ブキャナンの役目
サクラ先生からの連絡を受けて……翌日。
早速ハクトはユウカを誘った上で幻獣災害に向けての備えを始めていた。
まずは備蓄の買い出し、食料飲料水、日用品など……自分の分とユウカの家の分を買い集める。
次に役所での手続き、いつその事態が起きても良いよう、いつでも対処出来るよう、町中で大々的に幻獣の力を使うことについての許可を申請した。
そして……魔力の補充。
普段は意識せず、なんでもない日々の中でジワジワと集めているそれを意識的に……特に魔力の濃い地域に足を運ぶことで行い、魔力を充実した状態にしておこうと考えたからだ。
そのために山へと足を向け……ブキャナンが住まう一帯の手前、一般人向けの参道を通り、寺院に参拝する。
静かにゆっくりと、呼吸を深くして魔力を集めて……ユウカもグリ子さんも、フェーもまたそれを真似て魔力を集めて、己が内側に充実させていく。
それからハクト達はそれなりに長い時間……30分程となりをかけて魔力を集めて、それから参道脇にある休憩用の長椅子へと腰をかけて、深く息を吐く。
立ったまま微動だにせず神経を張り詰めての30分……その疲労は中々のもので、鍛えているユウカでも大変だったのだろう、フェーを抱きしめながら深く深く息を吐いていて……そうやって呼吸を落ち着けたなら、山の奥……続く山道の先にある、ブキャナンのお堂の方を見やりながら声を上げる。
「そういえばブキャナンさんはどうしているんですか?
以前聞いた先輩の説明だと、こういう時にこそ出番だと思うんですけど……?」
そんなユウカの声に対しハクトは、大きく頷き……目の前で丸くなっているグリ子さんのことを撫でながら言葉を返す。
「そうだね、その通りだ。
だからこそ今頃は魔力を練って瞑想をして……なんらかの対策を打っているのだと思うよ。
結界構築か、それか小天狗を量産しているか……ああ、それか近所の人を集めての説法をしているかもしれないね」
「えぇっと……結界と小天狗はまだ分かるんですけど、説法ですか?」
「そう、説法だ。
これから起きる……かもしれない幻獣災害がどんなものかは俺達には知らされていない。
だけども恐らく大僧正にはその情報が伝えられている。
たとえ伝えられていなくても様々な方法でもって、それを知ることが出来るのが大僧正で……その対策を、今からしておくべきことを説法という形で、大僧正を慕う人々に伝えているんだよ。
一応情報封鎖されていることだから直接的ではなく間接的に伝えて備えさせて……それが見事的中したなら、人々は大僧正への信頼を更に篤くし……同時に災害の中であっても安堵感を覚えることだろう、大僧正の言う通りにしておけば大丈夫なのだとね。
そうやって大僧正は災害へ備えさせるだけでなく、緊急事態が起きた際のパニックを防止しているという訳だ」
「あー……。
そう言えばブキャナンさんも幻獣でしたね、他の幻獣のように予言が出来てもおかしくはないし……慕っている皆さんも、当然そのことを知っている、と……。
そうやってパニックを防いで、ついでに被害も防いで……更に信頼されるようになって……かぁ。
なんだか、凄いことをやっているような……」
「いや、うん、大僧正と呼ばれているだけあって、相応に凄い方なんだよ?
こういった事態においてはこれ以上なく頼りになる……政府さえもが頼るような存在なのだから。
本来ならパニックになってしまうだろう人々も、大僧正がいれば安心だ、大僧正がいれば間違いないと安堵することが出来て……そのことを再確認するための説法という訳だ。
大仰に、身振りを交えて説法をやって……結界の構築さえも派手な儀式のようにやるんだろうね。
そんな必要はないのだけど、その方がそれらしいし、皆が安心してくれるからね」
「なるほどー……。
結界の構築で儀式ってどんなことするんだろ?
……歌ったり踊ったり?」
それはユウカとしてはふざけた発言というか、適当な発言だったのだろう。
だけども実は良いところをついてしまっていて……ハクトはなんと返したものかと困ってしまう。
「あー……まぁ、そうだね。
錫杖を振ったり、経典を読み上げたり、とにかく派手に大げさに……風切君の想像に近いことが行われるかもしれないね。
大僧正だけでなく、近隣の僧侶を集めて大々的にやる場合もあるし……とんでもない大きさのかがり火を炊く場合もある。
今回は……四聖獣も動く大規模な事件になるだろうから、それ相応のことをやるんじゃないかな?
詳細は……聞いてみないことには分からないけど、今夜辺りにやるんじゃないかな?」
困ってしまいながらハクトがそう返すとユウカは目を煌めかせ……それを見てみたいと表情で語ってくる。
それを受けてハクトは……大僧正の力や権威を見ておくことは、良い勉強になるし意義もあるし、これから起きる事件に備えて気を引き締めるという意味でも悪いことではないかもしれないと、そんなことを考える。
考えて考えて……仕方ないかと頷いたならゆっくりと立ち上がる。
「じゃぁ、これから大僧正の下へ向かって、いつ儀式をやるかの確認と……参加しても構わないかと許可を取るとしよう。
知人であっても俺達は部外者だからね、いきなり参加という訳にもいかないだろう。
……お堂への移動だけど今は説法か儀式中だろうから静かに……邪魔にならないよう気をつけるようにね」
それからそう声を上げると、ユウカは嬉しさからか勢い良く立ち上がり、そのまま駆け出そうとしかけ……ハクトの今注意したばかりだろうという視線を受けて、駆けるのを止めて静かにゆっくりと……抱きしめたフェーを撫で回しながら足を進めていく。
ハクトはそれを見張るかのように後ろから追いかけ……その後をグリ子さんがチャッチャッと鉤爪を鳴らしながら続く。
そうやって山道を進み……木々の合間を抜けてお堂が見える所まで進むと、お堂の前にいくつもの長椅子が並べられていて、そこに腰掛ける人々の姿が視界に入り込む。
そんな人々の前には豪勢な刺繍のされた僧服姿のブキャナンの……人に化けた姿があり、ブキャナンは両手を大仰に振り上げながらあれやこれやと言葉を駆使しての説法を繰り広げている。
「えぇ、えぇ、皆様不安なことでしょう、ですがご安心ください、何があってもワタクシは―――」
そんなブキャナンの様子を受けてハクトは半目での視線を送り……それに気付いたブキャナンは一瞬硬直するが、すぐに再起動して言葉を続けていく。
それから説法は10分程続き……ハクト達は何も言わず何もせず静かに、それが終わるまで待ち続けるのだった。
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