フェーがこれからすべきこと
「フェーがこれからすべきことは、よく食べよく遊びよく寝ることだろうね」
ある程度まで白虎杯に向けての講義が進んだところで、テーブル側の椅子に腰掛けたハクトがそんなことを言ってくる。
「特殊な生まれ方で、生まれたてとは思えない体力と知能を有しているけども、それでもまだまだ生まれたばかりの存在だからね、まずは大きく成長するところから始めるべきだろう」
ハクトがそう言葉を続けると、ソファに腰かけながら家から持ってきたノートにあれこれと書き込んでいたユウカは頷き……それからクッションの上に座るグリ子さんに寄り添ってスピスピと鼻息を立てながら寝ているフェーへと視線をやる。
「そっか、ここから成長するんですよね、幻獣でも。
まずは成長してもらって、大きくなってもらって……それから戦い方の特訓かぁ」
寝返りを打ってコロリと転がって、フローリングをコロコロと転げていくフェーを見やりながらユウカがそう言うと、ハクトはこくりと頷いて言葉を返す。
「そうだね、犬型なのは確かだろうから、成長していけば足が長くなり足が速くなる……はず。
犬の幻獣は古代から多数確認されていて、活躍した幻獣も多いから、そういった文献を当たってみるのも良い参考になるかもしれないな」
「古代から……えぇっと、どんなのがいましたっけ?」
ユウカのその言葉にハクトは頭を抱えながら顔を左右に振って……それからどんな幻獣の名前を挙げるべきかと悩みながら口を開く。
「たとえばかの英雄ヘラクレスと出会って生存した稀有な幻獣ケルベロス、狙った獲物を絶対逃さない猟犬ライラプス、触れたものをワインや蜂蜜酒に変えることが出来たというファリニシュ、フェンリルのライバルであるガルム、死者の導き手ショロトル。
幻獣という枠を超えた神の一柱としても様々な犬の神々が名を連ねているね」
「はぁー……たくさんいるんですねぇ。
伝説に名を残す幻獣かぁ……逆にフェーちゃんのような赤ちゃん幻獣ってどうなんですか? 過去に例とかってないんですか?」
「ん? いやまぁ……それは稀有な例だろうね。
幻獣召喚というのはそれなりに育った幻獣に、こちらに来てくれと頼んで行うものだから、異世界への召喚がどんな行為かを理解していない赤ん坊幻獣を呼ぶことは、基本的には無いのだよ。
もちろんそういった術式で強制したなら可能だが、それをやったら最後、犯罪者として追われる身になるだろうね。
よくて終身刑の大罪で……だがまぁ、うん、例外というかなんというか、合法的に赤ん坊幻獣を召喚した例がない訳ではないかな」
その言葉を受けてユウカが興味津々といった顔をしていると、ハクトは頷き説明を続けていく。
「幻獣を召喚する際、召喚者と相性が良い幻獣が召喚される訳だけども、ただ相性が良いだけではなく、相性が良い幻獣の中から召喚者が来て欲しいと強く望んだ幻獣が召喚されるんだ。
強い幻獣、高い魔力を有した幻獣、インフラなど社会に役に立つ便利な力を持った幻獣などなど、人によって違う希望や願望に応える形で召喚が成立するもので……そんな召喚の際に極稀にこんなことを考えてしまう人がいるんだ、本当に幻獣をこちらに呼んでしまって良いのだろうか? と。
召喚とは言い換えれば誘拐みたいなものだからね、いざその時になってみて初めてそのことを自覚し、躊躇してしまう人がいるんだよ。
心根が優しく、優しいからこそ相手のことばかり考えてしまって、躊躇し後悔し、そうして悩んだ挙げ句にこう考えてしまうんだ。
こちらに来ても良いと考えている幻獣ではなく、こちらに来なければ死んでしまうような幻獣と契約したい、と。
その場合は誘拐ではなく救助になるから悪いことではないはずだと、そんな言い訳を自分にしてしまう訳だね。
そしてこちらに来なければ死んでしまうような幻獣かつ、心根が優しい人に合う、そんな人に召喚されたいと願う幻獣は、親に捨てられた……または親と離れ離れになってしまった子供、もしくは赤ん坊になることが多いのだよ―――」
その際、赤ん坊幻獣は召喚の意味を理解しないままこちらに来ることになる。
召喚者が助けたいと願い、その優しい心根に触れて幻獣の赤ん坊が助かりたいと願ったなら、それで召喚契約が成立してしまう。
死の淵にあって藁にもすがるような想いで訳も分からず、偶然に近い形で契約を成してしまう。
しかしながらそういった幻獣はそもそもの目的を無視した形で呼ばれてしまっている関係で力が弱いことが多く、力が強かったとしても役に立たないことが多く……重要かつ歴史のある儀式である召喚中にそんなことを考えそんなことをしてしまった召喚者の評価は地に落ちることになる。
グリ子さんを召喚したハクトのように。
「―――そういった召喚者に関してはサクラ先生が保護というか、しっかりと働けるように支援活動をしているから、今度話を聞いてみると良いかもしれないね。
赤ん坊幻獣に関しても色々と知っているかもしれないし……」
そんな風にハクトが説明を終えるとユウカは、首を傾げながら考え込む。
ではハクトは一体どんなことを考えながらグリ子さんを召喚したのだろう?
どういった想いがグリ子さんの召喚につながったのだろう?
グリ子さんの実力の程は知っているし、弱い幻獣だと思ってなどいないが、それでもハクトに合うのか、ハクトが背負っていた矢縫という家に合うのかは微妙なところで……あれこれとユウカが悩んでいると、スピスピと眠っていたフェーが目覚めて……自分が何故かフローリングのど真ん中で寝ていることに驚きながら周囲を見回し、それからユウカの足元へとテシテシと歩いてくる。
その姿を見た瞬間、可愛らしく愛らしい、自分の幻獣の姿を見た瞬間、ユウカの頭の中から考えていたことが綺麗さっぱりと消え去って、ユウカはメロメロになりながら寝ぼけ眼のフェーを抱き上げる。
それからティッシュを手に取り目元の汚れを取ってやって……よしよしと撫で回したあとに、ハクトの言葉を思い出す。
よく食べてよく遊びよく寝ること。
よく食べての準備は既にしてあるが……夕食には少し早い時間、寝起きでいきなり食べさせるというのもよくないだろうし、であるならば遊ぶ時間、その小さな体を鍛える時間だと理解したユウカは、フェーを抱きかかえたまま庭へと出ていく。
「よし、フェーちゃん! 夕ご飯の時間まで遊びながら体を鍛えるよ!」
庭に出るなりそんな声をユウカが上げるとフェーは、
「わふーー!」
と、まだまだ寝ぼけながらも元気な声を上げて……そうしてユウカとフェーのじゃれ合いが……じゃれ合いというには少しだけ激しすぎる何かが、これ以上なく騒がしく行われることになるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
前回投稿後いぬひろさんからフェーのイラストをいただきましたので、今回も再掲させていただきます
フェーとはこんな幻獣なんだと思っていただければ幸いです。




