子供好きのグリ子さん
前話である10話に挿絵を追加しています。
まだみていない方はぜひぜひチェックしてみてください。
それから何日かが過ぎて……ハクトとグリ子さんはすっかりと竜鐙町に受け入れられ、馴染んでいた。
元々ハクトは真面目かつ礼儀正しい人柄をしていて、グリ子さんは愛くるしい姿をしていて、受け入れられる素養は十分にあったのだが、実直な人柄で知られるユウカの両親と親交があるという点が更なるひと押しをすることになり……町内に住まう人々と道端ですれ違えば笑顔で挨拶し合える程になっていた。
町内の子供達にとってグリ子さんは、可愛らしく柔らかく、魅力的なまんまる姿をしている幻獣で……。
生活に根付いてはいても、一般人には縁遠い幻獣と気軽に触れ合えるというのは貴重な経験でもあり、挨拶ついでに子供達がグリ子さんに抱きつくというのも、すっかりと見慣れた光景となっていた。
更にはハクトが近所の工場で真面目に働いているという話も町内に広まっていて……グリ子さんが工場の入り口でマスコットをしているという話も広まっていて……下校途中の子供達がわざわざ工場の前の道を通り、グリ子さんに話しかけたり触れ合ったり……その体をおもいっきりに抱きしめたりするのも、竜鐙町の日常の光景となっていた。
日常となり毎日の光景となり、毎日毎日何度も何度も子供達に抱きしめられて……それがストレスになってしまわないかとハクトが心配するという一幕もあったが……グリ子さんは元々、保育園などに出向いて子供達の世話をする程に子供好きで、子供達と触れ合うのが大好きで。
むしろ遠足などの特殊日程といった事情で、子供達が工場まで来てくれない日があったりすると、今日は何故来てくれないのかとしょんぼりとしてしまい……子供達と触れ合う為に、仕事を終えて帰宅するハクトを無理矢理に引っ張って、近所の公園まで足を運んでしまう程だった。
そうして公園で子供達と存分に遊べたならグリ子さんは満足で、幸せで……そんなグリ子さんの様子を見ることはハクトにとっても幸せなことで……そうやってハクトとグリ子さんは平和で幸せに満ちた日々を過ごしていた。
「……さて、今日はどうしたものかな」
日曜日の朝。すっかりと新生活に慣れて落ち着いて……特にこれといってやることが無くなってしまったハクトが朝食の片付けをしながらそんな言葉を呟く。
「クキュン?」
今日は用事は無いの? 買い物とかは良いの?
朝食を終えて満腹となって……リビングの床でゴロゴロとしながらそんな声を返すグリ子さんに、ハクトは頷き言葉を返す。
「ああ、これといって用事は無いな。
……生活の為に必要な物資も大体買い終えてしまったし……引っ越しに絡む各種手続きも全て完了した。
今までは日曜日というと勉学の為の曜日だったのだが……それももう必要無いからな……。
さて、どうしたものだろうか」
「クキュン! クキュン!」
「散歩に行きたいだって?
ははぁ……さてはまた、公園に行くつもりだな?
今日は日曜日でよく晴れている……公園に行けば子供達がいっぱい居ることだろうな」
「クッキュン」
「よしよし、分かった。
歯磨きをして、グリ子さんのクチバシも綺麗に磨いて……ブラッシングを終えたら公園に遊びに行くとしよう」
「クキュゥン」
「すぐに行きたい?
そうは言ってもな……子供達と触れ合うなら最低限毛並みは整えた方が良いだろう、抜け毛と抜け羽まみれでは、子供達に嫌われてしまうぞ?」
ハクトがそう言うと、グリ子さんはハッとした表情になって……もぞもぞと居心地悪そうにその丸い体をよじり、そうしてから仕方ないかと、そんな表情をして……リビングを出て庭へと向かう。
手入れのされた芝生が生え揃い、ポカポカとした日光が降り注ぐ庭に鎮座して……太陽の暖かさを羽毛の中にたっぷりと取り込みながら、ハクトの準備が終わるのをそこで静かに待つ。
ハクトが歯磨きを終え、部屋着から外着への着替えを終えて……ブラシを持って庭に来たなら、おとなしくクチバシを磨いてもらって、全身をブラッシングしてもらって……そうしてブラシの力と日光の力で、ふかふかになった羽毛を春のそよ風でふわふわと揺らす。
「よし、これなら問題無いだろう。
子供達も喜んでくれるはずだ」
その様子を見てハクトがそう言うと……グリ子さんは得意げな顔になり、ふんすふんすと鼻息を荒く吐き出す。
そうしてから玄関へと向かい、道路へと出て……チャッチャチャッチャと鉤爪を鳴らしながら、公園に向かって足を進めていく。
「あ、グリ子さんだー!」
途中、道路を駆け回る子供達と出会い、そんな声をかけられて抱きしめられて……「やわらかーい」「ふわふわだ!」なんてことを言われて、ご満悦な笑顔を浮かべるグリ子さん。
ハクトはその様子を側で見守り、子供達が満足するまで何も言わずにその場で待ち……子供達が満足したなら再度足を進めて……そうしてまた子供達と出くわし、その足を止める。
「……そうだよな、日曜日だものな。
公園に行かずとも子供達はそこら中で元気に遊んでいるものだったな」
少し進んで足を止めて、少し進んで足を止めて。
子供まみれとなって、笑顔になるグリ子さんを見やりながらハクトがそんなことを呟く。
自分は勉学と鍛錬ばかりで日曜日に遊ぶということはしてこなかったが、竜鐙町の子供達にとってはそれが当たり前で……日曜日ということもあり、住宅街ということもあり、交通量がうんと減るここらの道路は、すっかりと子供の遊び場と化してしまっていたのだ。
「これは昼を過ぎるまで、公園にたどり着けないかもしれないなぁ」
更にハクトがそんなことを呟くが、子供に夢中なグリ子さんも、グリ子さんに夢中な子供もその言葉に気付くことはなく……お互いにお互いの感触を存分に楽しみ合う。
そうしてグリ子さんの抱きしめられ行脚は……公園に辿り着くまで、昼近くになるまで、続くことになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。