タダシとのお出かけ
フェーの課題は色々あるが、ひとまずは様々な幻獣との交流からだろうということになり……タダシはまた明日来るから、その辺りのことは明日以降にとそう言って去っていった。
何か心当たりがあるらしい、そのための準備があるらしい。
学院を卒業したユウカであれば平日でも問題はなく……有休がたまっているハクトとしても問題はなく、あとのことはタダシの準備を待とうとなって……翌日。
朝早くきたタダシからの電話を受けて私服に着替えたハクトとユウカと、グリ子さんとフェーがハクトの家で待っていると、タダシがワゴン車で迎えにきて……幻獣運搬用のそれに一同が乗り込むと、タダシは車を発進させながらシートに腰掛けたハクトとユウカと……後部に設置されたクッションの上に腰掛けたグリ子さんとフェーに向けて、言葉をかけてくる。
「今日これから向かう施設は公のものではなく、私設のものと言いますか……言ってしまうと、サクラ先生が所有する私有地でして、お二人はそこに招かれた私的な客人という扱いになります。
それがどこにあるのか、どういった施設なのか、誰が働いているのか……そういった情報も公にはされておらず……入るにも出るにも厳重な審査があり、簡単にはいきません。
ですので今日の出来事はお二人の胸に秘してご家族にも話さないようお願いします。
……と、言いはしましたが、一部政治家とか幻獣契約主とか知る人は知る施設になっておりまして、契約で秘匿を厳命されたり罰則があったりとか、そういうことはないのでご安心ください。
目隠しをする訳でもなし、拘束する訳でもなし、道や地名を覚えられても問題ない程度……なのですが、ここを知っていると言いふらすと、よからぬ考えを持つ連中が寄ってくる可能性がありますので、施設やサクラ先生のためというよりも、ご自身のために口を閉ざすことをおすすめします」
その言葉を受けてハクトはあの施設かと思い至り……ユウカは首を傾げて不安げな表情をする。
一体そこはどんな場所なのか、なんのために秘匿されているのか、サクラ先生がどう関わっているのか……。
そういった不安を言葉にしても良いものかとユウカが悩んでいると、それに気付いたハクトが小声をユウカに投げかける。
「サクラ先生との付き合いの短い鷲波さんが知っている程度なのだから、そこまで気にする場所ではないはずだよ。
俺の考えが正しければ今から行く場所は……うん、風切君にとってもフェー君にとっても、楽しい思い出がいっぱい出来る……素敵な場所となるはずさ」
サクラ先生の弟子である鷲波タダシは、幻獣契約主としてはハクトの先輩だが、サクラ先生の弟子としては弟弟子にあたる。
白虎杯での苦戦を悔いてサクラ先生に弟子入りしたのが数ヶ月前のことで……ハクトがサクラ先生に師事していたのは数年前のことで。
そのくらいの付き合いのタダシが知っている場所なのだから、そこまでの重要施設ではないはずで……社会人の先輩であるタダシにどこか萎縮し、その言葉を重く受け止めていたユウカは、そんな思いをほぐして小さくし……笑みを浮かべてどんな場所が待っているのだろうと胸を弾ませ始める。
そんなユウカを見てハクトが苦笑まじりのため息を吐き出し……そんなハクト達に気付くことなくタダシは運転にだけ意識を向けて……車は平地を離れて山道を登っての山中へと入っていく。
山道を上がったり下がったり、右に曲がり左に曲がり……そうしてそれなりの高度までいったところで平地が広がる一帯へとたどり着き……車の進む先に、かなりの広さを大きく囲うフェンスが見えてくる。
まるで壁のように張り巡らされたそれを貫くように道が続いていて……その途中に門のようなものがあり、守衛室のようなものがあり……守衛室の側に車を停めたタダシが、窓を開けて守衛室に控えていた人物に声をかけると、門が開かれて……その向こうへと車が進んでいく。
それから暫く進むとまるで牧場かと思うような広い草原があり、そうかと思えば今度は大きな湖があり……なんともこの国らしくない、海外の高山地を思わせるような光景が続くなと、そんなことをユウカが考えていると……そんな光景の中で遊ぶ幻獣達の姿が視界に入り込む。
タダシのグリフォンのような立派な体躯ではなく、小さく可愛く、フェーを思わせるような幻獣ばかりで……その側に立っている施設の職員か契約主かと思われる人物はただただ幻獣の様子を見守るばかりで、何の指示もしておらず、幻獣達は自由に、好き勝手に自然豊かな施設の中を遊び回っている。
そんな光景の中を進むと、ようやく建物らしい建物が見えてきて……横に長く広い一階建ての、小規模な学校を思わせるような施設がハクト達を出迎える。
その建物の入り口には看板があり『自然と幻獣の家 桜荘』なる文字がかかれており……ハクトがやっぱりかと頷く中、ユウカは大きく首を傾げて声を上げる。
「……なんだか凄く平和っていうか、秘密にされてる感じないっていうか……。
えっと……ここってどんな施設なんですか?」
その言葉を受けてハクトとタダシがなんとも言えない顔をし……説明はまず施設に入ってからにしようとタダシは駐車場へと車を進めて停車し……ハクトは車を降り、後方の専用ドアを開けてグリ子さんとフェーを車から下ろしてやり……それから施設入り口へと向かう。
それを追いかけるようにフェーを抱きかかえたユウカが駆けていくと、エプロン姿の職員が出迎えてくれて……エプロンに描かれた桜の模様をじぃっと見つめたユウカは周囲を見回す。
見回して……桜の木が周囲にないことを確認して、それからどうして桜なんだろうと首を傾げて……そしてようやく施設の名前と、施設の所有者であるサクラ先生が繋がって、それからユウカはようやく、ハクトが過去にしていた話を思い出す。
サクラ先生が幼い幻獣を召喚した契約主やその幻獣の保護活動をしているとかなんとか……。
そしてハクトはいずれサクラ先生にそのことについて話を聞いてみると良いと、そんなことも言っていて……。
考えてみればここで見かける幻獣は小さい幻獣ばかりで、そんな幻獣達のために広い草原や湖を用意したと考えると納得出来るものがあり……、
「ああー、ここがサクラ先生が保護活動をしている場所なんですねー」
と、そんな言葉をあっさりとした様子で口にする。
それを受けてタダシとハクトは同時に、やれやれといった様子で左右に首を振るのだった。
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