる。
「おーおーやってんねぇ。
……そして相手はただの雑魚、か……。
しっかしあの幻獣……一体どんな幻獣なんだ? 見たことも聞いたこともねぇが……。
ん? んん? もしかしてありゃぁ幻獣じゃねぇんじゃねぇか?」
「それは?」
それは一体どういう意味ですか? との意味を込めたハクトの短い言葉にショウは顎を撫でながら言葉を返していく。
「幻獣ってのは異世界の……幻獣界って呼ばれる世界の住民だろ。
で……恐らくなんだがアレは、幻獣界とは別の世界から来やがってるな。
幻獣にしては魔力が少ねぇし、だってのにあの小さなグリ子さんから逃げて見せてるし……オレらが知らねぇ力っつうか、知らねぇ理屈で動いてるんじゃねぇかな?
……見たままタコと思わねぇ方が良いかもしれねぇなぁ……おい、グリ子さんよ、あれを食べるのは程々にしておけよ。
魔力に変換しているうちは良いだろうが、しきれなくなって吸収しちまったらどんな影響が出てくるか、分かったもんじゃねぇからな」
そんなショウの言葉を受けて、半目でショウのことを見やっていたグリ子さんは、渋々というか嫌々という態度で頷き……タコを食べたミニグリ子さん達に「クッキュン!」との指示を出す。
するとミニグリ子さん達はその体を煌めかせ始めて……色とりどりの綺麗な光を周囲に撒き散らしながらの、タコとの追いかけっこをし始める。
どうやらそうやって魔力を消費しているようで……そうしながらズンズンと速度を上げていって、残りのタコ達を追い詰めていく。
そしてその光景は周囲で見ている人々にとっては、思わず歓声を上げたくなってしまうものらしく、そこかしこから歓声があがり……特に子供達がきゃっきゃと喜びの声を上げている。
それが嬉しかったのかグリ子さん達の毛がふわりと膨らみ、膨らんだだけ動きが活発化し……タコの数があっという間に減っていく。
「お……おお、あのタコも訳分からねぇ存在だが、グリ子さんも大概だな……。
子供達の声援が力になるって日曜日のヒーローかよ。
果たしてその在り方はグリフォンらしいのかと問いかけたくもなるが……まぁ、それだけこっちに馴染んでいるって証拠でもあるか。
グリ子さんもそのうち、あのお山の大僧正のように、ここにいて当たり前の存在になれるのかもしれねぇなぁ」
更にショウがそう言葉を続けてきて……ハクトはショウがそう言ってくれることはとても嬉しいと、表情を綻ばせる。
と、その時、最後のタコがミニグリ子さんに食い尽くされたと同時に、タコ達が現れていた裂け目から次なる何かが姿を見せる。
それは先程よりも大きなタコだった。
大きく足が太く、頭が小さく……人型にしか見えないタコで、それを見た瞬間ミニグリ子さん達が突撃を仕掛けていく。
すると人型タコは、大きく足を振るっての攻撃を仕掛けてきて、それを受けたミニグリ子さん達がまるでスーパーボールのように弾け飛んで空を跳ね回る。
町を覆う結界と自分達の魔力で作り出した結界と、ハクトが操る糸にぶつかり跳ねて跳ねて縦横無尽、目で追うことも難しい速度で跳ね回ったなら、その勢いのまま人型タコに襲い掛かる。
まさかそんな風に攻撃されるとは思っていなかったのだろう、人型タコはそれを避けることも出来ず迎撃することも出来ず、直撃を食らうことになり……それをきっかけにして二度目の戦いが開幕となるのだった。
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