ブキャナンの話
説法が終わるとどうやら儀式などは行われないようで、解散の音頭が取られ、参加者がゾロゾロとお堂を離れて下山していく。
それと同時に小僧天狗によるお堂の掃除が行われ……そして掃除が終わると同時に小僧天狗がハクト達の下へとやってきて、仕草でもってお堂の中に入るように促してくる。
それに従いハクト達がお堂へと入ると……その最奥にて、ユウカとフェーが思わず、本能的に戦闘態勢を取ってしまう程度に魔力を充実させた、人間に化けたスーツ姿のブキャナンが、座布団の上でハクト達のことを待っていた。
「お疲れ様でした、大僧正」
そう声を上げながら小僧天狗が用意した座布団に腰を下ろすハクト。
それに続いてグリ子さんもクッションに腰を下ろし……ハクトからの無言での注意、少し落ち着きなさいと言いたげな視線を受けて、臨戦態勢を解いたユウカとフェーも用意された座布団やクッションに腰を下ろす。
「ハクトさん達もお疲れ様で……いやぁ、この度は面倒なことになりやしたねぇ」
それを見てブキャナンはそう声を上げて……小僧天狗が持ってきた茶をがぶりと飲んでから言葉を続ける。
「とりあえずあんた様方が、この山やお堂で魔力を溜め込んでも良いよう、問題にならないよう手配はしておきやすんで、いつでも好きな時にここに来てくだせぇ。
あたくしはこれから全国各地を巡っての結界構築やら説法やらで忙しくなりやすんで、お構い出来るのは今日だけになるでしょうねぇ。
……この竜鐙町にはあんた様方やグリ子さんがいらっしゃるんで、問題はないだろうと思っておりやして、そのためここには結界しか残しませんが……よろしいですかな?」
その言葉を受けてハクトが頷き、それに釣られてユウカも頷き……ブキャナンは満足そうに頷き、言葉を続ける。
「前回起きた騒動……虫のあれこれではあっしは動きませんでした。
動く必要ないだろうと考えていたからで……つまりはまぁ、今回はそうも言ってられねぇという訳ですねぇ。
具体的なことはあっしも知らされていやせんが……なんでも悪意をもって災害を引き起こそうとしている連中がいる、とか?
まぁ……そこら辺に関しては四聖獣や警察屋さんに任せておけば良いでしょうねぇ、ハクトさん達が関わってもロクなことにはならねぇでしょうから、この町を守ることだけに集中してくだせぇ」
そう言われてハクト達はまた頷く。
サクラ先生にそうするようにと言われているし、何よりハクトとユウカは既に町役場への届けを済ませていて……それはつまり町を守るとの宣誓をしているのと同義で、今更否もなかった。
余計なことに関わりたくないという気持ちもあって、町を守れればそれで良いという気持ちもあって……ブキャナンの言葉に対し異論は全くなかった。
だけどもハクトは気になったことがあって、ブキャナンへと言葉を返す。
「大僧正にも情報は知らされていないんですか?」
「えぇ、情報の核心と言いますか、そこら辺のことは四聖獣とお偉方しか知らないようですねぇ。
あたくしが幻獣というのもあるんでしょうが……四聖獣以外には対処して欲しくないとか、対処不可能だとか、そう考えていらっしゃるんでしょうねぇ、お偉方は。
まぁ……こういったことは今回が初めてという訳でもねぇですし、特に問題はねぇと思いやすよ。
どうしても不安なら……そうですねぇ、ハクトさんの叔父御さんに頼まれると良いかと。
あの方の目は真実を見通しますからねぇ……今は定目さんと名乗ってらっしゃるとか」
そう言われてハクトは、やっぱり叔父のことも知っているのかと、妙に納得したような気分となり……同時に安堵感を覚える。
ブキャナンが知っているなら頼れと言うのなら問題はないのだろう、新たな道を生きている叔父の言葉も嘘ではないのだろう。
そういうことならば頼るのも悪くないかと納得し……それから言葉を返す。
「叔父に頼り、真相を見抜いたとしても何もしない方が良いのですよね?
大人しくこの町を守ることだけを考えれば良いと」
「えぇ、それはもう、その通りに。
真相どうこうに関しては、あくまで不安ならばそれを払拭するために……というお話ですので、社会人になったばかりの、幻獣関連の仕事経験の薄いお二人にどうこうしろなんてことは、誰も思っていやせんのでご安心くださいな。
それに……これはあくまであたくしの経験からの話なんですが、本当にやばい時は予言なんてものには現れず、唐突に理不尽に降り掛かってくるものですので、今回のことは割かしマシな部類なんだと思いやすよ」
そんなブキャナンの言葉を受けてハクトは、少し考えた後に納得したような顔となる。
幻獣達の行う予言というものも、魔力による一種の魔法に近いものだ。
何かが起きる前兆や、何かを起こそうとする意志、あるいは未来から流れてくる力の余波のようなものを魔力によって感じ取って言葉にしている……未来予知とはまた別種の現象だ。
つまり今回ことを起こそうとしている何かは、数多くの幻獣に察知される程度の……己の目的や存在を隠蔽出来ない程度の存在でしかないということになる。
かつて首都を襲った巨大幻獣は、そういった予言には引っかからなかったそうだ。
唐突に理不尽に現れ大暴れし、散々に暴れて破壊を尽くし……大慌てで集められた四聖獣を始めとした戦力でもって鎮圧されていた。
そう考えれば今回の件は大したことはないのだろう。
ただ被害予測が広範囲で、何か良からぬことを企む者が裏に居て……その両方に対処しなければならない、四聖獣達は苦労するのだろうが……それ以外の者達は、ハクトのような普通レベルの召喚者はそこまでの苦労はしなくて済むのかもしれない。
町やそこに住まう人々が苦労するかは被害次第だが……そこはハクト達の頑張り次第ということになる。
「……では、そこまで深刻にならずに、少しでも被害を減らせるよう、尽力することだけを考えたいと思います。
……それと大僧正、もし鷲波タダシという人物に会ったなら彼のことを気にかけてあげてください。
サクラ先生からの指導を受けている四聖獣候補ではあるのですが……その、色々と不安定な部分もあるようなので」
納得し安堵し、余裕が出てきたからかハクトの口からそんな言葉がこぼれ……それを受けてブキャナンは微笑みながら大きく頷く。
「ええ、ええ、お任せください。
グリ子さんとしても同胞であるグリフォンは気になるでしょうからねぇ……あたくしの方で気にかけておきやすよ」
頷いてから力強くそう言ってくれたブキャナンにハクトは頷き、礼を言い……そうしてゆっくりと立ち上がり、これ以上は仕事や瞑想の邪魔になるだろうと別れの挨拶をする。
ずっと黙って話を聞いていたユウカもそれに続くとブキャナンは、
「ええ、ええ、ことが終わったらまたお会いしやしょう」
と、そんな言葉を弾む声でもって、返してくるのだった。
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