フェーとドラゴン
ハクト達がワイワイと昼食を楽しんでいると、そこに何頭かのドラゴン達がやってくる。
その様子を見るにどうやら調理をしに来た訳ではなく、食事をしに来たようで……そんなドラゴンの中にいた白ドラゴンがフェーを見つけるなり、興味深げな視線を向けてきて……ハクトが「構わないよ」とそう言いながら頷いて見せると白ドラゴンはフェーの側にちょこんと座り、手を挙げて「がぁがぁ」と声を上げる。
どうやらそうやって注文していたようで、厨房の方から「がぁ!」との元気な返事があり……それから白ドラゴンは料理が到着するまでの間、フェーの方を向いて視線を送ったり話しかけたりと、フェーを構い始める。
それを受けてピザをささっと食べ上げたフェーは、白ドラゴンの方へと視線をやって……「わふー!」と声を上げて白ドラゴンと会話のようなことをし始める。
一体どんな会話をしているのやら、ハクトが興味深げにその様子を眺めていると、白ドラゴンが注文したらしい料理が運ばれてきて……白ドラゴンの前にロブスターの丸茹でが乗せられた大きな皿がどんと置かれる。
「ろ、ロブスター!?」
それを見てユウカがそんな声を上げる中、白ドラゴンはロブスターにガブリと噛みつき……ロブスターを殻ごと噛み砕いて咀嚼し、なんとも美味しそうに口角を上げて目を細める。
バリッゴリッバキリッと、爽快なまでに豪快な音を上げてロブスターを食べ進める白ドラゴンを見て、そんなに美味しいのかとフェーが首を傾げていると、白ドラゴンはロブスターのハサミを手に取り、どうぞとフェーへと差し出してくる。
それを受けてフェーはハサミを受け取り、ハクトが、
「フェー、今殻割りを持ってきてもらうから、それには噛みつかないように―――」
と、言っている間に噛みついて、噛み砕こうとする。
ゴキリッ。
と、音がしてハクトはフェーの歯の心配をするが、ハクトが想定していたよりフェーの歯は頑丈だったようで、見事にロブスターの殻を噛み砕き……そして砕かれた殻がフェーの口の中で暴れまわる。
それを受けてフェーは渋い顔をして悶絶し……白ドラゴンはクスリと笑い、それからもう一つのハサミを手に取って、その鋭い爪でもって殻を切り裂いていって……綺麗に殻を割って中の身をむき出しにして、それを改めてフェーの方へと差し出してくる。
口の中で暴れていた殻をどうにか噛み砕き、飲み下したフェーはそれを見て一瞬怯むが、それでも勇気を出して受け取って、むき出しとなった身へとかじりついて……余程に美味しかったのか、目を見開き全身の毛を逆立たせて……そして何故かグインと縦長にその体を伸ばす。
円形から楕円形となって少しの間震えて……それが終わったなら夢中でロブスターにしゃぶりついて、僅かな破片も残さないといった勢いで食べていく。
フェーがそうする間も白ドラゴンは食事を進めていて……二人で存分なまでに堪能したなら笑い合って、フェーと白ドラゴンだけの世界を作り出す。
それはハクト達の食事が終わっても、食器の片付けが終わっても、支払いなどが終わっても続けられて……そんなフェー達にハクトは、そろそろかと意を決し咳払いをしてから声をかける。
「フェー、もう少ししたら家に帰るから……そろそろお別れの挨拶をすると良い」
それを受けてフェーは心底から驚いたというような顔になり、大口を開けてハクトに抗議をするが、ハクトは首を左右に振って抗議が無意味であることを示す。
するとフェーは白ドラゴンに抱きついて白ドラゴンを連れて帰るとの意志を示すが、それにもハクトは首を左右に振り……それだけでは納得できないだろうからと声を上げる。
「フェー、そのドラゴンにも契約主がいるんだよ。
契約主がいて、共に暮らす相手がいて……だからこそ、そのドラゴンはここで暮らしているんだ。
勝手に連れて帰るなんてことは出来ないし、当然契約主ごとなんてのも無理な話だ。
……フェーに出来ることは、暇な時にまたここに来て一緒に遊ぶくらいだろうね」
別れというのもまたコミュニケーションの一種であり、別れがたい相手を得るというのもまた大切なことである。
そう考えてハクトはこれも良い経験だとあえて厳しい態度を取ろうとしていて……ユウカとタダシがそれを察する中、フェーはただただ怒りを顕にしてハクトに抗議し続ける。
それを見てハクトは微笑ましい気分を抱き、フェーが良い友達を得られたことを喜ぶが……そんな感情を表に出すことはなく、ただただ厳しい表情と態度を維持し続ける。
しばらくそうしてみてもフェーはハクトへの態度を変えず……ならばと頷いたハクトはそんなフェーに柔らかな声をかける。
「どうしても離れがたいと言うのなら、力を身につけると良い……ここに簡単に来られるようになる、毎日ここに来られるようになる、そんな力を。
気付いていないかもしれないが、さっき遊んでいた時にフェー……お前はその力の片鱗を発揮していたんだぞ?
あの時のように空を駆ければ良い、風切君と二人で駆けてここまで来たら良い。
空を駆けたならここまであっという間で来られるはずだ」
そう言われてフェーは首どころか全身を傾げる。
ハクトが何を言っているか分からないが、ハクトが嘘を言っているようにも思えず、体を傾げたままグリ子さんとユウカの方を見やり……二人がこくりと頷いたのを受けてどうやら嘘ではないようだとの確信を得る。
「フェー、君一人だけで行動することは法的にも許されていない。
となると風切君と一緒にここまで来られるようになる必要があるが……自分だけならともかく、他の誰かまで空を駆けさせるというのは並大抵のことではないだろう。
……並大抵のことではなく、実現可能かも謎だが……もしそれが出来たなら風切君の身体能力でもって、あっという間の移動が可能になるはずだ。
友達のためにと意地を張りたいのであれば、そういう方向で張ってみると良い」
更にハクトがそう言葉を続けるとフェーはまだ良く分かっていないながらもコクリと頷いて……白ドラゴンはそれを喜んで満面の笑みを浮かべる。
ユウカもまた笑みを浮かべて、グリ子さんは満足そうな表情でうんうんと頷き……そしてタダシは、固い表情でもってユウカの肩をポンと叩く。
それを受けてユウカが首を傾げているとタダシは、なんとも言えない固い笑みを浮かべてから口を開く。
「フェー君が空を駆けるというのであれば、風切さんも幻獣関連航空法について学ぶ必要がありますね。
学び、免許を取得し、届け出を出し……それでようやくフェー君が空を駆けられるようになる、ということです。
なぁに安心してください、免許に関しては私が取得していますので……取得までの面倒を見てあげますよ」
その言葉を受けてユウカは全身を硬直させてハクトの方を見やり、助けを求めるが……ハクトは何も言わずに顔を左右に振り、それからフェーと白ドラゴンの方を指し示す。
幸せそうに嬉しそうにじゃれ合うフェーと白ドラゴンを引き離すのか?
そんな言葉が込められたハクトの態度を受けてユウカは……、
「学院の卒業で、もう勉強しなくて良いと思っていたのに……」
なんて声を上げて肩を落とす。
「幻獣関連で仕事をしていくのなら、引退するまでは勉強を繰り返す日々を送ることになりますよ」
そんなユウカにそう言ってトドメを刺したタダシは、なんとも良い笑顔を浮かべて……それから手帳を取り出して、どんなカリキュラムを組むべきかとなんとも楽しそうに手帳へとその詳細を書き込んでいくのだった。
お読みいただきありがとうございました。