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ある日曜日のひととき

今回は主人公以外の視点が中心となります。




 ――――矢縫家本邸



「何故私はアイツを追い出したのだ……?」


 矢縫家本邸のある部屋で、執務机を前にした一人の男が手元の資料を眺めながらそんなことを呟いている。


 手塩をかけて育てた息子が、なんとも腑抜けた見た目の幻獣を召喚してしまった。

 だがそれでもその幻獣はグリフォンの血族であり、利用価値は十分にあり……息子が効率的に利用することを嫌がるようであれば、息子から幻獣を奪ってしまうという手もあったのだが……だというのに自分は一体全体なぜなのか、よりにもよってその幻獣を息子諸共追放するという選択肢を選んでしまった。


 そうすることで一体どんな利があったのか、どんな意味があったのか……。

 己の決断ながらその答えを見失ってしまっていたその男は、何度も何度もそんな自問自答を繰り返していた。


「……アイツが召喚した幻獣であればどうとでも利用出来ただろうに……」


 幻獣は召喚する者の魂を見て、召喚されるかどうかを選ぶという。

 その為息子には、この家の暗部を見せず、真実を見せず……都合の良い幻獣を呼び出せる依代となるよう、徹底した教育を行っていた。


 そしてその教育は見事なまでに成功していて、息子は矢縫家の本性を知らないまま、その魂を歪めることなく成長していた……のだが、その傑作品を一体どうして、自分は手放してしまったのか。


 確かにあんな見た目の幻獣を召喚してしまったという恥はあった。

 外聞も当然それなりに悪いものとなっていた。


 だがそれだけで何故……何故自分はあんな決断を……?


 その答えはいくら悩んでもいくら自問自答しても出すことが出来ず……いっそのこと追放した息子を連れ戻そうとも考えたが、いざそうしようとすると全く別の所で騒動が起きたり、にわかに本業が忙しくなったりとしてどうしてか動くことが出来ず……あれの母親も使用人達もどういう訳か非協力的で……結果男は息子に……元息子にその手を伸ばせずにいた。


「……一体何がどうなっているというのだ……?」


 尚も男は自問自答するが、その答えははっきりとしないまま……いたずらに時間だけが過ぎていくのだった。



 ――――公園



「私幻獣を直で見るのって初めてなんだけど、あんなにかわいいものなのね」


 日曜日の昼下がり。

 遊具の並ぶ一画と、何も無い広いグラウンドがあるという一画と、それとベンチが並ぶ一画で構成された公園の道端で、女性達が井戸端会議に花を咲かせている。


「テレビとか新聞で見るのは怖いのばっかりだけど、あれならうちでも飼いたくなっちゃうわね」


「あー、駄目よ駄目よ、幻獣はペットじゃないんだから、飼うっていうのは失礼にあたるらしいわよ。

 一緒に暮らすって言わなきゃいけないんだって、息子から教わったのよ」


「へー……まぁ、確かにグリ子さんって、とっても賢いみたいだから、そんなことを言ったら怒っちゃうかもしれないわね」


 そんな会話をし、うんうんと頷き合い……グラウンドで自らの息子、娘達と触れ合う毛玉へと視線をやる女性達。


 毛玉……グリ子さんは、子供達と触れ合いながらなんとも嬉しそうに目を細めていて……その光景を少しの間、微笑みながら見つめていた女性達は言葉を続ける。


「そう言えば、最近子供達の間でグリ子さんと遊ぶと、珍しい玩具が手に入るって噂が広がってるらしいわね。

 シールとか、カードとか……ガチャって回すやつとかで、欲しいのがあっさりと出るんですって」


「あー……それうちの息子も言ってたわね。

 というか、あたしの前で良いカードを引いたってはしゃいでいたし……。

 何かしらね? 幻獣の力で運が良くなるとか、そういうことってあるのかしらね?」


「さー……そんな話は聞いたことないけど……。

 そう言えば最近なんかここらへんの空気が良くなったっていうか、お隣の夫婦喧嘩もめっきり減った感じだし、雰囲気がよくなってる感じあるわよね?」


「確かに。

 似たような話だけど怒鳴ってばっかりの先生が怒鳴らなくなったなんて話を子供がしていたような……」


「我が家も旦那がイライラしなくなって、最近は穏やかな日々が送れてるわねー」


 そんなうわさ話を口々にし、またもグリ子さんへと視線をやる女性達。

 だがそれは所詮は噂話で、本当にそうだと思って口にしている訳ではなく……適当にお互いの話に相槌を打っているだけでの程度のことでしかなかった。


 話題の種がそこにあったから……目立つ形で視界に入ったから話題にしただけ。

 誰も彼も我が家のことに関しては本当のことを言ってはいるのだが、お互いにそれを本当のこととしては受け取っておらず……適当に受け流し、聞き流し……そうしてその話題に飽きたなら、次なる話題を口々にしていく。


 そんな中で、グラウンドを駆け回っていた子供の一人が、何もないところで躓いて盛大に転んでしまう。

 膝からグラウンドに突っ込み、勢いのまま滑り……膝を盛大に擦りむいて、血が滲みそこに砂利が入り込み……転んだ際の痛みと、砂利による痛みが子供の中を駆け抜ける。


 だが周囲の大人達はそのことに気付かず、転んだ子供の方を見ることもなく……痛みに耐えながら周囲をキョロキョロと見回したその子供は、顔を歪め涙を浮かべ……その口を大きく開けて、大きな声を上げて泣き叫ぼうとする。


 ……と、その時、タタタッとグリ子さんが駆け寄って、すとんとその子の側に座り込んで……もふりとその羽毛で子供の顔を包み込む。


 包み込み、少しでも痛みを癒やそうとしているのか、その小さな翼でそっと膝を撫でて「クキュン」と優しく一鳴きする。


 するとその翼で砂利が払われたのか、すっと膝から痛みが引いていって……グリ子さんに包まれたこともあり泣きそうになっていた子供は、グリ子さんの羽毛で涙を拭きながら「えへへ」と笑顔を浮かべる。


 そんな光景を見ていたのはグラウンドにいた子供達だけだった。


 子供の保護者達も、ベンチのある一帯でベンチに腰を下ろしていたハクトもたまたまその光景を目にしていなかった。


 ただ痛みが引いただけでなく、盛大に擦りむいて血が出ていたはずの膝が綺麗に治っていることに気付いたのは子供達だけだった。


「グリ子さんすげーー!」

「グリ子さんってほんとうに幻獣なんだね!!」

「グリ子さん、グリ子さん! 俺のここも打ち身になってるんだよ! 撫でてくれよ!」


 そんな声を上げて盛り上がる子供達の様子に気付く大人達は一人もおらず……そうして日曜日の公園には、笑顔に溢れたままの穏やかな時間が流れていくのだった。


お読みいただきありがとうございました。


そしてでろめろさんから素敵なレビューをいただきました!

ほんとうにありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] グリ子さんすげーー! この一言につきますね(笑) 今回のグリ子さんの能力?は中々に想像がはかどりますね♪ 治療?癒しの力的な能力も素敵です (*´▽`*) [一言] 可愛いだけじゃない グ…
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