タダシの講義
数日後。
すっかりとフェーに魔力をコントロールしてもらうことに慣れたユウカは、今すぐではないが追々就職することになることを考慮して、幻獣の主としての覚悟や社会でどう働いていくかといったことを学ぶために、グリフォンの主……鷲波タダシに教えを乞うことにした。
身近にハクトという先達がいるものの、ハクトの仕事は幻獣の力を活かしているとは言えず、白虎杯出場経験があるという点でもタダシから学ぶことは多いだろうと考えたからだ。
ハクトや両親にその旨を相談すると、どちらもしっかり学ぶべきだと言ってくれて……フェーからも反対の声はなく、タダシ本人に連絡してみるとタダシも快諾してくれて……週末、ハクトの家で講義が行われることになった。
何故ハクトの家かと言えばその日ユウカの両親が不在だからで……両親不在の時に家に上がり込むのもどうかと躊躇われ、講習を行えるスペースもないらしく、タダシとユウカが二人きりというのも問題となってのハクト宅の開催だった。
ハクトとしてもユウカが幻獣と契約したことに無関係ではなく、大事な後輩でもあるのでそのくらいの面倒は全く問題なく、何も言わずにその決定を受け入れていた。
そうして週末、ハクト達がハクトの家のリビングで待機していると、大きなはばたきの音が上空から響いてくる。
それを受けてハクト達が庭に出ると、初対面の時のようにグリフォンとその背中に乗ったタダシが姿を見せて……ゆっくりと庭に降り立ってくる。
「ご足労いただきありがとうございます、本日はよろしくお願いします!」
制服ではなく買ってもらったばかりのスーツ姿で、驚く程丁寧にユウカがそう言うと、タダシは、それに同じように丁寧な挨拶を返すと、名刺入れを取り出し差し出して……ユウカはまだ自分の名刺がないことを侘びながらそれを受け取り……ハクトはそんなやり取りを感慨深げに見守る。
そんな挨拶が終わったならタダシの家の中へと案内し……1階の空き部屋、一応は応接間となっている部屋へと足を向ける。
一人暮らしでその部屋を使うような機会は無いだろうと考えていて、使ったことはなく、飾り気もなければ生活感もないが、最低限……この日のためにと用意したホワイトボードとソファと、ソファに合わせた机が用意されている。
タダシはホワイトボードの前に立ち、ユウカとフェーはソファに座り、グリ子さんは用意しておいたクッションに座り……ハクトは壁際に立ち。
そうしてそれぞれの支度が整ったならタダシの講義が始まっていく。
幻獣契約主の就職とはどんなものなのか、仕事とはどんなものなのか。
どんな仕事が人気で、どんな待遇となっているのか。
生涯年収や福利厚生などの細かい部分にまで話題が及び……それらの説明を終えたならタダシは、ホワイトボードにいくつかの会社や業種の名前を書き込んでいく。
「風切さんとフェーさんの学歴や年齢、そして現在の能力……あくまで現在の能力ですよ? これらをシビアに考慮して就職可能そうな企業の名前をいくつか上げさせていただきました。
単純に収入だけを見るなら競技会の選手になるか、いっそ幻獣とは関係ないアスリート系、格闘技系という選択肢もあり……普通に総合職などで働きたいのならこちらの企業が候補に上がります。
今回挙げたのは大企業ばかりですが……中小なら、まぁそこまで苦労せずに就職出来るのではないでしょうか」
そんなことを言うタダシが書き込んだ名前の中には業界トップと呼ばれるような会社が何社かあり……そんな会社自分には無理だと驚いたユウカがハクトへと「どうして、あんな会社の名前が?」と視線で問いかけるが、何も答えずハクトはタダシの方へと視線をやって、タダシに聞きなさいとそう動かす。
「あのー……何社か私じゃ絶対に無理でしょって名前が挙がっているのは何故なのですか?」
それを受けてユウカがそう問いかけて……タダシはユウカが気にしているだろう何社かの名前を丸で囲った上で答えを返す。
「何故も何も、この辺りは試験なしで入社出来る、風切さんとしては一番手頃で簡単な企業ですよ?
確かに企業規模は大きく、普通に入社しようとした場合はかなりの難度……競争倍率となる企業ですが……この辺りには吉龍サクラ先生のコネが利きますので、先生にお願いしたら一発ですよ。
……それで良いのかと思うかもしれませんが、コネも実力のうち、事情が事情ですから先生も嫌な顔をすることなく対応してくださるでしょう。
そもそもかの学院を特進という形で卒業している訳ですからねぇ、実情がどうあれ卒業資格を持っていることはとても大きいですし……未知数のフェーさんを青田買いしたいという企業も多いことでしょう。
成長してどんな幻獣になるにせよ、有能でさえあれば派遣など様々な方法で会社に貢献できますから」
その説明はユウカにとってまさかのものだったのだろう、大口を開けて驚き、ハクトを見やるがハクトはさも当然と言った態度を示していて……そんなハクトとホワイトボードを交互に見てからユウカは、目を見開いての声を上げる。
「え、あ、じゃぁ先輩もここら辺の企業に就職しようと思えば出来たんですか?」
その言葉に対してハクトは……少し悩んでから言葉を返す。
「俺の場合は実家のこともあるし、風切君程すんなりとはいかないと思うよ。
実家との関係で拒否されることもあったろうし、実家の父親が口を出してきただろうし……それでもまぁ、サクラ先生を頼ればなんとかはなったはずではあるかな。
……ただまぁ、今の生活のほうが性に合っているからね、これで良かったと思っているし、転職する気もないよ」
それを受けてユウカが唖然とする中、タダシはホワイトボードに更にいくつかの企業の名前を書き足していく。
「ご実家のことを考慮しないのであれば矢縫さんは更にこの辺りの企業に就職できるでしょうねぇ。
学院を主席で卒業ということはつまり、国内トップの人材ということですから……その上幻獣と契約しているとなれば引く手あまたでしょう。
仮に契約に失敗していたとしたら何社かは駄目になりますが……それでも幻獣と関わりのない仕事であれば問題なかったでしょう。
風切さんはどうにも自己評価が低いところがありますが……国内最高学府にいたという自覚を持ってもよろしいのではないでしょうか」
そう言われてユウカはハクトを見やる。
ユウカが尊敬していたのも、一番近くにいたのも……参考にしていたのもハクトで、そのハクトが地味な生活をしていたものだから自分が勘違いしてしまっていたのだと、そんな責めるかのような視線で。
だけどもハクトは、自分は散々説明してきたぞと、事あるごとにその勘違いを正してきたぞという顔をし……そうしてユウカは「え? そうなの?」といった表情で気まずそうにし……それから誤魔化すような曖昧な笑みを浮かべるのだった。
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