目の前に広がったのは……
グリ子さんが作り出した幻想の世界、目の前にいる幻獣達は全て幻。
そう分かっていてもユウカは目の前に現れる幻獣達の僅かな動きにもいちいち反応してしまう。
(だって呼吸してる! 熱気があるし殺気もあるし、幻だなんて思えない!)
そんな言い訳を胸中でしてしまう程に目の前の幻には現実感があり、ユウカは初めて目にする幻獣の世界に驚き、恐怖し、そして興奮する。
周囲を見回せばどこを見ても幻獣の姿があり、いつのまにかハクトやブキャナンの姿が見えなくなっていたのだが、そんなこと気にもならなくなって……巻き起こる感情の渦に飲み込まれていると、突然ただ周囲に存在していただけの幻獣達がユウカの側へと近付いてくる。
歩いて飛んで這って滑って……様々な方法で近付いてきた幻獣達はすっと腕や前足、クチバシや牙を構えてユウカへと襲いかかろうとして……すぐに構えを取るユウカだったがそれでは手遅れ、周囲をすっかりと囲まれてしまい、防ぎきれない避けきれない攻撃がユウカへと放たれる。
それでもユウカは諦めず、怯まず迫る危機に挑もうとするが、それよりも早く幻獣達の攻撃がユウカへと届き……小さな何かがユウカの顔や体をコツコツと突いてくる。
それは攻撃というには優しくて、痛みらしい痛みもないもので……そこでユウカはようやく自分がいつの間にか目をつぶってしまっていることに気付き、悪夢から逃げ出す時のように、無理矢理に自分の目を覚ます時のようにぐっと力を込めて力なく閉じていたまぶたをカッと開く。
するとユウカの体を優しくつついているミニグリ子さん達の姿が視界に入り込み、隙間なく群れるミニグリ子さんの向こうから呆れ混じりのハクトやブキャナンのため息が聞こえてきて……ユウカが顔に張り付いていたミニグリ子さんをどうにか引き剥がすと、やれやれと首を左右に振っているハクトと、肩をすくめているブキャナンと、楽しげに小さな翼をパタパタとさせているグリ子さんの姿が視界に入り込む。
「え、え、え……私寝てたんですか!? あれは夢!?
え、どこからが夢なんですか!? あの幻獣達は!?」
両手いっぱいにミニグリ子さんを抱えながらユウカが悲鳴に近い声を上げると、ハクトが小さなため息の後にその疑問の答えを返す。
「ミニグリ子さん達が現れた直後からだね。
……いやしかし、意外な弱点発見というか、ここまで魔力による干渉に弱いとは……。
風切君、今しがたグリ子さんが放ったような魔法……というか催眠術というか、魔力による精神干渉は自らの魔力を高めることで防ぐことが出来るのだよ。
ああいった魔力の流れを目にしたら即座に魔力を高め、そうしながら距離を取るなり自らの頬を張るなり、意識を保つ手を打ったほうが良いな。
今回君が無事だったのは、本気と言いながらめいっぱいの手加減をしてくれたミニグリ子さん達のおかげなんだからね」
そう言われてユウカはようやく自分に起きていたことを把握し……かつて道場の師匠にも似たようなことを言われたなと、そんなことを思い出す。
ユウカの保有魔力は学院の生徒の中でも多い方だ、そのためハクトが言うようにしっかりと魔力を高めたなら幻獣の干渉であっても防ぐことが出来る。
出来るのだが敵を前にするとどうしても身体能力を向上させたり、攻撃の反動から体を守ったりすることに魔力を振り分けてしまって、干渉を防ぐことにまで意識と魔力が回らない。
そんなことをするよりも早く攻撃を当ててしまえばそれで勝てると、そんな思考で今までやってきてしまっていて……それ以上に早く、ユウカが何かをするより前に干渉できたグリ子さん及び、ミニグリ子さんには全く敵わなかったと、そういうことであるらしい。
「うぅぅ……じゃぁあの光景はただの幻覚だったんですね……幻想的で素敵だったのに」
その辺りの事情を理解したユウカがそう声を上げて肩を落とすと……それに対してグリ子さんが、
「クッキュン! キュキュキュン!」
と、声を返す。
「あー……風切君、グリ子さんが言うには先程の光景は、多少の過剰演出はあるが、全て実在する幻獣だそうで……グリ子さんがその目で見た光景を組み合わせたというか、ツギハギにしたというか、そんな光景のようだよ。
だからまぁ……そこまでがっかりする必要は無いようだよ」
その声をハクトが翻訳すると、ユウカは落としていた肩を元に戻し、元気も取り戻して目を煌めかせ……ミニグリ子さん達をかき分けながら凄まじい勢いで駆け出し、グリ子さんへと抱きつき声を上げる。
「じゃぁじゃぁ、あの光景は幻獣の世界の光景だったんだ!
うわーうわー、初めて見た! 初めて知った! あんな世界なんだねー!
もしかしてあっちの世界を見たのって私が世界で初めて!?」
「いや、相当の難度ではあるがあちらを観測する方法はあるし、そういった力を持つ幻獣はいる。
嘘か本当かあちらとこちらを渡れる人間もいるそうだし……風切君が初めて、ということはないだろう。
とは言え貴重な経験なことは確かで……これから幻獣召喚をする身としてはこれ以上ない良い経験となったはずだ。
幻覚の中で見た幻獣、あちらの世界……その記憶を持った上で幻獣召喚を行えば、今までの召喚とは全く違う召喚を行えるかもしれないのだからね」
するとハクトがそんな言葉を返し……冷静かつ無粋な突っ込みにユウカはなんとも言えない顔をするが、将来の召喚の役に立つと言われたことで機嫌を治し、抱きついたグリ子さんへと頬ずりをする。
「召喚かー……召喚……。
早くしたいなー、召喚! 一体どんな幻獣が来てくれるのかなー」
頬ずりをしながらそんなことを言ったユウカに対しハクトは、数瞬悩むような素振りを見せて思考を巡らせて……そうして結局無粋な言葉を放ってしまう。
「早く、というのなら簡単だ、学院のカリキュラム全てを修めてしまえばそれで良い。
カリキュラムを自主的に修め、全ての試験で合格点を取ればそれで良し、卒業資格を得たということで即時の召喚が行えることだろう。
幸いにして風切君は体術、戦闘方面においてはすべての試験で満点が取れるだろうし……後は学科を頑張ればそれで召喚の許可が下りるはずだよ」
それは屁理屈に近い言葉だった。
確かにハクトの言う通り、全てのカリキュラムを修めれば召喚許可が下りるのだろうが、学科において一般的……平均か平均からやや下のユウカにはそんなマネが出来るはずもなく、ユウカは頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「そんな先輩にも出来なかったこと私に出来る訳がないじゃないですかー。
そんなのが出来るのは何百年に一度の天才レベルでしょう? 第一に頑固な先生達が協力してくれるはずもないですし……。
無理だって分かっていることを言うのは止めてくださいよ!」
「無理だと分かっていながらも挑戦する価値のあるものというものは存在しているのだよ。
そうした態度は先生達の好む所だろうし……そうやって学問に励めば幻獣も応えてくれるはずだ。
1年は無理としても一ヶ月二ヶ月、数十日とか数日早めることは可能かもしれない……挑戦してみても良いんじゃないかな?」
ハクトがそう返すがユウカはもう聞く耳を持つ気がないのかグリ子さんの体に顔を埋めて何も反応を返さなくなって……それからしばらくの間ユウカは、グリ子さんの生えたてのふかふか羽毛に埋もれ続けるのだった。
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